真核生物はどう生まれたのか?

私たちのように、細胞の中に細胞核がある生物を「真核生物」といいますが、もともとは細胞核のない「原核生物」(今でいうバクテリアのような生物)から進化したものです。ところが、真核生物がどのように進化したのかについては、わかっている部分もありますが、わかっていない部分もあります。

わかっている部分というのは、たとえば真核生物の細胞内にある細胞小器官ミトコンドリアと葉緑体が、それぞれある種の原核生物(バクテリアの一種)が共生し、やがて進化して誕生したというもので、細胞内共生説という名で呼ばれています。わかっているというより、多くの生物学者が認めている考え方である、と言ったほうがいいでしょう。

一方、わかっていない部分というのは、真核生物の名の由来でもある「真の核」、すなわち細胞核がどのようにして誕生したのかということです。真核生物の最も重要な特徴であるはずの細胞核がどのようにしてできたのか、実はあまりよくわかっていないのです。

そもそも真核生物は、その細胞内にさまざまな膜をもっています。細胞膜だけでなく、小胞体やゴルジ体、ミトコンドリア、葉緑体、そして細胞核と、ほとんどの細胞小器官は細胞膜と同じ脂質二重層でできた膜を、細胞内に張り巡らせている、と言ってもいいでしょう。

ミトコンドリアや葉緑体は、先に述べたように「外来生物」が起源だとして、小胞体やゴルジ体などは、太古の昔に細胞膜が陥入してできた膜の小胞が発達してできたものだと考えられています。そして、細胞核もそうだと考えられています。

しかし、細胞核というのは、ゲノム全体を包み込み、その中で遺伝子発現をコントロールするなど複雑なしくみを作り上げた細胞小器官です。ただ「細胞膜が陥入し、ゲノムを包み込んだ」とする説明では不十分ですし、細胞分裂の際に生じる核膜の分散や再構築などのダイナミックな動きや、リボソームを細胞核の外に追い立てるように配置するなどの高度な仕組みを説明することはできません。

細胞核ウイルス起源説の提唱

2001年、当時DNA複製酵素であるDNAポリメラーゼの研究をしていた私は、その分子系統解析の結果から、真核生物のDNAポリメラーゼのひとつが、ポックスウイルスのような「大型DNAウイルス」に由来するのではないかと考え、さらにそうしたウイルスが感染したことによって細胞核が誕生したのではないかとする仮説を提唱しました。その数か月後、オーストラリアの微生物学者Bellもまた、ポックスウイルスと細胞核とのいくつかの現象的および分子的な共通点から、ポックスウイルスの祖先となった大型DNAウイルスが細胞核をもたらしたとするViral Eukaryogenesis仮説を提唱しました。

2003年、「ミミウイルス」と呼ばれるウイルスが発見され、その粒子やゲノムサイズの大きさから「巨大ウイルス」という概念が生まれました。その後、ミミウイルスやマルセイユウイルスといった巨大ウイルスが、宿主である真核微生物(アカントアメーバ)の細胞内に、巨大な「ウイルス工場」を作って複製することが明らかになると、そうしたウイルス工場と細胞核との共通性が着目されました。これによって、私とBellの説もほんの少し注目されるようになりましたが、決定打となるようなデータはまだありませんでした。

メドゥーサウイルスの発見

2019年、私と京都大学、生理学研究所、東京工業大学の共同研究チームが、日本の温泉水(正確には温泉水にたまった枯れ葉などを含む泥)からそれまでとは異なる新しい系統の巨大ウイルスを分離することに成功し、「メドゥーサウイルス」と名付けました。なぜそのような名前を付けたのかというと、最初にこのウイルスを見つけたとき、宿主であるアカントアメーバの細胞が、シスト(嚢子)と呼ばれる硬い殻に覆われた休眠状態になっていたことから、まるで見た者を石に変えるギリシャ神話の怪物「メドゥーサ」のようだと思ったのがきっかけでした。

メドゥーサウイルスの透過型電子顕微鏡像

このウイルスは、外見は正二十面体をした、「ウイルスらしい」ウイルスなのですが、そのゲノムや複製の仕方に関しては、それまでの巨大ウイルスにはない変わった特徴をもっていました。その特徴とは、第一に、ミミウイルスやマルセイユウイルスのようなウイルス工場を宿主の細胞質に作らず、宿主の「細胞核」の中でDNAを複製する、ということです。それも、複製中のメドゥーサウイルスのDNAは、細胞核の中にある宿主のDNA全体に寄り添うようにして複製するのです。どう寄り添っているのか、詳細はまだわかっていませんが、要するに「宿主のDNAと同じところにいて」、盛んに複製しているのです。まるで、細胞核そのものをウイルス工場にしているかのようです。その結果、宿主の細胞核は大きく膨れ上がってしまいます。

宿主のDNAと同じく、細胞核で複製するメドゥーサウイルスDNA

メドゥーサウイルスがもつ遺伝子についても、おもしろいことがわかりました。というのも、真核生物がもっている重要な遺伝子と非常によく似た遺伝子をいくつかもっていることがわかったからです。

たとえば、真核生物のDNAを巻き付けてコンパクトに細胞核に収納し、そのうえで遺伝子の発現をコントロールする「ヒストン」というタンパク質を、私たち真核生物は5種類もっているのですが、なんとメドゥーサウイルスにも、このヒストンによく似た遺伝子が5種類あることがわかったのです。ヒストン遺伝子をもつ巨大ウイルスはこれまでも見つかっていましたが、5種類、すなわちフルセットもつウイルスが見つかったのは初めてのことです。

またメドゥーサウイルスはDNAウイルスですから、複製するための酵素である「DNAポリメラーゼ」をもっていますが、それが真核生物のDNAポリメラーゼのひとつである「DNAポリメラーゼδ」と極めてよく似ていて、どうやらメドゥーサウイルスの祖先が、このDNAポリメラーゼを真核生物の祖先にもたらした可能性が出てきたのです。

さらにメドゥーサウイルスは、真核生物において細胞核と細胞質とのあいだの物質輸送に関わる「Ran」というタンパク質の遺伝子に似たものも持っていることがわかりました。このタンパク質は、細胞核内で作られたリボソーム(タンパク質合成装置としてはたらくもの)を細胞質へと輸送するのにも関わるものです。

メドゥーサウイルスの祖先が細胞核をもたらした?

