はじめに

我々は,Rad52と呼ばれるDNA修復分子(図1左)を標的分子とした創薬探索研究を実施してきました。Rad52は,特定の乳がん・卵巣がんにおいて、優位に機能しているとされており、抗がん剤や免疫などによって損傷したがん細胞のDNAを修復します。その結果、がん細胞は再び増殖します(図1右)。このような背景から、Rad52のDNA修復活性を選択的かつ強力に抑制することが可能な化合物は,新しいタイプの抗がん剤に応用可能と考え、研究開始に至りました。

図1 Rad52の3次元構造とDNA修復

しかしながら、昨今の新型コロナウイルス感染症により、研究費の減少が顕著となりました。創薬研究活動は、大きな影響を受けました。そこで、静岡県の研究機関として初めての試みとして、学術系クラウドファンディングサイトであるacademistを通して研究資金を募り、得られたサポート資金で創薬研究を進めました。本寄稿では、その研究進捗および展望について執筆します。

スラミン類縁体とRad52阻害活性

我々は、スラミン(図2)と呼ばれる化合物にRad52阻害活性が有ることを特許出願しました。クラウドファンディング達成後、スラミンの構造をベース骨格として、更なる活性増強を図りました。具体的には、研究資金を活用して、スラミンの化学構造に類似している化合物(10種)を購入または化学合成しました。これらの類縁体の化学構造・物性情報については、今後の創薬開発・特許出願の可能性が高いため、現時点では非開示とさせていただきます。

図2 Rad52の阻害活性を有するスラミンの化学構造

阻害効果の評価方法

化合物活性の評価には,RECQL4欠損大腸がんHTC116細胞を使用しました。この細胞は、共同研究者である産業医科大学 香崎正宙 講師らによって樹立されたものであり、遺伝子改変によりRad52修復が優先的に働きます。DNAの末端に緑色の蛍光を発するGreen fluorescence protein(GFP)の発現をコードする遺伝子を導入し,制限酵素で強制的に2本鎖切断が発生するように構築しました。

まずは、この細胞を96穴プレートにて培養した後、Rad52阻害剤を添加します。一定の時間経過後、化合物に阻害効果がなければRad52が働きDNA修復がなされ、GFP発現により緑色に発光します。一方、化合物にRad52阻害効果がある場合は、GFPの発現が抑制され発光が弱くなります(図3)。阻害効果の評価には、非添加検体との緑色の強度の相対値を用いました。数字が小さい程、阻害活性が高いことを示します。具体的手順は,公開特許公報に記載しています。

図3 GFPを用いるRad52阻害効果測定の概念図

この方法を用いて、スラミン類縁体(化合物1-10)のRad52阻害効果を測定しました(図5)。その結果、化合物4、8にスラミンより数倍強い阻害活性が有ることを見出しました。また、化合物7、9はスラミンと同等レベルの活性が有りました。この結果は、クラウドファンディング研究資金で得られた研究成果です。

図5 スラミン類縁体のRad52阻害活性

今後の展望

現在、得られた活性化合物について、分子レベルでの作用機序の検証を行っています。また、がんを移植したマウスに化合物を投与して、がんが小さくなるかどうかの検証も行っています。今後、体内での安定性や毒性などのデータを取得し、臨床試験を視野に入れた展開を目指します。我々は、静岡発のアカデミア創薬を合言葉に、日々、研究活動に邁進しています。

謝辞

この研究は、下記サポーターの皆様の支援を受けて実施した研究成果です。厚く御礼申し上げます。

TAJ.A様、木下和生様、Yuka.S様、佐藤祐様、たなぎ様、若杉祥一様、A.H様、小林和美様、金子昌弘様、村田等様、株式会社ヨシキ様、中村仁様、水谷真人様、内田義明、万寿美様、紅林佑希様、池田博顕様、石原久司様、袴田哲司様、人見琢也様、櫻井みち代様、伊藤敦様、理仁薬品株式会社様、岩井宏様、あおい様、飯尾賢様、高山功様、北川洋様、上杉日出明様、(株)岐阜装飾 神谷英樹様、Tatsuya Fukuda様、西島真美様、神田小織様、森川美穂子様、中木陽子様、山本澄子様、甲斐義輝様、木村恭子様、sinba様、大村秀夫様、野尻和美様、我那覇誠様、内藤博仁様、ウィリアムズゆり様、Yasutaka Fujioka様、三宅健司様、M.Awaji様、古屋光映(JEOL) 様、前田友幸様、菊地康文様、小櫻充久様、鈴木荘一、智子様、さんちゃん様、天野大介様、杉井邦好様、ymasuda様、芦澤忠様、安藤伝雄・敏子様、安藤丈太朗様、安藤朝美様 (サポート順)

 

参考文献

  • Sugiyama,T. et al.: DNA annealing by RAD52 protein is stimulated by specific interaction with the complex of replication protein A and single-stranded DNA. Proc Natl Acad Sci U S A. 95(11), 6049-6054 (1988)
  • Adamson,A. W. et al.: The RAD52 S346X variant reduces risk of developing breast cancer in carriers of pathogenic germline BRCA2 mutations. Mol Oncol. 14(6),1124-1133 (2020)
  • 安藤隆幸,香崎正宙 特開2022-145629 (2022)
  • Shimomura,O. et al.: Extraction,purification, and properties of aequorin,a bioluminescent protein from the luminous hydromedusan,Aequorea. J Cell Comp Physiol. 59,223-239 (1962)
  • 香崎正宙 安藤隆幸 SSA阻害活性を有する化合物の試験方法,特開2021-132577 (2021)

この記事を書いた人

安藤隆幸
安藤隆幸
1970年生まれ、岐阜県本巣郡北方町出身。企業、大学、海外ポスドクを経て、静岡県環境衛生科学研究所に勤務しています。現職、医薬食品部 創薬プロジェクトリーダー・主査で、創薬研究に没頭しています。静岡発のアカデミア創薬の達成に、全力で取組んでいます。がんは薬で治せる時代の実現を本気で目指しています。病気の原因となるターゲット分子に阻害効果がある化合物を合成することは、創薬化学者にとって至極の喜びです。また、最近は、広報活動も精力的に行っています。創薬チャンネル是非ご視聴ください。