自由記述でもこころを分析できる?- 心理学調査の先端で「曖昧さ」に挑む
人の心のはかり方と従来の方法の限界
当然ですが、人のこころは目に見えません。私たち心理学者は、そんな目に見えないこころをあらゆる手段でデータとして可視化し、分析、解釈しようとしています。刺激への反応速度や目の動き、脳活動、などさまざまな指標がありますが、そのなかでも最も一般的なのが質問紙尺度による主観評定だと思います。みなさんも1度は、学校やSNS上でアンケートへの協力が求められたことがあるかもしれません。そのアンケートでは、いくつかの文が提示され、そこに書かれている内容について、「1. まったく当てはまらない」から「5. とてもよく当てはまる」の5点満点で回答を行います。たとえば、有名な人生満足度尺度では、「私は自分の人生に満足している」という文にどれくらい自分が当てはまっているか回答します。
このように、心理学研究では、人の心理状態も性格も数値で評価されていたのですが、よくよく考えてみると、普段の生活で自分のこころを数値で表現するということはなされておらず、不自然に思えてきます。また、複雑なこころの状態を5段階に区切ったものでどれほど表現できているのでしょうか。もっといい方法はないのかとたどり着いたのが、今回のような自由記述回答を解析する方法です。
自然言語処理で従来の測定方法を補完する
今回用いた方法では、アンケートへの協力者は、数値ではなく、自由記述の文章で回答を行います。先ほどの人生満足度の例だと、「全体的に、あなたはあなたの人生に満足していますか?」という問いに、自由記述で回答します。自由記述なので、「裕福ではないが、愛情を持って育てられ、やりたかった看護師の仕事に就き、休日も家族と楽しく過ごしているので、満足している。」などと回答できるかもしれません。1~5点では表せない自由度です (図1)。この人生満足度尺度を用いて先駆的な研究を行ってきたのが、Oscar Kjell博士たちです。
このような自由記述のデータを指標化する方法はさまざまですが、近年の自然言語処理技術の向上によって、相関や回帰といった統計分析でデータを可視化、解釈できるようになってきました。少し具体的には、自由記述回答をベクトル化することによって、数値として扱ったり、別な数値データとの関連をみたりできます。特に、今回の研究でも用いたBERT (Bidirectional Encoder Representations from Transformers)とよばれる深層学習モデルは、文章内のあらゆる単語を前後の文脈の両方から理解することが可能となっています。このように自然言語処理の力を借りつつ、これまでの質問紙尺度の限界を超えていくことを目指しています。
曖昧性への態度
今回の研究で用いた尺度は「多次元曖昧性への態度尺度 (Multidimensional Attitude toward Ambiguity Scale; 以下MAAS)」と呼ばれるものです。人が曖昧なモノやコトに直面したときのこころや態度はそれぞれです。たとえば、ある人は答えがひとつに定まらない状況で不快感を感じ避けたくなる一方、またある人は、そのような状況を楽しむかもしれません。このような曖昧性への態度は多次元構造であると言われており、今回使用したMAASには、曖昧性への不快感(例「私はその人の何かを知るまでは、一緒にいても落ち着かないことがある。」)、絶対主義(例「世のなかには「良い人」と 「悪い人」の2種類がいる。」)、複雑性・新奇性希求(例「私は曖昧であったり、そこに秘められた意味を好んだりする傾向がある。」)という3つの側面があります。私たちはこれまで、この尺度の日本語版を開発したり、俳句という曖昧性を特徴とする芸術の鑑賞や創作を通じて、絶対主義の傾向が下がることを明らかにしたりしました。今回は上述した新しいこころの測り方を曖昧性への態度尺度に適用することを目指しました。
今回の結果
今回は、先行研究にしたがって、英語での自然言語処理を目指し、オンラインで英語母語話者600名を募集しました。参加者は、上述した自由記述の課題に取り組みます。曖昧性に関するシチュエーションとオープンエンドの質問 (例「仕事に関する責任の所在がはっきりしていないとき、あなたは通常どのように反応しますか?」) が与えられます (他の質問と回答例については図2)。これを曖昧性への態度の3つの側面に沿って行います。その後、従来の1~7点で答える尺度へ回答を行いました。また、MAASでは、3つの側面の合計を計算することは行っていないので、より一般的な (細分化されていない)曖昧性へのポジティブ or ネガティブを測る尺度 The Multiple Stimulus Types Ambiguity Tolerance Scale-II (MSTAT-II)にも回答を行いました。
その結果、3つのテキスト回答を統合して、MSTAT-IIとの関連をみると、中程度の正の相関が見られ (r = 0.41)、テキスト回答とこれまでの数値回答の関連性が見られました。3つのテキストを統合しなくとも、複雑性・新奇性希求のテキストだけでもMSTAT-IIとの中程度の相関は保たれました (r = 0.38)。また、曖昧性への態度の3側面を表したテキストとそれぞれの数値得点の関連も、相関がやや弱くなるものがあるものの、どの組み合わせにおいても正の相関が見られました (r = 0.19~0.28)。
まとめと今後の展望
