はじめに

生涯のほとんどを洋上ですごす海鳥の多くは、繁殖地や海域で人間活動の影響を受けて絶滅の危機に瀕しています。彼らを保全するためには、繁殖地と洋上の分布地の両方を保全する必要がありますが、日本の希少種に関する洋上の分布情報、特にオガサワラヒメミズナギドリ(以下、オガヒメ)の分布は謎に包まれています。そこで、オガヒメの分布を明らかにするためにクラウドファンディングを実施し、多大なご支援をいただきました。

この資金により、2023年2月と8-9月に計2回の現地調査を進めることができました。ここではその結果と今後の見通しについて報告します。

調査時期・場所

オガヒメの繁殖期とされる冬季と、非繁殖期とされる夏季に調査を実施しました。調査時期や調査場所は、既往の研究結果と東京-小笠原航路上からのオガヒメの目撃情報を収集し、更に、生態が似ているであろう同属の希少種(ラパミズナギドリなど)を筆者らが観察した経験を基に、島からの距離や海底地形などを考慮して設定しました。

繁殖期については、既往の研究で、2月に小笠原諸島東島でオガヒメの巣と卵が確認されています。これが唯一の繁殖に関する記録であることから、2月に調査を実施しました。東島の西側を除く海域のうち、概ね10海里沖合の水深が深い場所(水深1,000m以上)で、夜明けごろと日没ごろを中心に調査を行いました。

非繁殖期については、8月から9月に聟島列島沖でオガヒメの目撃情報が集中していることがわかりました。そのため、同時期に、聟島列島周辺の海域で、夜明けごろと日没ごろは島から5-10海里沖の水深が深い場所(水深1,000m以上)、日中は島から10海里以遠の水深が深い場所(水深1,000m以上)において調査を行いました。

図-1 調査地点位置(上:繁殖期調査、下:非繁殖期調査)
図-2 オガヒメの繁殖地「東島」

繁殖期調査結果(2023年2月19日-28日)

冬の小笠原周辺は、強風と高波になることが多く、10日間のうち調査を実施できたのは計3日間でした。残念ながら、オガヒメの確認には至りませんでした。調査日数が十分ではないため、その要因を特定することは難しく、まずは継続した調査が必要だと考えています。

 

非繁殖期調査結果(2023年8月27日-9月5日)

聟島列島は調査船の出港地である父島から約70km離れているため、調査海域への往復に時間がかかるだけでなく、携帯電話はもちろん圏外であり、急な天候の変化の情報を入手することができない、万一の際に帰港や救助要請が容易ではないといった問題があります。日帰りでは十分な調査時間が確保できないため、船上で寝泊まりをしながら数日かけて調査を行いますが、それには穏やかな天候と海況が数日続くことが必須となります。

オガヒメの目撃情報が集中している時期は、小笠原は台風シーズンでもあるため、今回の調査では現地10日間という余裕をもった日程としましたが、結果的には2つの台風と2つの熱帯低気圧が次々と襲来し、時化が続きました。目的の聟島列島沖へはわずか半日のみの滞在となり、それ以上の調査は叶いませんでした。
その代わりに、時化でも到達可能な父島周辺の海域において計5日間の日帰り調査を行いました。
聟島列島沖で半日、父島周辺で5日間の計6日間調査を行いましたが、残念ながらオガヒメの確認には至りませんでした。

 

