はじめに

人生100年時代といわれます。しかし、個人差はあるものの、自立して過ごすことのできる「健康寿命」の日本人の平均は、女性が75歳、男性が72歳程度であり、晩年には日常生活でサポートの必要な人が多くなります。介護が必要になる理由の上位には認知症があり、女性ではトップの理由です。認知症になりにくいライフスタイルを心がけたいものですが、どんな趣味をもつと良いのでしょうか。

75歳以上を対象にどんな余暇活動が認知症リスクを抑えるかを調べた観察的な疫学研究において、ダンスは楽器演奏などと並び、抜きん出てリスク低減効果が高かったと報告されています [1] 。そこで、今回は、ダンスの認知機能やメンタルヘルスへの影響を、介入研究によって調べました。

今回の研究

疫学研究で報告されているダンスの突出した認知症リスク低減効果を理解するには、ダンスの情動喚起性や向社会的側面にも着目する必要があると考え、今回の研究では「絆ホルモン」といわれるオキシトシンなどの生化学物質の尿中濃度を調べました。また、認知機能を調べる検査、うつや無気力傾向を調べるメンタルヘルスの質問紙、MRI脳画像(脳構造、脳活動)も併用し、ダンスがどのようなメカニズムで認知機能やメンタルヘルスに効果を持つのかを明らかにしようとしました。

図1 ダンスレッスン中の参加者たち

研究の対象者は、65歳以上で本人による「もの忘れ」の訴えがあり、日常生活動作が自立していて、ダンスの3ヶ月のレッスンプログラム(週1回)に参加する意欲のある、ふだんダンスをしていない方としました。折り込みチラシなどの募集で集まった参加者をほぼ等質な2群に分け、一方を介入群、もう一方を統制群とし、介入群には3ヶ月のグループでのダンスレッスンの前と後に認知機能などの検査を、統制群には3ヶ月の待機期間(ふだん通りに生活)の前と後に検査をおこないました。また、統制群には、待機後の検査が終了した後に、介入群と同じダンスレッスンを提供しました(図1)。

これまでに得られた結果と考察

介入は5期に分けて実施し、計67名の参加者から脱落者を除いた54名(介入群26名、統制群28名)について結果を分析しました(平均年齢は74歳)。認知機能検査、質問紙、生化学物質のデータを分析した結果、今回の3ヶ月の介入では認知機能の向上は見られませんでしたが、メンタルヘルスの質問紙ではダンス介入で無気力傾向(アパシー)が改善(低減)するという効果がありました(図2)。

図2 アパシーの得点変化:左は介入群(Intervention)、右は統制群(Control) Pre: 介入(待機)前, Post: 介入(待機)後【 豊島ら(2024)より】[2]
また、尿中の物質では、オキシトシンとノルアドレナリン代謝物がダンス介入によって増加しました(図3)。

図3 オキシトシン(Oxytocin)とノルアドレナリン代謝物(MHPG)の濃度変化 Intervention: 介入群, Control: 統制群, Pre: 介入(待機)前, Post: 介入(待機)後 【山下ら(2024)より】[3]

今回見出されたアパシーの低減、およびオキシトシンとノルアドレナリンの増加は、従来になかった新たな知見です。質問紙で検出されたアパシーの低減は、認知症リスク低減の観点から重要と考えます。なぜなら、アパシーが高いと、認知症の前段階である軽度認知障害から認知症へと移行しやすいことが報告されているからです [4] 。

また、生化学物質から見えてきた効果も興味深いです。まず、「絆ホルモン」であるオキシトシンの高まりは、グループでのダンスが向社会性を高めることを示唆しています。特に後期高齢期には社会的活動が多いほど認知機能を維持する関連が知られており [5] 、向社会性の向上は長期的な認知機能の維持を促進する可能性があります。介入効果が見られたもうひとつの生化学物質、ノルアドレナリンは、注意、学習、記憶など認知機能の多くの側面に関与することが知られ、認知的覚醒度の指標ともされることから [6] 、ダンスによって認知的覚醒度が高まったといえるかもしれません。

今回の週1回3ヶ月の介入では、行動的な認知機能検査の成績では介入効果は検出できませんでした。これは、先行研究に照らすと、継続期間が十分でなかったせいかもしれません [7] 。しかし、生化学物質で示唆された認知的覚醒度の上昇は、ダンスをもっと長期間継続することで行動的に検出可能な認知機能の向上につながる可能性を示しています。