今回の結果は、たしかにオープンエンドの質問に対して自由記述回答をしてもらうことが、人の心の一部をデータとして可視化してくれることを示しています。今回は、先行研究との接続を考えつつ、英語で調査や自然言語処理の解析を行いましたが、すでに日本語での尺度が開発されていることを考慮すると、同じ手法を日本での調査に適用したいです。またこの手法は比較的新しいものですが、これから他の尺度についても検討が進んでいくことを期待しています。近い将来、数値で答える質問紙と同じかそれ以上にその手法が一般的になることもあるかもしれません。この強力な武器を携え、これからも複雑な人のこころを少しずつでも解き明かしていくことを目指します。
クラウドファンディングサポートのお礼とお願い
本研究の遂行にあたり、クラウドファンディングプロジェクト「世界最短の詩、俳句を通して、美しさの多様性と核心を解き明かしたい (2023年途中より、AIにフォーカスした「AIと人間の共創俳句を用いて、芸術鑑賞と人の美意識を心理学する」というテーマも掲げさせて頂いております)」で頂いた資金を研究および研究関連費に充てさせて頂きました。ご支援頂いたみなさま本当にありがとうございました。
2024年5月現在のサポーターのみなさま
ドラゴン先生様、Tomoo_Impact様、国場 要様、(‘・ω・`)b様、内田良様、cc.くつひも様、gwer.lmer様、鳴海 公軌様、高村ミチカ@教育×企画編集様、gnymmt様、古内しんご@つみき代表____(通称:偽善者先生)様、さち様、ケイティ | Katie様、渡利 幸治様、神谷 誠様、oipy_様、kukuribime様、若染 雄太様、宍戸 佳織様、石津 智大様、ひでまん様、mie様、鶴岡 友也様、下平 剛司様、じょ様、なつみっくす | 母親アップデートコミュニティ(HUC)様、ひつはは様、ボン様、まめぞう様、TaKa様、たかばーす.sauna@ととのい研究家様、Nozomi Kubota様、くろさん様、ちかママ様、いくあ様、オルゴール様、ツカさん様、きたむら様、武田 正文様、tccm7様、板橋 寿明様、SAKAMOTO様、match様、しょうてぃ様、石川裕貴様、水野 君平様、荒牧 美佐子様、西澤 陽介様、nm様、大道 麻由様、ユメジ様、今泉 拓様、白砂 大様、nako shigesada様、伊藤 康裕様、かぐや様、Moriya Haruki様、赤堀 貴彦様、かりんとう様、みじんこ様、ひっつー様、坂 さとよ様
プロジェクトの本流からは少し外れたパーソナリティに関する論文にはなっているのですが、俳句を鑑賞するうえで感じる「曖昧性」というものが私の研究のメインキーワードとなっており、本研究で扱った曖昧性への態度も重要なパーソナリティ変数であると考えております。また、本研究を通して培った自然言語処理による解析は、俳句そのものに対しても、俳句を鑑賞したときの感想 (自由記述) などのデータにも応用できると考えております。これからますますプロジェクトを盛り上げて参りますので、ご支援のほどよろしくお願い致します。
参考文献
- Hitsuwari J. ,& Nomura, M. (2021). Developing and validating a Japanese version of the Multidimensional Attitude toward Ambiguity Scale (MAAS). Psychology, 12, 477–497. https://doi.org/10.4236/psych.2021.124030
- Hitsuwari, J., Okano, H., & Nomura, M. (2024). Predicting attitudes toward ambiguity using natural language processing on free descriptions for open-ended question measurements. Scientific Reports, 14(1), 8276. https://doi.org/10.1038/s41598-024-59118-z
- Kjell, O. N., Sikström, S., Kjell. K., & Schwartz, H. A. (2022). Natural language analyzed with AI-based transformers predict traditional subjective well-being measures approaching the theoretical upper limits in accuracy. Scientific Reports, 12(1), 3918. https://doi.org/10.1038/s41598-022-07520-w
この記事を書いた人
- ヘルムートシュミット大学ポスドク研究員 (日本学術振興会海外特別研究員)。京都大学教育学研究科博士後期課程修了。博士 (教育学)。専門は感情心理学,実験美学。美や感動のメカニズムに興味を持ち,特に世界最短の詩,俳句を題材に心理調査・実験,脳機能計測などを行っている。現在は,日本的な美的感性を検討・発信をするために,ドイツにて文化比較研究を行っている。日本学術振興会第14回育志賞受賞。2022年9月よりacademistにて月額制クラウドファンディングを実施。第2期,3期,4期academist Prize採択。ポッドキャストプラットフォームVoicyにて,毎日心理学の論文を紹介中。
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