私たちは日本円やドルなどのお金を使って生活している。最近では、ビットコインのような仮想通貨も現れた。お金を使わずに生活するなんて想像できない、というのが一般的な印象だろう。しかし、コンピュータサイエンティストとして地域通貨を研究してきた慶應義塾大学・斉藤賢爾博士によると、シンギュラリティ後には「お金のない世界」に移行していくべきなのだという。本記事では、地域通貨の役割、そして斉藤博士が考える「お金のない世界」についてお話を伺った。

——斉藤先生は「地域通貨」を研究されているとのことですが、地域通貨とは何でしょうか。

文字どおり、地域で使われる通貨のことを「地域通貨」と言います。最も特徴的な性質は、地域通貨は「どんどん要らなくなる通貨」であるということです。ちょっとイメージしにくいと思いますので、まずは私たちに身近な日本円について考えてみましょう。谷口さんは、日本円欲しいですか?

——はい、欲しいですね(笑)。

そう、日本円は「どんどん欲しくなる通貨」なんですね。最近話題のビットコインも同じです。日本円やドルが向かう先にビットコインがあると考えてください。地域通貨は、これらの通貨のように「お金が必要だ」「お金があれば何でもできる」ではなく、「お金は不要だ」「お金がなくても何でもできる」という思想に基づいています。

——まだピンときていないのですが、地域通貨の具体例について教えていただけますか。

肩たたき券をイメージするとわかりやすいのではないでしょうか。肩たたき券は全国には流通しないですよね。

——肩たたき券の価値は、特定の個人の能力に依存していますからね。

要するに、人間が大事ということです。お金の額面よりも、だれが発行したお金なのか、だれから受け取ったお金なのかというように、人間を大事にするのが地域通貨の世界観です。

——お金の発行主体を大切にすると。たしかに法定通貨とは考え方が真逆のように思います。肩たたき券よりも広い範囲で地域通貨が使われている事例はありますか。

たとえば、西千葉では2000年に「ピーナッツ」という地域通貨ができて、これは現在でも使われています。この地域通貨は1円を1P(ピーナッツ)と換算して、ボランティアなどの地域貢献をすると受け取ることができて、商店だけでなく個人間のやり取りでも使うことができます。

——なるほど。ただ正直なところ、地域通貨を欲しがる人はあまりいないように思います。

現在はそうかもしれませんね。では逆に聞きますが、「すべての人間はお金を欲しがる」というのは正しいと思いますか?

——いえ。私たちがそういう社会で暮らしているから、お金を欲しがるのではないかと思います。

そのとおりです。お金はあくまでも人間の「発明品」です。この発明の起源をみるために、時代を遡って考えてみましょう。大昔は、人々は狩りに行ったり木の実を取ったりすることで、食料を確保していました。この「狩猟採集社会」のすごいところは、水を確保するのは私で、弓を射る人はあなたというような役割分担をしないことなんです。順番に弓を射るわけですよ、「今日は君の番ね」とか言って。得られたものはみんなで分ける。ここに「交換」のプロセスは発生していません。

——交換が必要なければ、それを媒介するお金は不要だということですね。当時は Give and Give の精神が成立していたとも言えそうです。

得意なことを得意な人にやらせなくても世の中は成立していて、それが強い社会を実現させていたんです。現在の社会は、あなたがいなければ狩りができませんよ、というように常に脆弱性をはらんでいます。

——強い社会であったはずの狩猟採集社会は、なぜ終焉に向かっていったのでしょうか。

文明が発達した結果、大規模な農耕がはじまったからです。農耕社会では言葉が文字に落としこまれるようになり、一人ひとりの専門性が高まって、貨幣を介した「貸し借り」や「交換」が行われるようになります。このような状況は突然やってくるわけですよ。これは「経済的なシンギュラリティ」と捉えることができます。

——Give and Take の考えかたに移行したとも言えそうです。現在も同じ仕組みが続いていると思うと、革新的な出来事だったように思います。

農耕社会が拡大し続けた結果が、現在の貨幣経済社会です。たしかに生産性は向上して私たちの生活は便利になったのですが、このままではマズイんですね。貨幣経済社会では、日々お金を稼いで消費しないと生きていくことができません。私たちはお金を得るために働いていますが、労働はこれからAIに奪われていくので、だんだんお金を得ることが難しくなってくるのです。

——政府が国民にお金を配るベーシック・インカムという考えもあります。

政府がお金を配っている限りは、根本的な解決にはなりませんよ。いくらお金をバラまいても農耕社会が誕生したときに生まれた支配者と被支配者の関係性は維持されるので、私たちは被支配者、つまり消費者という名の奴隷から解放されることはありません。価値を交換するという発想からいち早く脱しなければならないのです。

——今一度、Give and Give の社会に戻すことはできるのでしょうか。

それが、2045年に訪れると言われている「人工知能的なシンギュラリティ」の先にある社会です。2045年にはコンピュータが全人類の脳の働きをシミュレートできるという予想があり、そうなると自動化が進んで人間が働かなくてもよい世界が到来するかも知れません。もっというと、働いて食べていける人がいなくなる社会になるのです。そんな社会に現状の貨幣経済のまま突入してしまうと地獄です。

——働かなくても良い社会では、私たちは何をするようになるのでしょうか。

子供のことを考えてみてください。子供たちは何をして生きているかというと、遊ぶためです。でも子供たちは遊んでいるにも関わらず、常に悔しがって泣いていますよね。それは、自分の思いどおりにならないことがあるからです。でも思いどおりにならないことを自分の力で実現できるようになると、悔しさは喜びに変わります。

