トポロジカル絶縁体とは?

トポロジーとは、ある形に対して変形を加えても保たれる普遍的な性質を指したものです。たとえば、コーヒーカップからドーナツへと連続変形する場合には、ちぎったり穴を潰したりせずに変形することができます。他方、コーヒーカップからボールにはちぎったり穴を潰したりせずに変形することができません。

トポロジカルな観点ではこれらを空いている穴の数で区別することできます。すると、コーヒーカップとドーナツは同じ区分に、ボールは異なる区分に分類されます。

同様に、電子を記述する波動関数についてもトポロジーによって区別することが可能です。結晶の周期性によって波動関数は波数空間上で形を持っているとみなすことができ、この形を基にトポロジカルな分類がなされます。

「トポロジカル絶縁体」においては、物質の内部と外部で電子の波動関数が異なるトポロジーを持っているため、物質内部では電気が流れず絶縁体的であっても、物質表面では電子が流れます。

この電子が流れる性質はトポロジーによって保護されているため、表面を流れる電子流はエネルギー散逸を生じません。無散逸な電子流は、画期的省エネルギー情報伝達材料を実現する可能性があり、現在精力的に研究されています。

Su-Schriffer-Heeger(SSH)模型

トポロジカル絶縁体状態を実現する最も基礎的な電子模型として、1次元格子上を電子が流れる「Su-Schriffer-Heeger(SSH)模型」が知られています。この模型は元々ポリアセチレンにおける電気伝導を説明するために構築されたものです。

ポリアセチレンでは炭素原子間に一重結合と二重結合が交互に形成されて1次元鎖を組んでいるとみなすことができます。そこで、SSH模型でも電子が隣の原子に遷移する確率が大小交互に並んでいると考えます。すると、電子は原子の対に束縛されて絶縁体の電子構造を示します。

ただし、遷移確率の配列には2種類あります。端原子を含む原子対間の遷移確率が大きくなる場合の電子状態は、トポロジカルな性質を持ちません。一方、端原子を含む原子対間の遷移確率が小さな場合、端の電子が余って端に局在化した状態を生じます。この「端状態」はトポロジカルに保護されており、2次元・3次元トポロジカル絶縁体における表面状態に対応しています。このようにSSH模型は、トポロジカル絶縁体を理解する非常に単純な模型として受け入れられていました。

Su-Schriffer-Heeger(SSH)模型の模式図。上から順に、隣の原子への遷移確率が一様な場合、大小交互に並ぶ場合(トポロジカルな性質なし)、大小交互に並ぶ場合(トポロジカルな性質あり)。赤色は余った電子の波動関数の広がりを表す。

「磁気準粒子」を用いたSSH状態の観測

磁性体において、電子はそれ自身の持つ自転運動(スピン)によって磁石の性質を帯びています。電子スピン(電子の自転)の変動は波として結晶中を伝播し、マグノンやトリプロンなどの準粒子の流れが生じます。

これらの「磁気準粒子」は、電子とは量子力学的統計性が異なるものの、電子と同様のトポロジカルな性質を持つと期待されます。したがって、磁気準粒子を用いたSSH模型の実現の可能性が考えられますが、実際に観測された例はこれまでありませんでした。

今回、我々はBa2CuSi2O6Cl2という反強磁性体中のトリプロンの分散関係を詳細に調べ、この物質においてトリプロン準粒子のSSH模型が実現していることを突き止めました。実験には大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設に設置された中性子非弾性散乱分光器AMATERASを用いました。

実験によって観測されたトリプロンの分散は、2.6 meVにおいて小さなエネルギーギャップを伴う分裂を示すことがわかりました。 このエネルギーギャップはトリプロンの隣のサイトへの遷移確率が大小交互に並んでいることを示しており、トリプロンのSSH模型が実現していることの証拠になっています。

(上)非弾性中性子散乱実験によって観測されたトリプロンの分散関係。上側の1本の分散が2.6 meVにおいてエネルギーギャップを持っている。(下)遷移確率が大小交互に並ぶ場合に予想されるトリプロンの分散関係

トポロジカルに保護された「端状態」は存在するか?

