旭川市に生息するカタツムリから新種の吸虫を発見! – 身近な環境に隠された生物多様性
カタツムリを中間宿主とする寄生虫
子どものころに一緒に遊んだカタツムリ、そういえば大人になってからは見かけないな……。そんなひっそり生きている動物の、さらに内部に暮らす「寄生虫」に焦点を当てた大人たちがいます。寄生虫のなかでも吸虫類(扁形動物)はその発育環を完成させるために1つあるいは2つの中間宿主を必要とすることが多いのですが、一部のものはその中間宿主としてカタツムリの仲間を利用します。写真はすべて北海道旭川市に生息するカタツムリです。こんなに種類があることをご存知でしたか?
今回私たちは、旭川市内にいるカタツムリがある吸虫の中間宿主になっていることを突き止めました。さらに、発見した吸虫が未記載種であることがわかり、今回2種を新種として報告しました。多くの人が目をとめることなく通り過ぎてしまう、公園や道端の足下に広がる生物多様性の世界へご案内します。
吸虫とは
吸虫類はプラナリアなどと同様、扁形動物に属します。終宿主(成虫が寄生する宿主動物のことで、多くは脊椎動物)の体内で虫卵を産生します。外界にばらまかれた虫卵あるいはそこから孵化した幼生は中間宿主(幼虫が寄生する宿主動物で、2種類必要な場合は順に第1、第2中間宿主と呼びます)に取り込まれ、その体内で幼虫が発育します。終宿主は中間宿主を捕食することで感染することが多いため、吸虫類の多くは動物間の食物連鎖に強く関連しています。
吸虫の種類によって好む宿主は異なっています(宿主特異性といいます)。今回紹介するのは、「中間宿主はこのカタツムリじゃなきゃイヤだ!」というこだわりを持った吸虫で、その終宿主はカタツムリを捕食する動物です。
偶然の発見
2015年、私たちは北海道旭川市内の高校生と一緒に国内外来種である両生類の寄生虫について調査中でした。そのなかで、市内の公園で捕獲されたアズマヒキガエルの消化管から未熟な吸虫が検出され、形態学的にブラキライマ属の吸虫とわかりました。
文献によれば、ブラキライマ属吸虫はカタツムリの仲間を第1中間宿主とし、その肝臓でスポロシストと呼ばれる幼生ステージに育ちます。スポロシストの中では、セルカリアと呼ばれる幼生がたくさん作られ、やがて外に放出されたセルカリア幼生が別のカタツムリ(第2中間宿主)に侵入し、メタセルカリア幼生となります。メタセルカリア幼生を持つカタツムリを終宿主(哺乳類あるいは鳥類)が食べると、消化管で成虫となって卵を産みます。この虫卵を再び第1中間宿主が摂取することで、発育環が完成します。
今回発見したブラキライマ属吸虫の本来の終宿主は哺乳類か鳥類であり、本来の宿主ではないカエルの体内では十分に発育しなかったと考えられました。さて、この吸虫の正体はいったい何なのでしょうか。
エゾマイマイに宿るマイマイサンゴムシの発見
私たちはまず中間宿主から攻略することにしました。第1、第2中間宿主ともにカタツムリと考えられ、これなら簡単に捕まえられるためです。旭川市内の公園などでカタツムリを探し、その体内から吸虫の幼生の検出を試みました。すると、市内どこにでもいる大型のカタツムリであるエゾマイマイからブラキライマ属吸虫のスポロシストおよびメタセルカリアが検出されました。
これらは遺伝子解析により、アズマヒキガエルから見つかった吸虫と同一の種であることがわかりました。また、カタツムリから得られたメタセルカリアを免疫抑制マウスに食べさせてみると、消化管内でちゃんと成虫となりました。成虫を観察すると、その形態はこれまで報告されてきたほかのブラキライマ属吸虫とは異なることがわかりました。また、遺伝子解析の結果からも独立した種であることが証明されました。そこでこれをBrachylaima ezohelicis(マイマイサンゴムシ)として新種記載しました。ちなみに、和名の「サンゴ」は、エゾマイマイの肝臓に寄生するスポロシストが枝分かれして伸びている様子がまるでサンゴのようだったことに由来しています。
エゾマイマイからマイマイサンゴムシを発見した私たちは、その後パツラマイマイを第1中間宿主とするブラキライマ属吸虫を発見し、これをB. asakawai(パツラマイマイサンゴムシ)と命名しました。B. ezohelicisとB. asakawaiはよく似た吸虫ですが、精巣の形態や吸盤の大きさ、体表面の構造など複数の点において、明らかに異なっていました。
その他のカタツムリにも新たなブラキライマ属吸虫が!?
