1.当初の研究の背景と成果

2021年度よりアカデミストの月額支援型ファンクラブにチャレンジし、早5年目となりました。この間、私の研究対象はグアテマラの世界複合遺産ティカル国立公園内に広がる遺跡でした。ティカルは古代マヤ文明の中心的都市のひとつであり、遺跡の保存状態やマヤ文字入りの石碑の数の点を踏まえて最重要遺跡といえます。また国家形成研究/社会進化論的研究の対象としても重要であり、たとえば「今、日本は何故これほどの格差社会なのだろう?」なんてことを説明するための研究のうえでも重要な遺跡といえます。

さて、ティカルでは1950~1960年代に大規模調査が実施されましたが、対象となったマウンド(建造物の痕跡)は巨大な神殿や宮殿ばかりだったのです。そのためこれまでに古代マヤ文明におけるエリート層の文化については良く知られています。他方で中小規模のマウンドに対する発掘調査を実施することと、中間層・一般層の人々の暮らしを明らかにすることが課題となっていました。

このような先行研究の状況を受けて、私は古代マヤ社会における中間層・一般層の人々の暮らしを明らかにすべく、中小規模のマウンドに対する発掘調査を実施してきました。これまでの成果として、まず1960年代に作成された測量図にある最小サイズのマウンド群は、現在では現地表面において認識不可能ということがわかりました。そのため一回り大きなマウンド群を対象に発掘を行ったところ、最下層の人々は化粧土や彩色/彩文のない土器(ノンスリップ土器)群だけを使っていそうなイメージですが、実際には単色・二色・多彩色土器群を僅かに使っていたことがわかりました。

また先行研究ではエリート層の住居や神殿といった建造物の壁や床には漆喰が用いられており、特に壁は赤色に彩色されていたと考えられていました。ところが一般層に帰属すると考えられる小さな建造物を調査してみたところ、赤く塗られた漆喰壁の破片が見つかりました。どうやら従来考えられていたよりも古代マヤ社会の一般層の人々の暮らしは豊かであり、奴隷のような所有物がまったくない状態ではなかったようです。

写真1. 赤色塗布漆喰壁破片

 

2.ファンクラブの研究テーマ、埋蔵遺物量推定研究の成果

以上の内容を読んだ皆さんの多くはきっと考古学に対して不思議な気持ちを抱いたのではないでしょうか。住居建造物や神殿が大きいとか小さいとか、一回り大きいとか、なんだか具体的ではないと感じたのではないでしょうか。日本では考古学は歴史学の一分野として捉えられているため、こうした分類や記述は残念ながら現在でも往々にして見られるのです。特に1960年代以降には考古学研究への統計学手法の導入が図られたものの、現在までに統計学手法の利用は考古学において一般的とはいえないのが現状です。現在の考古学研究の主流は、あくまで研究者個人の“感覚”による分類と自然言語による曖昧な分析結果の記述となっています。

これまでの膨大な考古学データの蓄積もあり、ここ10年のなかでさまざまな考古学データは連続的に変化することがようやく認められ始めました。たとえば「大きい建造物と小さい建造物のようにはっきりと分けられるものではない、あるいは分けるべきではない」といったことが言われるようになりました。しかしながら考古学における研究手法の基本のひとつは型式学的研究法、つまり分類なのです。では連続的に変化するさまざまな現象はどのようにして分類可能となるのでしょうか。

ティカルでは大小さまざまな建造物遺構がマウンドとして残っており、その多くが現地表面あるいは測量図上で確認できます。これらすべてのマウンド群の底面積をデータ化して降順に並べ、中小規模のマウンド群のなかでランダムに発掘調査を実施しました。そしてそれぞれのマウンドの建造物属性や出土した遺物群の単位体積当たりの出土量をグラフ上にプロットしました。するとデータ群のなかには連続的に変化するものだけではなく、断続的に変化するものや、出現範囲が限定的であるものがあることを確認できました。

図1. 建造物属性によるマウンドの分類

こうした発掘調査を継続的に実施することで、これまでの成果としてマウンドサイズと、建造物属性、そして出土する遺物の種別・多寡とのあいだの相関関係を明らかにすることができました。これによりファンクラブのテーマである未発掘マウンドの埋蔵遺物量を推定する研究は概ね成功したといえそうです。この研究は本来不要な遺跡破壊を避けることを目的としたものですが、すでに盗掘されて失われてしまったデータの復元にも有用です。更には文化遺産保護のための限られた予算のなかでどの遺跡のどの遺構を優先的に調査・保護すべきかを判断する指針として現地の研究機関にて重宝されるという成果を挙げています。

