キャラクターIPを活用したオープンアクセス電子学術雑誌の創刊
ガンダムオープンイノベーションについて
私は、科学技術と社会の関係、先端技術のELSI(倫理的・法的・社会的課題:Ethical, Legal and Social Issues)に関心をもつ研究者であり、このような分野への社会的関心や市民参加が低いことに問題意識をもっていました。そうしたなかで、バンダイナムコグループが推進するガンダムのIP(キャラクターなどの知的財産)を活用した「ガンダムプロジェクト」のうち、サステナブルをテーマにしたプロジェクトのひとつである「ガンダムオープンイノベーション」(GOI)にパートナーとして参加することとなり、ガンダムIPのもつ発信力を活用してこの課題に取り組んでいます。私がGOIに採択された際のプラン名は「ガンダムIPを活用したELSI議論の活性化プロジェクト (Activation project of ELSI discussion Using GUNDAM IP : A.E.U.G.)」です。
ガンダムシリーズは、1979年の『機動戦士ガンダム』の放送以来、小説・プラモデル・実物大立像など多岐にわたるコンテンツの展開により、世代を越えて認知されています(※余談ですが私はガンダムシリーズのメディアミックスの歴史・ユニークさについても英語論文(Kinoshita, 2024)を書いています)。また、ガンダムシリーズでは、人類がスペースコロニーを建造し宇宙に居住している未来や、国家同士の戦争における兵器としてロボットが描かれるなど、”リアルな”ロボット作品として認知されています。これらの点から、先端技術のELSIについて考える際のきっかけ作りや題材としてガンダムIPが有用であると考えました。
実際、私がGOIに参加する企業関係者・大学教員など37名に対し行ったアンケート調査では、「ガンダムシリーズのどのような強みがGOIで活かされるか(複数回答可)」という多肢選択形式の設問で、「熱心なファンが多い」:25(67.6%)、「作品世界に登場する科学技術の設定がリアルである」:23(62.2%)、「作品世界が、未来の人間社会の姿をリアルに描いている」:22(59.5%)の順に回答が多くなっていました(木下, 2024)。
新しい学術雑誌の創刊
その後、GOIでの研究・実践活動を進めるなかで、成果の発表先をどうするかが課題となりました。活動の趣旨を踏まえ、「双方向的なコミュニケーションができる余地がある」、「カジュアルすぎず、統一された様式がある」などの要件が必要と考え、これらの条件を満たすものとして、学術雑誌への投稿を検討しましたが、「学際的な内容も含む幅広い学問領域をカバーしている」、「誰でも投稿・閲覧ができる」、「実践報告や研究紹介などさまざまな形式で投稿できる」、「将来に向けて適切な公開・保存が期待される」などの求める条件を満たす投稿先を見つけることができませんでした。そこで、これらの条件をクリアする新しい電子学術雑誌を自分たちで創刊することとし、一般投稿も受け入れることで、GOI採択パートナー以外の外部の方々との接点をつくることを考えました。
私が編集長となり、他の参加パートナーの先生方と協力して準備を行い、オープンアクセス電子学術雑誌『地球・宇宙・未来』(英名、「Globe, Universe, Next future, Discussions And Mentions」)を2024年7月に創刊しました。
本誌はJ-STAGEにも登載されており、過去記事のアーカイブ化が期待できるほか、DOIが付与されることにより、Google ScholarやCiNiiなどの各種学術データーベース上での検索も可能となっています。そして、創刊号の表紙には、GUNDAM UNIVERSAL DEVELOPMENT ACTIONのロゴとGOIのロゴが掲載されるなど、ガンダムIPの活用により、アウトリーチの拡大や、話題性の向上など図っています。
電子学術雑誌『地球・宇宙・未来』が目指すもの
多くの研究者の皆様はご存知のとおり、和文学術雑誌を取り巻く環境は年々厳しいものとなっています。大学ランキングや研究者個人の評価において「論文の被引用回数」が重視される近年では、研究者は英語で論文を書くことをより求められるようになっています。また、理系を中心に和文論文を研究業績としてカウントしない分野も多くなっており、実際に筆者が所属する医学の分野でも、和文の業績はほとんど評価されません。こうした時代において、あえて新しい和文学術雑誌を創刊するということで、和文学術雑誌の強みを活かし、学術と社会の垣根を低くするという目標を掲げながら運営しております。