ブラキライマに魅せられ、カタツムリハンターと化してしまった大人たちは、黙々と他のカタツムリも調査していきました。すると、サッポロマイマイ、オカモノアラガイからも続々とブラキライマ属吸虫が見つかり、DNAを調べるとすべて異なる種であることがわかりました(系統樹のsp. Aとsp. B)。
これらはすべて旭川市内、私たちが住んでいるところのすぐそばで見つかりました。ここだけでこんなにも多くの種類が確認されたということは、北海道、日本国内、そして世界のカタツムリには一体何種の吸虫が存在しているのでしょうか……!?
身近な環境に隠された生物多様性
今回2種のブラキライマ属吸虫を新種記載しましたが、旭川市内にはこれらに類似した吸虫がさらに2種存在することが明らかになりました。日本には800種以上のカタツムリの仲間が生息していますが、カタツムリは移動能力が低いため、多くは地域ごとの固有種です。カタツムリを利用する吸虫類は日本に何種いるのか、さらに、寄生虫の分布と宿主の生態との関係について知るためには詳細な調査が必要です。終宿主となる哺乳類・鳥類を明らかにし、カタツムリや吸虫を合わせた複雑な生態系の全貌を解明すべく、日々野外へ出かけ、自然観察とサンプル採集を行っています。
興味は次から次へと湧いてきますが、この研究はさまざまな地域の多くの方々のご協力によりさらに発展させることが可能です。私たちは、アウトリーチ活動やTwitterを通じて、一般の方々や異なる分野の専門家と交流しながら研究を進めています。「みんなで作る新種」、「みんなで明らかにする生物多様性」、「みんなで知る身の回りの生態系」を目指して、ネットワークを広げて行きたいと考えています。熱帯雨林でも深海でもなく、私たちが暮らす身近な環境に隠された生物多様性を調べることは、都市生態系の理解と保全のために重要であり、ひいては私たち自身の生存を守ることにつながります。
参考文献
- Nakao M., Waki T., Sasaki M., Anders J.L., Koga D., Asakawa M. Brachylaima ezohelicis sp. nov. (Trematoda: Brachylaimidae) found from the land snail Ezohelix gainesi, with a note of an unidentified Brachylaima species in Hokkaido, Japan. Parasitology International 2017. 66: 240-249.
- Nakao M., Sasaki M., Waki T., Anders J.L., Katahira H. Brachylaima asakawai sp. nov. (Trematoda: Brachylaimidae), a rodent intestinal fluke in Hokkaido, Japan, with a finding of the first and second intermediate hosts. Parasitology International 2018. 67: 565-574.
この記事を書いた人
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佐々木 瑞希(写真左)
1979年宮城県生まれ。2012年に北里大学獣医畜産学研究科修了(博士(獣医学))。獣医師。日本学術振興会特別研究員、JT生命誌研究館奨励研究員を経て、2014年から旭川医科大学寄生虫学講座助教。条虫及び吸虫が好きで、現在最も興味を持っている寄生虫はオカモノアラガイに寄生するロイコクロリディウム。休日は、学祭で販売するための寄生虫グッズを作成して過ごす。
脇 司(写真右)
1983年大分生まれ。2014年に東京大学農学生命研究科修了(博士(農学))。その後、日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員を経て、2015年から公益財団法人目黒寄生虫館に研究員として着任。貝を中心とした生き物の寄生虫を研究し、その分類や生態を探っている。フィールドで見つけた貝をコレクションして、それを眺めながらお酒を飲むのが好き。