今後の方向

今後は、MRIで撮像した脳画像の解析を進めて行きます。さらに次のステップとして、3ヶ月のダンス介入後も同様のダンスレッスンを継続した人と継続しなかった人とを追跡的に比較することにより、ダンスの認知機能に及ぼす影響をより堅固な形で捉えることができるかもしれないと考え、追跡研究に着手しています。

謝辞

この研究プロジェクトは、岩嵜唱子(京都大学研究員)、高松礼奈(愛知学院大学講師)、豊島彩(島根大学講師)、武藤拓之(大阪公立大学准教授)、山下雅俊(福井大学特命助教)の各共同研究者と共におこなったものです。

研究にあたり、クラウドファンディング「認知症を減らしたい!楽しい音楽+交流+運動=ダンス で『もの忘れ』改善」を実施し、ご支援いただいた資金を研究に充てさせていただきました。ご支援くださったのは、

中井敏晴様、滝順一様、ネイピア様、Mark Taniguchi様、Sekiyama Hiroshi様、ヤナギヒデカツ様、高橋佑輔様、いちこ様、Nasu様、積山良弘様、奥田清様、奥中美帆様、chikusa様、中西豊子様、三宅民夫様、永井由美子様、彦さん様、カワイエリコ様、そがちん様、
Takuya Asai様、井上福子様、川島奨大様、安岡扶紀様、宮田忠明様、海野真司様、DMG森精機株式会社様、古屋陽子様、沢田晴彦様、どじょうすくい女将・小幡美香様、KAZ様、みよ子様、エダシンイチ様、原田康様、松原仁様、みなけん様、佐藤鮎美様、小川雅人様、江田裕子様、古原生美子様、前田眞里様、吉川貴代様、タケザワヤスコ様、Institute for Dementia Care Asia様、大橋明様、粂和彦、EMI MANABE様、 モリヨシヒロ様、IMAMURA様、を始めとする105名の方々です。その他に、匿名でのご支援も頂戴いたしました。ご支援くださったすべてのサポーターの皆様に心より感謝を申し上げます。

引用文献

  • [1] Verghese, J., Lipton, R. B., Katz, M. J., Hall, C. B., Derby, C. A., Kuslansky, G., … & Buschke, H. (2003). Leisure activities and the risk of dementia in the elderly. New England Journal of Medicine, 348(25), 2508-2516.
  • [2] 豊島彩・高松礼奈・岩嵜唱子・山下雅俊・武藤拓之・積山薫 (2024). 表現ダンスプログラムが抑うつ・アパシーに及ぼす影響: 物忘れの自覚のある地域高齢者を対象とした介入研究. 日本心理学会第88回大会発表論文予稿集, 2A-030-PD.
  • [3]山下雅俊・岩嵜唱子・豊島彩・高松礼奈・積山薫 (2024). 表現ダンス介入がもの忘れの自覚のある高齢者のオキシトシンや神経伝達物質に及ぼす影響. 日本心理学会第88回大会発表論文予稿集, 2A-029-PD.
  • [4] Teng, E., Lu, P. H., & Cummings, J. L. (2007). Neuropsychiatric symptoms are associated with progression from mild cognitive impairment to Alzheimer’s disease. Dementia and geriatric cognitive disorders, 24(4), 253-259.
  • [5] James, B. D., Wilson, R. S., Barnes, L. L., & Bennett, D. A. (2011). Late-life social activity and cognitive decline in old age. Journal of the International Neuropsychological Society, 17(6), 998-1005.
  • [6] Holland, N., Robbins, T. W., & Rowe, J. B. (2021). The role of noradrenaline in cognition and cognitive disorders. Brain, 144(8), 2243-2256.
  • [7] Müller, P., Rehfeld, K., Schmicker, M., Hökelmann, A., Dordevic, M., Lessmann, V., … & Müller, N. G. (2017). Evolution of neuroplasticity in response to physical activity in old age: the case for dancing. Frontiers in aging neuroscience, 9, 56.

この記事を書いた人

積山薫
積山薫
京都大学名誉教授、京都大学野生動物研究センター特任教授。1989年より、いくつかの国公立大学で認知心理学、認知神経科学の教育・研究に携わり、2017年から2023年3月までは京都大学大学院総合生存学館教授。研究関心は、身体に根差した認知行動システムの可塑性、発達、およびその脳内基盤で、研究トピックとしては身体イメージ、逆さメガネへの適応、マガーク効果を含む視聴覚音声知覚、高齢期の運動機能と認知機能の関係など。日本認知心理学会の独創賞(2013年)、日本心理学会の国際賞功労賞(2022年)などを受賞。
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