たとえば、日本語で論文を発表すれば、国内の読者は増え、一般市民、実務者なども含む幅広い人々がアクセス可能となることは間違いないでしょう。特に、学術的な新規性よりも社会への警鐘・啓発、市民の理解促進が優先される報告などにおいて、そのようなメリットが大きくなると考えます。そのため、この雑誌は、単にGOIの活動成果の発表の場とするだけでなく、社会とのコミュニケーションを意識した内容の寄稿を充実させるようにしています。また、新しい学術雑誌という立場を意識し、学際的なテーマや若手研究者、学術的なバックグラウンドや実践知をもちつつも既存の学術雑誌とマッチしなかった方々にも焦点をあてるなどして、既存の学術雑誌にはない発信の場とすることを目指しています。
たとえば創刊号(第1巻第1号)では、科学コミュニケーション分野でシリアスゲームを活用する試みをしている標葉靖子先生(実践女子大学)にこれまで作成されたゲーム作品についてご紹介いただいた他、YouTube・音楽・漫画などのエンターテイメントと科学コミュニケーションを組み合わせた活動に挑戦する団体asym-lineの皆様に活動紹介をいただきました。第1巻第2号(2025年1月公開)では、VTuberとしてサイエンスコミュニケーションに取り組む北白川かかぽ様(SonyMusic VEE)に活動の振り返りをしていただくなど、引き続きさまざまな分野の方々に個性的な特別寄稿をいただきつつ、初の一般投稿として、若手の研究者・大学院生の方々から研究紹介を執筆していただきました。
そして、本記事が公開されるのと同タイミングの7月31日に公開される第2巻第1号では、下記のような先生方から特別寄稿をいただいております(敬称略)。私たちの雑誌は公式HPに無料で公開されておりますので、是非ご覧いただければ幸いです。
- 石黒浩(大阪大学)「いのちの未来」
- 落合陽一(筑波大学)「『null²』:般若心経の現代語訳としての計算機自然──空性と自己の記号的解体の実践とマタギドライヴに関する学術的考察──」
- いとうまい子(情報経営イノベーション専門職大学)「社会人の学び直しが拓く新たなキャリアと社会貢献」
- 和田彩花(アイドル)「アイドル活動と勉強、研究」
- 寺嶋由芙(アイドル)「ゆるキャラの今 新型コロナウイルス影響後のゆるキャラ事情(後編)」
- ヤマモトショウ(作詞家)「音楽をつくるとき、哲学は役にたつか」
- 八代嘉美(藤田医科大学)「SFの想像力と再生医療・幹細胞研究が拓く「キメラの時代」の新たな人間像」
- 玉手慎太郎(学習院大学)「公衆衛生倫理学という探究:実践的思索とディストピア的想像力の重なりの上に」
※字数の関係で書ききれておりませんが、他にも多数の特別寄稿をいただいているほか、若手の研究者・大学院生の方々からの一般投稿もいただいております。
そして、第2巻第2号(2026年1月末公開予定)は、GOIの採択パートナーの皆様に、4年間の活動成果の報告をしていただく場としつつ、引き続き一般投稿も募集していきたいと考えております。投稿資格は原則制限なく、さまざまな投稿区分を用意しておりますので、投稿を検討される方は、ぜひ雑誌の公式HPをご覧のうえ、ご検討ください。投稿にあたりご不明な点がありましたら、どんなことでも結構ですのでご雑誌HPの「お問い合わせ」フォームから遠慮なくお尋ねいただければ幸いです。
以上のように、当雑誌はキャラクターIPの活用ふくめ、独自の取り組みを数多く行なっていることから、Science Editing誌に、創刊の経緯や雑誌の特徴について査読付きエッセイを発表させていただく機会をいただきました(Kinoshita, 2025)。学術雑誌におけるキャラクターIPの活用は前例がほとんどなく、編集委員会も手探りで取り組んでいるところですが、今後も継続して発行・改良を行い、独自の魅力を有する学術雑誌となることを目指していきたいです。
【参考文献】
この記事を書いた人

- 慶應義塾大学医学部ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座特任助教。東京大学大学院学際情報学府博士課程在学。医師、博士(医学)。専門は社会医学、デジタルヘルス。精神科医としてAI医療機器の開発に関わるなかで、その導入における倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に関心を持つようになり、現在所属する大学院では科学技術社会論を専攻。2022年にバンダイナムコグループが推進するサスティナブルプログラム「ガンダムオープンイノベーション」のパートナーとして採択され、2024年に電子学術雑誌『地球・宇宙・未来』を創刊、編集委員長を務める。著書に『現代日本の医療問題』(星海社新書、2025年)などがある。
この投稿者の最近の記事
研究成果2025.07.31キャラクターIPを活用したオープンアクセス電子学術雑誌の創刊