高齢者の体が震える原因とは? – 「本態性振戦」の発症メカニズムをマウスの脳から探る
本態性振戦とは?
今、日本は未曽有の高齢化社会です。連日のように高齢化社会によるさまざまな問題がマスメディアによって報道されています。
人は歳を取ると細かい動きが不得意になります。とくに手先の震えは老化と共に顕著に見られる現象で、医学的には「本態性振戦(ほんたいせいしんせん)」と呼ばれます。震え以外に症状が見られず、原因がわかっていない病気を本態性振戦といい、65歳以上では約14%と非常に多くの高齢者に見られます。
この震えは意識でコントロールできない異常な動きであるため、細かい作業をする際には支障を来すこととなり、高齢者が働き続けるうえで大きな障害となります。このように日常的にもよく見られる病気でありながら、なぜ振戦が発症するのかについてはこれまでわかっていませんでした。
マウスの震えとクラスII ARFタンパク質
今回我々はARFタンパク質を作ることができないマウスを作製しました。ARFタンパク質には6種類あり、膜の輸送に関与することが知られています。しかし、クラスIIに分類されるARF4とARF5タンパク質の働きはよくわかっていませんでした。
そこでこれらのタンパク質を作ることができないマウス(正確にはARF4+/-/ARF5-/-マウス)を作製したところ、寝ているときや止まっているとき以外は常に体を震わせているマウスが産まれてきました。
体が震える原因として、人の病気ではパーキンソン病と本態性振戦がよく知られています。パーキンソン病では安静時に手が震えるのに対して、本態性振戦では動作をしたときに手が震えるなどの違いがあります。
我々はパーキンソン病や本態性振戦に効く薬をいろいろ試したところ、どうやらこのマウスの震えは本態性振戦の震えに近いのではないかという結論に至りました。
さらに我々は、このマウスの脳内をくまなく調べてみました。なかなか異常は見つかりませんでしたが、「小脳のプルキンエ細胞」に異常があることが徐々にわかってきました。
小脳のプルキンエ細胞の重要な働き
小脳は、スムーズな運動を実現するために重要な役割を果たしています。そして、小脳皮質から唯一外に信号を送り出す神経細胞である「プルキンエ細胞」がその中心的な役割を果たしています。今回作製したマウスの脳の活動を詳細に調べたところ、プルキンエ細胞が発生する電気信号(この信号を「活動電位」といいます)が弱まっていることがわかりました。
神経細胞には、軸索という神経細胞の細胞体から長く伸びる一本の突起があり、次の神経細胞に信号を伝える働きをしています。
我々の解析の結果、プルキンエ細胞の軸索の根本(軸索起始部)において、ナトリウムイオンチャンネル(細胞外からナトリウムイオンを取り込むタンパク質)のひとつである「Nav1.6」が失われていることがわかりました。つまり、ナトリウムイオンチャンネルの消失が、プルキンエ細胞の電気信号が弱まっている原因であることがわかってきました。
一方、ウイルスを遺伝子の運び屋として利用することで、この振戦マウスのプルキンエ細胞のみで再びクラスII ARFタンパク質を作らせたところ、マウスの震えが少なくなり、症状が改善しました。
本態性振戦の発症メカニズム
パーキンソン病では、脳の黒質という部分にあるドーパミン分泌神経細胞が失われることが発症の原因ですが、本態性振戦の原因はわかっていませんでした。
今回の我々の研究結果から、本態性振戦の体の震えは、小脳のプルキンエ細胞の軸索起始部でナトリウムイオンチャンネルのNav1.6が失われ、プルキンエ細胞が小脳皮質から外に送る電気信号が弱まることで起こることがわかりました。
今後は、老化でなぜNav1.6の機能が失われるのかについて調べることで、本態性振戦の症状の根本的な治療法の開発を試みようと考えています。
参考文献
Nobutake Hosoi, Koji Shibasaki, Mayu Hosono, Ayumu Konno, Yo Shinoda, Hiroshi Kiyonari, Kenichi Inoue, Shin-ichi Muramatsu, Yasuki Ishizaki, Hirokazu Hirai, Teiichi Furuichi, Tetsushi Sadakata, “Deletion of class II ARFs in mice causes tremor by the Nav1.6 loss in cerebellar Purkinje cell axon initial segments” Journal of Neuroscience. 2019, 2002-18; DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2002-18.2019
この記事を書いた人
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2004年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2004-2011年 理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員
2011-2015年 群馬大学 先端科学研究指導者育成ユニット 助教
2015-2018年 群馬大学 テニュアトラック普及推進室 講師
2018年 群馬大学大学院医学系研究科 大学院教育研究支援センター 講師
2018年-現在 群馬大学大学院医学系研究科 大学院教育研究支援センター 准教授