2023年2月11日現在、トルコやシリアでは大地震による多大な被害が発生しており、日本だけでなく世界中から寄付が現地に寄せられています。寄付は、人の命がどれだけ助かるかを左右する、重大な財源です。

一方、私たち研究者の多くが所属する大学・研究機関は、今や税金だけではなく、寄付も活用して運営されることが多くなりました。寄付といってもさまざまですが、日本で1年間に行われる全ての寄付を集めてひとつの「市場」とした時、その規模や成長性はどれくらいなのでしょう? 利益を求める意思ではなく、善意が飛び交う市場である「寄付市場」は、なんと米国ではGDPの2%を超える巨大市場です。

実は、日本の寄付市場も1兆円を優に越える規模を持ち、しかもその市場規模は年々拡大していることが知られています。これは、宝飾品や靴を上回る市場規模です。

学術研究の領域でも、寄付に関する論文数は世界的に増加しており、寄付者に関連する研究論文の数は、2005年からの15年で約10倍に成長しています。日本においても「日本寄付財団」によるAcademic Research on Donationsというメディアがオープンし、さまざまな分野の研究者による20本もの論考が掲載されています。

世界的な寄付研究において、「寄付を募る人」や「寄付を募る団体」についての研究は寄付者の研究よりも遅れていることが知られています。「なぜ人は(自らの利益を放棄してまで)寄付をするのだろうか?」という深遠な問いは多くの研究者を魅了してきましたが、それに比べると「寄付をどのように募れば良いのか?」という問いは学術的な検討が十分には進んでこなかったのです。

寄付についての科学的な研究はしばしばScience of Philanthropy(寄付の科学)と呼ばれてきましたが、それに伴って、Science of Fundraising(寄付募集の科学)という分野が成長してきています。近年では、行動経済学に基づくさまざまな打ち手が、寄付募集に応用される例も増えてきました。その中では、「衝動的に行う寄付」と「熟慮する寄付」は性質が違うので、それぞれに合った打ち手が必要だという指摘もされています。ただ、私はそもそも寄付募集時の「趣旨」によって寄付の集まり方が違うのではないか? という素朴な印象を持っていました。

「医学研究への個人高額寄付募集」について研究してみた

日本では、学術研究が危機に瀕していると指摘されて久しく、「研究」の場である大学や研究機関、そこに属する研究者に対して社会からの支援を募る方法のひとつとして「寄付募集」はとても重要です。

今回、私は医学研究に絞って、研究への寄付を募る方法を検討しました。なかでも、特に個人からの高額寄付を募る方法について、効用関数・生産関数による理論的な視点と、先行研究レビューを通して検討しました。個人からの高額寄付募集は私の知る限り日本では査読付き論文がありませんが、今回の研究は査読を経て公開されたものです。

今回は、「医学研究」への寄付募集のポイントが知りたいわけですが、対比のためにまずは、「医療支援」への寄付について考えます。

寄付をすぐに活用する緊急的な医療支援の場合

寄付を受け入れる非営利組織としては、その寄付をすぐに使って受益者のための活動を行う団体(たとえば、いまトルコやシリアの被災地で緊急的な医療支援を行っている団体など)がまず思い浮かぶと思います。

このような組織は、寄付を含む財源がたくさんあるほど、サービスを生産できます。一方で、組織の規模が大きければ大きいほど、寄付者にとっては自分が寄付をすることによる追加的なインパクトは感じにくくなる、ということが予想されます。逆に、規模の小さな組織が被災地で必死に頑張っている、という状況ならば、自分の寄付が大きな違いをもたらすという感覚を持てるかもしれません。また、被災地で活動するさまざまな団体に対して他の人々による多くの寄付が集まった後になると、自分の寄付が追加的に生み出すインパクトは少ないのかな、と感じてしまうこともあるでしょう。

つまり、寄付を即座に受益者のためのサービスに転換するような組織では、小さな組織への寄付や、早い段階での寄付が(大きなインパクトの知覚を通じて)好まれることが想定されます。だからこそ、大きな組織はプロジェクトを小さく区切って、寄付の使われ方が明確になるように工夫をしたり、「あなたの寄付はこの特定の子どもへの支援に使われます」というような仕組みを整えたりすることで、寄付者の知覚するインパクトを高めようとします。これらは、Impact Philanthropyというモデルからの理論的予測です。

寄付が長期に蓄積されて成果を生む医学研究の場合

一方で、医学研究のように、「実際に患者さんが助かる」という成果が出るまで大変な時間がかかる非営利組織への寄付はどうでしょう? ひとつの治療法が実用化されるまでに必要な資金の量は膨大であるため、寄付者は「自分が多少の寄付をしたところで、あまり意味がない」と感じるかもしれません。このような状況では、先ほどの緊急的な医療支援の場合とは逆に、既に多くの資金や人員などのリソースを持っている組織の方が、期待できそうな気がします。そもそも研究には失敗がつきものですので、寄付者は成功確率が高そうな寄付先、つまりこれまで高い成果を上げ続けてきた、権威ある寄付先を好むでしょう。研究機関の質を一般の人が評価するのは難しいので、周りの人が寄付している寄付先なら安心かな、という意識も働くことが想定されます。

つまり、少なくともある面では、医学研究への寄付募集においては、医療支援の場合とは対照的な属性の団体が寄付者に好まれることになります。

さて、もしも人が「自分の寄付によるインパクト」からの効用を求めて寄付をするなら、成果が出るまで10年以上かかってしまうこともある医学研究に対し、人はなぜ寄付をするのでしょうか? それは、「寄付という行為そのものから寄付者が効用を得ているから」ではないか、と言われています。このモデルは、寄付をすることによって得られる暖かな気持ち、という意味で、「ウォーム・グロー(Warm-glow)」という言葉で表現されることがあります。つまり、研究などの長期的な趣旨で寄付を募るためには、「寄付そのものから得られる効用」をどう伝え、高めていくのかが重要になると予想されます。

