academistで立ち上がった「雷雲プロジェクト」から新しい成果 – 2種類の放射線バーストから探る雷発生のきっかけ
academistのプロジェクト「カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!(雷雲プロジェクト)」のチャレンジャー 京都大学白眉センター 榎戸輝揚特定准教授は、東京大学大学院理学系研究科 博士課程 和田有希氏らとともに6月26日、石川県金沢市において冬の雷活動によって発生した2種類の放射線バーストを同時観測することに成功したとする論文を英国科学誌『Communications Physics』にて発表しました。この成果は、地球物理学における未解明問題のひとつである「雷発生のきっかけ」を明らかにする可能性につながるものです。
雷活動は、私たちにとって身近な気象現象です。従来の雷研究では、雷から発せられる強烈な光や電波を高速度カメラや電波アンテナなどよって観測してきました。半世紀以上にわたる観測により、稲妻がどのように発達して落雷に至るのかなどについては明らかになってきましたが、稲妻が最初に生まれるメカニズム、すなわち「雷発生のきっかけ」はよくわかっておらず゙、地球物理学における重大な未解明問題のひとつとなっています。
この未解明問題に対し、近年では放射線が重要な役割を果たすのではないかという見方が有力となっています。1994年にはアメリカ航空宇宙局 (NASA) の天文衛星が、地上で発生した雷放電と同時に地球から宇宙に向かって放出される放射線「地球ガンマ線フラッシュ」を発見しました。これは雷や雷雲に存在する高い電圧によって電子が光速近くまで加速されることで、X線・ガンマ線といった高いエネルギーの放射線が放出される現象と考えられており、天然の加速器として世界中で注目されています。
同研究グループはこれまでに、日本海沿岸部で発生する特徴的な冬の雷に注目して放射線や電波帯での雷観測を行ってきました。2007年には雷雲から数分間にわたって放出される微弱な放射線の上昇現象「ロングバースト」の観測に成功し、雷雲の中で電子が光速近くまで加速されていることを示しています。さらに2017年には雷放電と同時に発生した1秒以下の短く強い「ショートバースト」の観測によって、雷放電が大気中で原子核反応を起こすことを解明しました(これらの研究成果は、「雷が雲の中に隠れた天然の加速器を破壊した!? – 放射線・大気電場・電波観測で挑む高エネルギー大気物理学」、「雷が原子核反応を起こす証拠 – academist「雷雲プロジェクト」の研究成果がNature誌に掲載! 」などacademist Journalでも取り上げてきました。これまでの研究成果をまとめた動画もacademistのYoutubeチャンネルに掲載していますので、ぜひご覧ください)。
上記のとおり、継続時間の異なる「ロングバースト」と「ショートバースト」という2つの現象がこれまでの研究で観測されていますが、これらがお互いにどのような関係にあるのか、さらに雷放電にどのような影響を及ぼすのかということについてはほとんどわかっていませんでした。
しかし、2018年1月10日未明、この謎にせまるカギとなる現象が起きたのです。金沢泉丘高等学校と金沢大学附属高等学校に設置した放射線測定器によって、上空を通過中の雷雲から放出されたロングバーストが検出されました 。その後、ロングバーストは2校の上空を雷雲とともに移動した後、雷放電と同時に突如として消失。それと同時にショートバーストが発生し、 原子核反応が起きたことが検出されました。このような雷放電によるロングバーストの消失とショートバーストの発生を同時に検出したのは、世界で初めての成果です。
さらに詳しく調べたところ、ロングバーストが消失した位置とほぼ同じ領域で、雷放電とそれに続くショートバーストが発生したことがわかりました。ロングバーストは雷雲の中でも特に高い電圧がかかっている領域で発生したと考えられ、そこで光速近くまで加速された電子がショートバースト、ひいては雷放電そのものの発生を促進したものとみられます。
世界各地で発生する雷放電が、どのような「きっかけ」で始まるのかその明確な答えは未だに得られていません。今回の観測ではロングバーストの消失とショートバーストの発生が雷放電の初期フェーズに起きており、ロングバーストが雷放電が始まる「きっかけ」となっている可能性が示唆されました。
今回の研究は雷の大きな謎を解明するマイルストーンといえますが、観測地点が少ないため、今回の同時観測がまれなのか、頻繁に起きているのかということまでは明らかになっていません。今後も、研究者だけではなく金沢市在住の市民の方々と協力しながら、金沢市周辺での観測ネットワークの強化を進める予定です。雷雲プロジェクトの研究グループは、このような世界でも類を見ない市民科学による観測環境・体制で「雷発生のきっかけ」の解明を目指していくとしています。
なお、今回の成果を含めた「雷雲プロジェクト」研究の発起人である榎戸特定准教授は、プロジェクト立ち上げ時、放射線の多地点観測に必要な研究費を得るため科研費に応募したのですが、当初は理解が得られず、不採択となってしまいました。そこでacademistでクラウドファンディングに挑戦し、153人のサポーターから160万円の支援を集め、研究をスタートしました。academistで集まった研究費は、多地点で放射線観測するために用いる小型測定器の試作機を作成するための費用として使われました。
参考文献
Y. Wada, et al., “Gamma-ray Glow preceding Downward Terrestrial Gamma-ray Flash”, Communications Physics, 2, (2019), 67
doi: 10.1038/s42005-019-0168-y
この記事を書いた人
- academist journal編集部です。クラウドファンディングに関することやイベント情報などをお届けします。