実は、SSH模型の波動関数はひとつのスピンを仮想磁場中に置いた模型の波動関数と同値であることが知られています。したがって、この仮想磁場の位相は波動関数の位相と対応付けられます。Ba2CuSi2O6Cl2のトリプロンも、同様の考え方が適用できます。

トポロジカルな性質を持たない状態とは、波数を1周期分変化させても仮想磁場の位相が変わらない状態であり、仮想磁場の描くループが原点を含まない状態に対応します。他方、トポロジカルな性質を持つ状態とは、波数を1周期分変化させると仮想磁場が位相を獲得する状態であり、仮想磁場の描くループが原点を含む状態になります。したがって、トポロジカルには仮想磁場が原点を含むかどうかで両者を区別することができます。

Ba2CuSi2O6Cl2のトリプロンが感じる仮想磁場は原点を含むので、トポロジカルな性質を持ちます。すなわち、波数を1周期分変化させると波動関数の位相が360度回転し、端状態がギャップの中心に生じることになります。

Ba2CuSi2O6Cl2における仮想磁場のx成分とy成分。z成分は常に0である。(簡単のため波数のb成分は固定している。b成分としてどの値を選んでも以下の議論には影響しない)。

本研究では、電子とは量子力学的統計性が異なる磁性準粒子でもSSH模型と対応づけることが可能であり、トリプロンの端状態が存在しうることを明らかにしました。

今後の展望

ポリアセチレンは、電子密度を制御することで電子がたくさん流れる状態を実現できる特徴があります。こうした導電性ポリアセチレンの研究は有機ELの開発につながりました。Ba2CuSi2O6Cl2においても、トリプロンの密度を制御しトリプロンがたくさん流れる状態を実現できる可能性があります。この状態を中性子などを使って実験的に検出することが直近の課題です。

また、トリプロンは熱を運ぶ性質があります。熱は電気伝導とは異なりジュール熱によるエネルギー損失がないことから、本研究が磁気準粒子を利用した新しいデバイス開発のきっかけになればと期待しています。

参考文献

  • W. P. Su, J. R. Schrieffer, and A. J. Heeger, “Solitons in Polyacetylene” Phys. Rev. Lett. 42, 1698 (1979)
  • M. Okada, H. Tanaka, N. Kurita, K. Johmoto, H. Uekusa, A. Miyake, M. Tokunaga, S. Nishimoto, M. Nakamura, M. Jaime, G. Radtke, and A. Saul.”Quasi-two-dimensional Bose-Einstein condensation of spin triplets in the dimerized quantum magnet
    Ba2CuSi2O6Cl2Phys. Rev. B 94, 094421 (2016)
  • K. Nawa, K. Tanaka, N. Kurita, T. J. Sato, H. Sugiyama, H. Uekusa, S. Ohira-Kawamura, K. Nakajima, and H. Tanaka “Triplon band splitting and topologically protected edge states in the dimerized antiferromagnet” Nature Communications 10, 2096 (2019)

この記事を書いた人

那波 和宏, 佐藤 卓, 中島 健次, 田中 秀数
那波 和宏, 佐藤 卓, 中島 健次, 田中 秀数
那波 和宏(写真左上)
東北大学多元物質科学研究所 無機材料研究部門 助教。
2013年京都大学大学院理学研究科博士課程修了(理学)。東京大学物性研究所特任研究員を経て、2016年より現職。専門は物性実験、特に低次元磁性体の物性測定。

佐藤 卓(写真右上)
東北大学多元物質科学研究所 教授。
1968年10月生まれ。1991年3月 東京工業大学理学部物理学科卒業、1993年3月東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了、1996年3月東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、同年博士(理学)取得。1996年4月科学技術庁金属材料技術研究所 研究員、2004年3月東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設 助教授、2012年4月より現職。この間2011年~2013年にかけて米国標準技術研究所中性子研究センター Guest Researcher。専門は中性子散乱による固体物性研究、特に量子磁性体や非従来型超伝導体等に関する実験研究。

中島 健次(写真左下)
J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクションリーダー。
1993年東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学物性研究所助手を経て、日本原子力研究開発機構に移り、2008年からJ-PARCセンター勤務。専門は固体物理(実験)、特に、中性子分光器の開発。

田中 秀数(写真右下)
東京工業大学理学院 教授。
1956年9月生まれ。1975年3月新潟県立柏崎高校卒業、1980年3月東京工業大学理学部物理学科卒業、1982年3月同大大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了、1984年9月同専攻博士課程中途退学、1983年10月Hahn-Meitner 研究所客員研究員、1986年1月東京工業大学理学部助手、1986年3月理学博士(東京工業大学)、1990年1月名古屋大学教養部助教授、1993年10月同大理学部助教授、1994年4月上智大学理工学部助教授、1996年4月東京工業大学理学部助教授、2002年8月同大極低温物性研究センター教授、2006年4月同大大学院理工学研究科教授、2016年4月より現職。