ロボットやCGキャラクターからでも「人は褒められると伸びる」ことが明らかに!
人は他者から褒められると伸びる
「私、褒められると伸びるタイプなんです!」という言葉をよく耳にしますが、この言葉には、実は科学的な根拠があります。脳神経科学の先行研究によれば、人は他者から褒められたとき、脳の報酬系関連の領域、特に腹側線条体を活性化することが知られています。線条体は記憶の定着に重要な役割を果たしています。
最近の研究では、ある運動トレーニングを行った際に他者から褒められると、運動技能が効果的に習得されることが明らかにされています。その研究では、実験参加者にある指の動かし方(キーボードのキーをある順番でできるだけ早く叩く)をトレーニングさせ、次の日にその動きを思い出して再度指を動かしてもらうという課題をさせました。参加者はトレーニング中に他者から褒められるグループとそうでないグループに分けられていました。すると、他者から褒められたグループは褒められていないグループに比べて、次の日により上手にその運動ができることがわかりました。つまり、他者からの褒めは、精神的な満足感だけでなく、運動技能の習得を促進したというわけです。
エージェントによる褒めの効果
近年、人と人工的なエージェント(ロボットやCGキャラクターなど)とのコミュニケーションに関する研究が盛んになっています。商業施設での店舗案内や駅・公共施設での観光案内、博物館での展示説明のような街角で不特定多数の人々に提供するサービスだけでなく、人とエージェントの関係が重要となるサービス、たとえば、学校や家庭での子どもの学習支援や、介護施設での高齢者の方々との会話やレクリエーション、障害を持つ方々への療育やリハビリテーションなどの場面での活用も期待されています。
これまでに、人とエージェントの関係の構築に関する研究のなかで、エージェントが人を褒めることによって、その人に親しみを感じさせたり、自己肯定感を高めさせたりする、ということが示されてきました。しかしながら、エージェントからの褒めが、人の運動技能の取得に対して、どのような効果をもたらすかは、これまで明らかにされていませんでした。エージェントからの褒めでも、運動技能がより効率的に習得できるようになるとすれば、その知見は、教育やリハビリテーションの効果を向上させるエージェントシステムの設計に役立ちます。
そこで、今回我々は、エージェントからの褒めが人の運動技能の習得にどのような影響を与えるか、ということを調査しました。
人はエージェントから褒められても伸びるか?
我々は、人が運動トレーニングを行っているときのエージェントからの褒めが、運動技能の習得を促進するかどうかを調べる実験をしました。ここで、我々はエージェントに関する研究でよくある2つの疑問についても検討することを考えました。
ひとつめがエージェントの数の効果に関する疑問です。人とエージェントに関するこれまでの研究で、コミュニケーションに参加するエージェントの数が増えると、エージェントとの会話の印象が良くなるということがわかっていました。エージェントは人と比べて数を増やすのが簡単です。たとえば、あるリハビリテーションの支援を行うことを考えたとき、褒めるために人を増やすというのは現実的ではありませんが、エージェントを増やすのは比較的小さなコストで実現できます。もし、褒めに関してもエージェントの数によって効果に差が出るのならば、応用にも役立ちます。
2つめがエージェントの種類です。エージェントを用いた情報提供や説得に関するこれまでの研究では、物理的な身体を持つロボットとディスプレイ上に仮想的な身体を持つCGキャラクターでは、会話における説得の効果が異なる可能性があることが指摘されていました。もし、褒めに関してもエージェントの種類によって効果に差が出るのならば、ひとつめと同様に応用に役立ちます。
以上の観点から、この実験では、次の3つのことを調べました。
- エージェント(ロボットとCGキャラクターの両方)からの褒めは運動技能の習得を向上させるか
- エージェントの数によって褒めの効果は変化するか
- ロボットとCGキャラクターとでは褒めの効果が異なるか
実験では、96人の大学生にトレーニングを行い、ある連続的な指の動かし方を覚えてもらいました。これは人の褒めの効果を調べた先行研究と同じ課題です。具体的には、実験参加者は、コンピュータのキーボードの4つのキーを決められた順番で、できるだけ早く、正確に叩くことを30秒間隔で12回行いました。1回の試行ごとにエージェントが発話をしました。
ここで、実験参加者は下図の6つのグループに分けられました。
各条件でのエージェントの振る舞いは次のとおりです。
- 1体・褒めなしの条件(グループ1と4)では、エージェントはトレーニング中にトレーニングの残り時間や途中のスコアに関する客観的な数値を発話しました(ニュートラル発話)。具体的には、「3回目が終わりました。残り9回です。」というような発話です。
- 1体・褒めありの条件(グループ2と5)では、エージェントは毎回褒めていては変なので、12回の試行中10回で褒める発話、2回でニュートラル発話を実施するようにしました。褒める発話は、たとえば、「頑張っていて偉いね」や「正確にタイピングできるようになってきたね」といった発話です。
- 2体・褒めありの条件(グループ3と6)では、褒める発話の量と内容は1体・褒めありの条件と同じままで、その発話を2体のエージェントに交互に発話させるようにしました。