メドゥーサウイルスがこうした遺伝子をもつことは、いったい何を意味するのでしょうか?

巨大ウイルスが属する「核細胞質性ウイルス門(Phylum Nucleocytoviricota)」のウイルスは、分子系統学的解析によってその起源が非常に古いことが示唆されており、少なくとも真核生物がアーキアと分岐する以前にまで遡ることができると考えられています。

ヒストン遺伝子やDNAポリメラーゼ遺伝子の分子系統樹は、メドゥーサウイルスの遺伝子が、真核生物の遺伝子の共通祖先から分岐したことを示唆していますから、少なくともメドゥーサウイルスの祖先が、私たち真核生物の祖先と何らかの相互作用を行い、その結果双方のあいだで遺伝子移動が起こったということでしょう。

その相互作用は、真核生物がアーキアと分岐するきっかけになった可能性があります。というのも、もしメドゥーサウイルスの祖先が、すでに当時、ウイルス工場を形成して子ウイルスの量産体制を整えていたのだとしたら、宿主のリボソームをウイルス工場の外に追い出す(現在リボソームは、巨大ウイルスのウイルス工場内にはない)ための「Ran」遺伝子をもっていた可能性があるからです。

そしてもしメドゥーサウイルスの祖先が、すでに当時、宿主のDNAに寄り添って自らのDNAを複製していたのだとしたら、宿主による生体防御システムが発動し、そのDNAが膜で取り囲まれるという事態が発生した可能性があるからです。しかし結局、メドゥーサウイルスのウイルス工場も膜で取り囲まれていたため、その膜を恒久化させるだけで「細胞核」を誕生させることに成功したのかもしれません。つまり、メドゥーサウイルスの利害と、宿主の利害が一致した結果として細胞核ができたのではないか、と私は考えています。

そしてメドゥーサウイルスのように、そのDNAと宿主のDNAが常に寄り添った状態にいる時間が長いと、そのあいだで偶発的な組換えが生じ、DNAポリメラーゼやヒストンなどの遺伝子が水平移動する機会は増えるはずです。

メドゥーサウイルスDNAポリメラーゼの分子系統樹(Yoshikawa et al., 2019より)

おわりに

真核生物の細胞核がどのようにできたのかについては、諸説あります。最も有力な説は、真核生物がアーキアや好気性バクテリアなどの「コンソーシアム(共同体)」としてできた際の、細胞膜同士の組織的な再編によって細胞核が生じたとするものです。2020年のはじめには、そのコンソーシアムの一員に最も近いと考えられているアーキアの純粋培養に日本の研究グループが成功し、話題になりました。

私はそこに、メドゥーサウイルスの祖先が関わっていた可能性を考えているわけです。細胞核というのは、その内部にあるDNAと一体化した強固なシステムです。細胞膜の組織的な再編からできたとしても強固なシステムになることはあり得ますが、最初からDNAと一体化しているという意味において、私は巨大ウイルスの祖先が作り出した、DNAを守るための構造体が細胞核のはじまりであった可能性の方が高いと考えています。もともとウイルス工場は、ウイルス感染時に一時的に構築されるものですから、現在の細胞核がもつ、細胞分裂に際して消えたり現れたりする性質にもつながります。

もちろん、結論を出すのはまだまだ早い。メドゥーサウイルスだけでなく、ほかにも有効な分子証拠をもつ巨大ウイルス(巨大である必要性はありませんが)は環境中にいるかもしれません。その恩恵を受けてきた生物界の一員として、巨大ウイルスの世界を解き明かしていきたいと考えています。

参考文献
・Masaharu Takemura. (2001). Poxviruses and the origin of the eukaryotic nucleus. J. Mol. Evol. 52, 419-425. https://doi.org/10.1007/s002390010171
・Genki Yoshikawa, Romain Blanc-Mathieu, Chihong Song, Yoko Kayama, Tomohiro Mochizuki, Kazuyoshi Murata, Hiroyuki Ogata, and Masaharu Takemura. (2019). Medusavirus, a novel large DNA virus discovered from hot spring water. J. Virol. 93, e02130-18. https://jvi.asm.org/content/93/8/e02130-18
・Masaharu Takemura. (2020). Medusavirus ancestor in a protoeukaryotic cell: Updating the hypothesis for the viral origin of the nucleus. Frontiers in Microbiol. 11, 571831. https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.571831

この記事を書いた人

武村 政春
武村 政春
1969年三重県津市生まれ。1992年三重大学生物資源学部卒業。1998年名古屋大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。名古屋大学助手、三重大学助手、東京理科大学准教授等を経て、2016年より東京理科大学教授。2016年、東アジア初の巨大ウイルス「トーキョーウイルス」を発見。2019年、新系統の巨大ウイルス「メドゥーサウイルス」を発見。巨大ウイルスの研究を通じて真核生物誕生の謎を解明したいと考えています。趣味は筋肉、ピアノ、妖怪、怪談など。