今後の課題

まずはオガヒメを確認することが一番の課題です。そこで、1.調査場所、2.調査時期、3.調査方法の見直しを行います。

  1. 繁殖期調査では、オガヒメと同じ東島で繁殖するオガサワラミズナギドリ(以下、オガナギ)を計55羽確認しました。オガナギは、早朝や夕方に東島へ行き来し、採餌する様子も見られました。非繫殖期調査では、調査場所へ行けたのは半日のみであったにも関わらずオガナギを3羽確認したことに加え、小笠原航路上の記録を収集したところ、同海域ではオガナギもしくはオガヒメの目撃情報が引き続きあるようです。以上のことから、今回設定した調査場所で、今後オガヒメが確認される可能性は十分にあり、大きな変更は必要ないと考えています。
  2. 2月は想定以上に海況の悪い日が続いたことから、今後の繁殖期調査は天候と海況がわずかながら安定する3月以降に行いたいと考えています。今後の非繫殖期調査は、目撃情報が集中する8-9月に加え、海況が比較的安定している7月上旬を含めた調査期間を設定し、聟島列島沖に滞在できる確率を上げたいと考えています。
  3. 周りに大きな陸地のない小笠原周辺は、天候が穏やかな日はあまり続きません。そこで、現在調査に協力頂いている遊漁船よりも大きな調査船を手配し、海況があまり良くない条件下でも調査を実施できるようにしたいと考えています。現時点では理想的な調査船が国内にはなく、海外の調査船を手配することも検討しています。また、国内の遊漁船は20海里以内の海域にしか行くことができませんが、海外の調査船ではその制限はありません。そのため、船に滞在しながらより広範囲の調査を行うことができ、オガヒメ発見の可能性が高まると考えています。
図-3 繁殖期調査で多数確認したオガサワラミズナギドリ

おわりに

2023年も7月から9月にかけて多数のバードウォッチャーが小笠原航路から海鳥を観察しましたが、私たちが知りえた限り、オガヒメの確実な観察例は1例(1羽)のみでした。定量的なデータではないため、簡単に比較することはできませんが、肌感覚としては2020年以前と比較して、ここ数年はオガヒメの観察例が少なくなっているように感じられ、危機感を覚えます。できる限り早く、オガヒメの生息状況や形態、生態についての結果を得て、オガヒメの保全に結び付けられるよう、継続して調査を実施していきます。今後とも応援していただけますと幸いです。

謝辞

本調査はクラウドファンディングプロジェクト「海鳥の分布を調べ、保全に活かす!」への支援金により実施しました。安食一歩様、安部亮佑様、安藤泰彦様、猪狩敦史様、池田泰宏様、池長裕史様、石田卓也様、石原 裕様、伊藤 慧様、今井健二様、碓氷裕史様、梅垣佑介様、遠藤英之様、大谷 力様、大西敏一様、小澤重雄様、小田谷嘉弥様、小原伸一様、加藤大貴様、香取啓吾様、亀井雅大様、亀井善夫様、私市一康様、きのしたちひろ様、木村文美様、倉橋義弘様、黒田理生様、小西広視様、小林由香様、小林洋子様、小村健人様、小山慎司様、酒井友子様、榊原貴之様、阪口佑太様、Akihiro SAKUMA様、佐藤賢二様、重原美智子様、清水まどか様、清水美恵子様、城石一徹様、新谷亮太様、杉元明日子様、鈴木 理様・細見周平様、鈴木恒則様、鈴木宏徳様、鈴木由清様・鈴木智寿様、関口 森様、先崎啓究様・愛子様、高木慎介様、髙田大貴様、髙塚 敏様、髙橋啓介様、take様、竹田山原楽様、たつみ様、田中 智様、田野井一良様・晴美様、chisato様、寺嶋太輝様、富沢直浩様、中村咲子様、新橋拓也様、西沢文吾様、西澤由彦様、畑 真理様、林 美佐様、人見琢也様、平田和彦様、深川正夫様、福田篤徳様、藤井高男様、藤岡健司様、古山 隆様、細谷 淳様、Mike Danzenbaker様、前田崇雄様、Masakazu.D様、松尾 亮様、松村雅行様、水谷貴行様、箕輪義隆様、向井喜果様、望月通人様、守屋年史様、山﨑優佑様、山地みのり様、山田隆章様、山本 巧様、吉崎 駿様、吉田 馨様をはじめとする147名の皆様より多大なるご支援をいただきました。また、吉祥丸船長の吉田孝二様と船員の皆様には、現地調査に多大なるご協力いただきました。皆様に心より御礼を申し上げます。

この記事を書いた人

田野井博之
田野井博之
1985年東京都出身。宮城県の環境調査会社で働く傍ら、海鳥を見るために日本のみならず南極や太平洋(西太平洋縦断、フレンチポリネシア、メキシコなど)へ出かける。2022年に海鳥をさらに知るために一念発起して退職し、鳥類調査のアルバイトでなんとか生計を立てつつ、海鳥について調べる日々を送っている。