アピールベースの研究から見えること

ここまでの議論は、どちらかというと「効用ベース」の寄付募集研究と言えます。実は寄付募集研究には他にも違うアプローチがあり、そのひとつが「アピールベース」のアプローチです。寄付によって生じる限界的な効用は、寄付額が大きくなるほど小さくなります(限界効用が逓減します)。したがって、高額寄付になればなるほど、金額の増加に対して効用の増加がフラットに近くなってしまいます。むしろ、どの組織に寄付をすれば自分の効用は高くなるのだろう? という、自分にマッチした組織を探すことが寄付者にとって重要になります。これは、あるひとつの効用関数の中で自分にとっての適切な寄付額を決めるという検討よりも、自分がさまざまな組織に寄付をした時の異なる効用関数間での比較検討が重要になる、ということでもあります。

ということは、研究への高額寄付を募りたい非営利組織の側としては、自分の組織にマッチする寄付者を探してアピールすることが大きな課題になります。また、研究成果が世の中にインパクトを与える遠い未来ではなく、今の段階で大きな効用を感じてもらえるよう、寄付者銘板を作って魅力を高めたり、といったことも実施されます。他にも、そもそも大学や研究機関は長期的な趣旨で寄付を募っているわけですので、今すぐの支援ではなく、遺言書による寄付(遺贈)という方法をアピールすることもできます。寄付にはコストがつきものですが、遺贈による寄付は、寄付者が生前に払うコストは非常に少なくなります(諸々の手続きのコストはかかります)。今すぐ緊急的な寄付が必要な組織でも遺贈を受け入れることはできますが、それによる寄付は、今この瞬間に苦しんでいる人には届かないことになりますので、この点はむしろ研究への寄付募集にアドバンテージがあるわけです。寄付を分割して、毎月の小口寄付に分ける提案も、(1回にまとめて寄付をするよりも効用の総量が大きくなるので)効果的と思われます。

他にも、さまざまな工夫が「研究への寄付」を募る上で考えられます。詳しくは、末尾に記載した論文の本文をご覧いただければと思います。いずれにせよ、学術研究の成果を活かして仮説を立てたうえで寄付募集を行うことは、まったくのカンや経験での寄付募集よりも、成功確率が高いはずです。

「研究への寄付募集の研究」で日本の学術研究に貢献したい

私は、こうした「寄付募集の科学」を日本の大学に実装するために、10年間の長期計画を立てています。その計画はacademist Prize第2期に採択され、現在毎月寄付型のクラウドファンディングを実施しています。

日本の学術研究が危機に瀕していると言いますが、もしも社会的な現象をより深く理解し、それを解決する方法を生み出す力が学術研究そのものに備わっているならば、この危機は克服できるはずです。これは到底ひとりでできることではありませんが、まずは自分自身の学術領域である非営利組織のマーケティング論、その中でも寄付のマーケティングという専門性を活かして日本の学術研究に貢献したいと考えています。日本の学術研究機関には、多彩な専門性を持った人々がいます。それぞれが、自らの専門性を活かして、「学術研究における○○の研究」を日本社会に実装すれば、いったいどんなことが起きるでしょう?

Kurt Lewinの「よい理論ほど実践的なものはない」という言葉を示すまでもなく、自らの研究成果の外的妥当性を検証する場所として、少なくとも経営学徒にとっては、日本の大学・研究機関というのは刺激的な場所であろうと思います。

一方で、もしも大学や研究機関の寄付募集活動が、他の分野の寄付を減らしてしまうとするなら、社会全体にとってのメリットは相殺されてしまいます。そこで、今回紹介した高額寄付募集についての論文の前には、寄付市場全体について分析した論文も公開しました。その論文では、日本の寄付市場の規模に影響する要因のひとつが災害などによる緊急的な趣旨の寄付の短期的な増大であること、ユニークなビジョンを掲げる寄付先が増えることで、市場全体が拡大するのではないか、ということを論じました。いうまでもなく、ユニークなビジョンを掲げることは、研究者コミュニティの得意とするところですよね。言い換えるならば、それぞれの独自性の高い研究への寄付を募ることは、既存の寄付先と競合せずに、寄付市場全体を拡張できる可能性があるのです。

ここまで読んでいただき、おもしろいな、と思ってくださった方は、ぜひ私のクラウドファンディングページもご覧ください。いっしょに、学術研究のおもしろさや価値を多くの人々と共有しながら、研究の世界をもっとおもしろい場所へと変えて参りましょう。

ちなみに、研究の世界だけでなく社会全体を変えそうな研究者が揃っているacademist Prize第2期生が集まるイベントが、2月27日に開催されます。私は対面での参加を予定しています。よければ、ぜひご参加ください。

参考文献

この記事を書いた人

渡邉 文隆
青森県出身、2児の父。寄付募集歴約22年。学部生時代に2回休学し、ブラジル・ウガンダでHIV/エイズ予防等の活動を行う。民間企業でのマーケティング担当、働きながらのデジタルハリウッド大学大学院修了を経て、医学研究とその実用化のための寄付募集に従事。2020年から京都大学経営管理大学院に博士後期課程(経営科学専攻)の社会人学生として所属し、マーケティング論の観点から寄付募集の研究を行う。2023年3月末に修了予定。信州大学社会基盤研究所 特任講師を兼務。好きな分析ソフトはJMP。好きなリサーチメソッドは参与観察と複数事例比較。