——日々の成長を喜びと感じていると。

ここで重要なことは、子供たちは自己実現のリソースを周囲からアシストされていることです。私は、これは大人も同じではないかと思っています。だれにでもやりたいことや知りたいこと、できるようになりたいことがある。そこで周りの人たちやコンピュータ、ロボットなどさまざまなアシストを得て、それを実現する。自己実現のために生きて、必要なリソースは贈与してもらうというのが、幸せの根本的な形ではないかと思うんですね。

——自己実現を最大化できる社会、素晴らしいと思います。その実現は、地域通貨が「どんどん要らなくなる通貨」であることと関係しているように思うのですが、法定通貨とはどう違うのでしょうか。

一部の地域通貨には「減価する」仕組みがあるんです。先ほどのピーナッツの場合は、プラスの残高があると1か月に1%ずつ減価するようになっています。つまり、地域通貨は貯金するインセンティブがないので、人々は地域通貨を使うようになり、結果的に地域経済を活性化できます。また、その地域で通貨を使うことで、地域コミュニティの形成にもつながります。そして最終的には、地域通貨を使わなくても助け合うコミュニティができあがります。

——Give and Take の社会から、Give and Give の社会への移行期に必要になるひとつの仕掛けが「地域通貨」と考えるとスッキリします。地域通貨を普及させるには、決済を意識しなくなるような仕組みも必要ですよね。

そのひとつが、銀行各社が準備しているコインの仕組みです。コインの実装が進むと、たとえばこのコンビニではこのコインを使うとお得ですよ、というような世の中になります。しかしユーザーからすると、毎回お店で使えるコインを調べるのは大変ですよね。そうなると、あなたのいるお店ではこのコインを使うとお得ですというような、「AIエージェント」のスタートアップができるはずです。決済が一段階奥に入るようなシステムが実装されれば、人々は「決済」を意識しなくなるはずです。

——なるほど。具体的な事例はありますか。

たとえば最近、レジに店員のいない「Amazon Go」のような店舗が話題になっています。これは「レジの無人化」や「省力化」という文脈で語られることが多いのですが、最も重要なポイントは「買い物の体験」が変わるということなんです。行列に並ばずに食べものを持って出て行く。最初は決済を気にするのですが、だんだん気にしなくなり、わからなくなるんですよね。これはまさに狩猟採集社会の体験なんですよ。

——ただ、決済を気にしなくなるのは、比較的裕福な人たちだけではないかと思います。

そうかもしれません。でも近い将来、お金を使わずに狩猟採集社会に似た体験ができるサービスを企業が提供するようになりますよ。現在でも、メルカリはそれに近いユーザー体験を提供しています。メルカリ自身は現在は利益を生み出しているわけですが、メルカリが提供していることは、お金をあまり使わなくても楽しく暮らしていける社会なんですね。今後は、「物品を何ポイントで販売する」から「皿洗いをしたから何ポイントもらえる」に移行していき、そのうち「皿洗いをしたからエネルギーを何ジュール使って良い」という形に変わってくると思います。つまり、お金を介さずに「交換」が成り立つ社会です。私はこの社会を「人類史上初めて登場する物々交換社会」と呼んでいます。そして物々交換と贈与は発想が近いので、少しずつ贈与社会に移り変わっていくという未来を思い描いています。キャッシュレスの浸透が「マネーレス」の入り口になり、少しずつ「お金」を意識しなくなるようになるはずです。道のりは長いですが、30年以内にお金の世界を終わらせたいんですよ。

——そのために現在、地域通貨を支えるブロックチェーン技術と教育活動に力を入れられていると。

そうですね。私は現状のブロックチェーン技術にはいくつか問題があると思っていて、現在ビヨンドブロックチェーン(BBc-1)を開発しています。こういった技術があればお金の仕組みをソフトウェア上で設計できるようになるので、だれでも簡単にデジタル地域通貨を作ることができます。

また、次世代を担う子供たちの教育も重要です。テクノロジーの進歩だけではなく、それを使いこなす人たちの意識や社会構造も変えていかないといけません。そこで私は「アカデミーキャンプ」という活動をしています。小・中学生にAIやロボットなどを使った「遊び」と「学び」を提供するプログラムです。テクノロジーを活かして、自分たちの手で新しい社会を作っていけるようになって欲しいのです。

斉藤賢爾博士プロフィール:慶應義塾大学 SFC 研究所 上席所員・環境情報学部 講師(非常勤)。一般社団法人ビヨンドブロックチェーン 代表理事。株式会社ブロックチェーンハブ CSO (Chief Science Officer)。1993年、コーネル大学より工学修士号(計算機科学)を取得。2006年、デジタル通貨の研究で慶應義塾大学より博士号(政策・メディア)を取得。主な著書に「信用の新世紀 ─ ブロックチェーン後の未来」(インプレスR&D)

この記事を書いた人

谷口卓也
谷口卓也
早稲田大学先進理工学研究科先進理工学専攻 一貫制博士課程4年。2017年度より日本学術振興会特別研究員(DC2)。早稲田大学リーディング理工学博士プログラムに所属し、「エナジー・ネクスト」をテーマとして、外部刺激で動く新しい材料の開発を目指して研究しています。