そして、次の日に、実験参加者に前日に覚えたことを思い出して再度指を動かしてもらい、そのときの指の動かし方のパフォーマンス(どれだけ早く正確にキーを叩けたか)を測定しました。運動技能の習得の度合いを評価するために、1日目の最後の3回の試行での平均パフォーマンスから、2日目の最初の3回の試行での平均パフォーマンスがどれだけ向上したかを分析しました。
2体のエージェントに褒められたときにパフォーマンスが大きく向上
パフォーマンス向上率の結果を下の表に示します。
この結果を統計的に分析した結果、次のことが明らかになりました。
- エージェントからの褒めがない場合よりも、褒めがある場合において、次の日の指運動のパフォーマンスが有意に向上していた。
- エージェントの数が1体の場合よりも、2体の場合において、次の日の指運動のパフォーマンスが有意に向上していた。
- エージェントの種類がCGキャラクターの場合とロボットの場合で、次の日の指運動のパフォーマンスに有意な差は認められなかった。
この結果は、物理的か仮想的かに関わらず、エージェントからの褒めが、運動技能習得能力の向上に効果があることを示した点に意義があります。また、褒めの総量は同じにもかかわらず、エージェントの数が1体の場合よりも2体の場合において褒め効果が強かった点は、褒めは、質や量というよりも、たくさんの他者に認められることが重要である可能性を示唆しています。
より多くの相手から褒められることで伸びることが正しいとすると、同時に褒めたときに最大の効果が得られる人数はどれくらいかとか、時間差を空けて褒めても同じような効果がでるのかとか、1体しかいなくても「○○さんが褒めていたよ」というような伝聞にすれば多数の効果が得られるか、とかさまざまな疑問がわいてきます。これは学術的に興味深いところです。また応用的には、介護支援やリハビリ支援などが考えられるわけですが、当事者の周囲には同じ境遇の仲間や家族やスタッフなどたくさんの人がいて、その支援に関わっています。こうした人々をエージェントが上手く巻き込むことで、褒め効果を高められる可能性もあるというところも興味深いです。
今後の展開 – 人とエージェントの関係をデザインする
本研究チームは、エージェントからの褒め以外にも、人の行動変容を促すために重要な要素は何かを明らかにすべく、さらに研究を進めています。今後は、エージェントの身体性や社会性が、人の行動変容に与える影響に着目し、その原理を明らかにしたいと思っています。
エージェントの身体性に関して、今回の実験では、CGキャラクターとロボットという、仮想的な身体と物理的な身体の違いについて調査しました。しかし、CGキャラクターもロボットも頭部と胴体、腕を持つ、人に近い形状の身体を持っています。発話に同期した身体動作をしていたという意味では、類似した存在です。一方、エージェントのなかには、人らしい形状を持たないスマートスピーカー(Google HomeやAmazon Echoなど)もあります。こうしたデバイスでも褒め効果が認められるかどうかを調べ、身体性の影響を調査していきます。また、頭を撫でながら褒めるなど、身体があるからこそ可能な触れ合いを通じた褒めの効果の影響も調査を進める予定です。
エージェントの社会性に関して、今回の実験で、褒められることについて人はエージェントの数に影響を受けていることがわかりました。これは、人はエージェントを個別の存在と捉えていて、個々のエージェントとの関係を感じていることに他なりません。人が個々のエージェントとのあいだに関係を感じるのであれば、個々のエージェント同士のあいだにも関係を感じると考えるのが自然です。このように考えると、人とエージェント、エージェント同士の関係をうまくデザインすることで、褒め効果をもっと効果的にできるかもしれません。
この研究を通して、将来的に教育分野における学習支援エージェントや、医療分野におけるリハビリ支援エージェント、福祉分野における介護・療育支援エージェントなど、人と長期にわたって関わりながら人のポジティブな行動変容を促すエージェントシステムの開発に貢献することが期待されます。
参考文献
Shiomi M, Okumura S, Kimoto M, Iio T, Shimohara K (2020) Two is better than one: Social rewards from two agents enhance offline improvements in motor skills more than single agent. PLoS ONE 15(11): e0240622. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0240622
この記事を書いた人
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飯尾 尊優(写真左)
2012年同志社大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。その後、ATR知能ロボティクス研究所研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科特任助教を経て、2018年より筑波大学システム情報系助教。専門はソーシャルロボティクス。人工的な存在であるロボットとの相互作用が人の社会的認知に与える影響の理解と応用に興味を持つ。
塩見 昌裕(写真右)
2007年大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)ATRインタラクション科学研究所、エージェントインタラクションデザイン研究室の室長としてコミュニケーションロボットの研究に従事。コミュニケーションロボット、集団とロボットの相互作用、ソーシャルタッチに興味を持つ。