3.統一的方法論の確立へ

考古学の一分野に数理考古学や情報考古学といった数学・統計学を利用したものがあります。しかしながら主流である伝統的な考古学は所謂“文系”学問のため、学生や研究者の数学・統計学に関する素養が足りず、数理的な研究は考古学において主流とはなっていません。数理研究のほとんどが応用数学や物理学の出身者といった異分野の研究者によって行われているのが実状です。そのため考古学者による、考古学者のための“簡易な”研究手法の構築が必要と考えてきました。

ファンクラブ研究テーマである未発掘マウンドの埋蔵遺物量を推定する研究とは、対象の社会における「物質文化上の格差」に関する研究の側面があります。つまり考古学の基本的なデータである、「どこに」・「どのような遺物が」・「どれだけあるのか」を用いて、遺物(財)の社会不均衡分布を示すものです。こうした物質文化上の格差はいつの時代にも、いずれの地域にも多かれ少なかれ見られるものです。そのため従来の考古学データを用いつつ、表現方法を統一するだけで、全人類史を対象とした法則定立的研究の実施が可能となります。

もちろん各地域においてそれぞれの遺物や遺構の出土・検出状況は多様です。実際問題として統一的な数的記述のためのデータの確保にはさまざまな困難がつきまとうことが予想できます。そのためまずは必要な考古学データを取得するための環境が比較的良好に整っているティカルにて継続的に発掘調査を実施し、財の社会不均衡分布に関する数理モデルを構築することが急務と考えています。

図2a. ティカルにおける財の社会不均衡分布の例
図2b. ティカルにおける財の社会不均衡分布の例

そのうえで他の時期・地域の社会へと応用し、構造上の類似性から不足するデータを補完しつつ、新たな対象社会で特徴的に得られる考古学データの取得を目指します。この工程を繰り返すことで、たとえば骨が残りにくいが木製品が残り易い日本地域、骨は残るが木製品が残りにくいマヤ地域といった対照的な地域間でデータの相互補完を行うことで、全体として人類史の復元を行っていくことが可能と考えています。

4.展望 考古学から見た持続可能な社会

未発掘マウンドの埋蔵遺物量を推定する研究として始まった本プロジェクトは、4年間の研究のなかで財の社会不均衡分布という数的記述を通して、「格差の人類史」を描ける見込みとなりました。類似の研究は歴史学や人類学、社会学、経済学とさまざまな分野で見られます。しかしながら本研究で構築している物質文化システム論はあくまで考古学を基礎とした方法論であり、且つ社会における財の通時的な在り方を説明する理論です。考古学を基礎とする以上、物質文化システム論の主な特徴は遺物や遺構といったモノ(類型)を扱う点、時間のスケールが50年から100年、ときに200年程度といったように他分野のそれよりも長期である点です。

ファンクラブを始めたころから、世界的に所謂文系学問が役に立たないと言われることに敏感となり、何かと肩身の狭い思いをしてきました。そのためファンクラブの研究テーマが、盗掘という各国の埋蔵文化財に関わる問題や、世界的な社会問題のひとつである格差問題にアプローチできるようになったことはこの4年間に渡る研究の大きな成果と考えています。

現在構築中の物質文化システム論はデータの集成方法と数式化という方法論の面に関して概ね整理できました。他方で理論面では今後の更なる展望として2つの課題があります。ひとつは対象の物質文化系の内部における複数の財の諸関係を生態系における生物群の諸関係、つまり競争・棲み分け・食い分けといったニッチ関係と対比的に分析することです。もうひとつは対象の物質文化系の外界である自然環境や他のコミュニティにおける物質文化系とのあいだの物質代謝に関するデータを組み込むことです。これにより環境経済学的なアプローチが可能となり、考古学を通して人類史という長いスパンから捉えた持続可能な社会とはどのようなものかについて議論可能となると期待しています。

図3. 物資文化系と物質代謝

この記事を書いた人

今泉和也
今泉和也
明治大学、日本古代学研究所客員研究員。2011年より2年に渡り、JICA青年海外協力隊員としてグアテマラが誇る世界複合遺産ティカル国立公園にて勤務。2016年より現在までティカル遺跡中心部にて継続的に発掘調査や資料調査を実施中。また考古学史上初となる統一的方法論・高位理論の構築を企んでいる。ちなみに北海道札幌市出身であり、血液はビール、肉体は寿司・肉・ラーメンで出来ている。あとジェダイを信仰している。