俳句と美的体験の不思議

俳句は世界最短の詩形として知られ、5-7-5の音数と季語を持つという明確な形式を持っています。この短さと明確なルールを持つ俳句は、視覚芸術や聴覚芸術に比べてまだ実証的研究の蓄積が少ない言語芸術の最前線を探るのに最適な素材です。

これまでの研究では、俳句の美的評価に感情と認知の両方が関わっていることが示されてきました (Hitsuwari & Nomura, 2024)。たとえば、感情面では、ポジティブ感情や畏敬の念、ノスタルジアといった感情が俳句の美しさを説明することがわかっています。認知面では、イメージの鮮明さが俳句の魅力を説明する要因となっています。また、曖昧さ (俳句の意味が曖昧に感じられる等) が高すぎると魅力が減少するという結果も報告されています。

しかし、これらの結果は、悲しみを表現した俳句が高く評価されることや、俳句や詩における曖昧さの重要性という俳人の観察や従来の知見と矛盾するように見えます。この矛盾を解明するためには、鑑賞過程における感情や認知の変化に注目する必要があると感じました。

俳句鑑賞中のこころの変化を追う

本研究 (Hitsuwari & Nomura, 2025) では、俳句鑑賞時の「変化のプロセス」に着目し、112名の参加者を対象に実験を行いました。参加者には,ポジティブな俳句とネガティブな俳句を読んでもらい、それぞれの俳句について複数の方法で反応を測定しました。

まず、俳句を一行ずつ (上五,中七,下五) 提示し、各段階で感情や認知、美しさ等を評価してもらいました (図1上)。次に、同じ俳句を20秒間かけて徐々に提示し、そのあいだの自分の感情をジョイスティックを使って連続的に報告してもらいました (図1下)。さらに、鑑賞中の瞳孔径を測定し、意識的には表れない生理的な反応も記録しました。

図1. 実験手続きの概要 (Hitsuwari & Nomura (2025) のFigure 1を一部改変)

この方法により、俳句を読んでいるときの感情と認知がどのように変化し、それが美的評価にどう影響するかを多角的に分析しました。統計的な手法を用いて、各時点間の変化量が最終的な美的評価にどう影響するかを詳しく検討しました。

変化が美を生み出す可能性

研究の結果、以下のような興味深い発見がありました。

まず、感情面では、ポジティブ感情、覚醒度、感情的曖昧さの増加が俳句の美しさを高めることがわかりました。ポジティブ感情が俳句の美を高めることは先行研究通りですが、その段階的な高まりが大事かもしれません。ジョイスティックによる連続測定では、ポジティブな俳句ではポジティブ感情が、ネガティブな俳句ではネガティブ感情が徐々に増加していきました (図2上)。また、感情の強さ (本研究では,覚醒度という言葉を使用しました) は両方の俳句で徐々に増加する傾向が見られました (図2下)。ポジティブであれ、ネガティブであれ、完成に近づくにつれて、感情の高まりが起こっていることが可視化できました。

図2. ジョイスティックによる感情の連続評価の結果 (Hitsuwari & Nomura (2025) のFigure 3を一部改変)

次に、認知面では、曖昧さの減少が俳句の美しさを高めることがわかりました。これは、曖昧さが最初から低いことが重要なのではなく、鑑賞過程で解消されることが重要であることを示唆しています。この結果は、曖昧さが解消される瞬間に好感度が急上昇する「美的アハ体験」という現象とも一致しています (Muth & Carbon, 2013)。

さらに、瞳孔径の測定では、瞳孔径は各行の提示とともに一時的に拡大し、その後徐々に縮小するパターンを示しました。美しさ評価との関連では、瞳孔径の増加量が大きいほど、俳句の美しさも高いことが示されました。

これらの結果は、俳句の美的評価が単一の時点での反応ではなく、鑑賞過程における感情と認知の変化によって形成されることを示しています。つまり、俳句の美は静的なものではなく、読み手のなかで生じる動的なプロセスのなかに宿ると考えられます。

まとめと今後の展望

本研究では、俳句鑑賞における感情と認知の変化過程が美的評価に与える影響を多角的に検討しました。その結果、ポジティブ感情、覚醒度の増加や認曖昧さの減少等が俳句の美しさを高めることがわかりました。また、連続的な感情測定により,俳句鑑賞中の感情がどのように変化するかを明らかにしました。

これらの知見は、芸術鑑賞における感情と認知の相互作用を強調する統合的モデルを支持するものです。また、美しさは即時的な反応ではなく、鑑賞過程における動的なプロセスから生まれるという視点を提供しています。

俳句はその短さと明確な構造から、言語芸術の研究に最適な素材です。今後は、他の詩形や文学ジャンルでも同様の変化過程に焦点を当てた研究を進めることで、言語芸術の美的体験についての理解を深めることができるでしょう。

また、本研究の手法と知見は、学校教育における俳句指導にも活かせる可能性があります。俳句の美的鑑賞が徐々に発展していく動的なプロセスであることを認識し、即時的な解釈や反応だけでなく、感情と認知が相互に影響しあう過程を促進するような鑑賞法を共有するのがいいかもしれません。

研究支援への謝意

本研究の遂行にあたり、月額支援型ファンクラブ「世界最短の詩,俳句を通して,美しさの多様性と核心を解き明かしたい」を通じて多くの方々からご支援をいただきました。研究の遂行にあたり、いただいた資金を研究および研究関連費に充てさせていただきました。本研究は、プロジェクトの主要テーマである俳句の美的体験に焦点を当てた重要な成果のひとつとなりました。ご支援いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

また,現在,academistにて,新しい月額支援型ファンクラブ「『美は世界を救う』を心理学で実証したい」にチャレンジしています。このプロジェクトでは、本研究のような実験心理学的手法を用いて、俳句だけでなく他の芸術形式 (雅楽、書道、いけばな等) における美的体験のメカニズム、そして、それがもたらす効果の一端を解明することを目指しています。ぜひ、この機会にサポートしていただけると幸いです。

 

  • 引用文献
    Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2024). Ambiguity and beauty: Japanese–German cross–cultural comparisons on aesthetic evaluation of haiku poetry. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 18(6), 1004–1013. https://doi.org/10.1037/aca0000497
  • Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2025). Effects of emotional and cognitive changes on aesthetic evaluation of poetry based on subjective and physiological continuous responses with pupil diameter measurement. Perceptual and Motor Skills. https://doi.org/10.1177/00315125251330926
  •  Muth, C., & Carbon, C. C. (2013). The Aesthetic Aha: On the pleasure of having insights into gestalt. Acta Psychologica, 144(1), 25–30. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2013.05.001

この記事を書いた人

櫃割仁平
櫃割仁平
ヘルムートシュミット大学ポスドク研究員 (日本学術振興会海外特別研究員)。京都大学教育学研究科博士後期課程修了。博士 (教育学)。専門は感情心理学,実験美学。美や感動のメカニズムに興味を持ち,特に世界最短の詩,俳句を題材に心理調査・実験,脳機能計測などを行っている。現在は,日本的な美的感性を検討・発信をするために,ドイツにて文化比較研究を行っている。日本学術振興会第14回育志賞受賞。2022年9月よりacademistにて月額制クラウドファンディングを実施。第2期,3期,4期academist Prize採択。ポッドキャストプラットフォームVoicyにて,毎日心理学の論文を紹介中。