俳句の魅力と曖昧さの関係

俳句は世界で最も短い詩の形式として知られていますが、その短さゆえに曖昧さを含むことがしばしばあります。しかし、これまでの研究では、俳句の曖昧さが高まると美的評価が下がることが示されてきました (Hitsuwari & Nomura, 2022)。これは、俳句、ひいては芸術における曖昧さの重要性という一般的な考えと矛盾するように見えます。この矛盾を解明するため、私たちは俳句の「熟達者」と「初心者」では、曖昧な俳句の受け止め方に違いがあるのではないかと考えました。これまでの研究でも、芸術作品の鑑賞において熟達者と初心者では異なる評価をすることが知られていたためです (Nenadić et al., 2019)。

今回の研究

この研究では、20名の俳句熟達者(俳句会への参加や俳句コンテストへの投稿経験が10年以上)と20名の初心者(俳句を作らない人)に協力していただきました。参加者には、事前に別のグループの初心者によって「曖昧さが高い」と評価された20句と「曖昧さが低い」と評価された20句の計40句を読んでもらいました。それぞれの俳句について、美しさ、感じた曖昧さの程度、興味、感情価、覚醒度、好感度の6つの観点から7段階で評価してもらいました。

研究の結果、以下のような興味深い発見がありました。まず、熟達者と初心者では異なる評価パターンが見られました。初心者は曖昧さが高い俳句の好感度を低く評価する傾向がありましたが、熟達者は曖昧さの高低に関わらず同程度に評価していました (図1)。次に、感じた曖昧さの程度にも違いが見られました。熟達者は「曖昧さが高い」とされた俳句でも、それほど曖昧だと感じていませんでした。これは熟達者の知識と経験により、曖昧さを解消できるためと考えられます。さらに、俳句への興味の効果にも違いが見られました。熟達者の場合は、曖昧さが興味を引き起こし、その興味が好感度につながるという関係性が見られました(効果量は弱い)。一方、初心者の場合はこのような関係性は見られませんでした。

図1. 曖昧さの低い・高い俳句に対する初心者・熟達者の好感度評価の違い (Hitsuwari & Nomura, 2024を一部改変)

まとめと今後の展望

本研究により、芸術作品の曖昧さと美的評価の関係を理解するうえで、鑑賞者の熟達度を考慮することの重要性が示されました。作品自体の曖昧さと、鑑賞者が感じる曖昧さを区別して考える必要性も明らかになりました。これらの発見は学校教育での俳句指導にも重要な示唆を与えています。曖昧さの受け止め方は経験とともに変化することを理解し、さまざまな楽しみ方があることを認識して促進していく必要があるでしょう。

今後の研究では、熟達者によって選ばれた俳句を用いた場合の結果の違いを検討する必要があります。また、美しさと好感度という評価基準の違いがもたらす影響や、俳句の知識と興味の関係性についても、より詳細な分析が求められます。これらの知見の蓄積により、学校教育における俳句指導や、生涯学習としての俳句の楽しみ方により深い理解をもたらすことが期待されます。

研究支援への謝意とお願い

本研究は、クラウドファンディングプロジェクト「世界最短の詩、俳句を通して、美しさの多様性と核心を解き明かしたい」を通じて多くの方々からご支援をいただきました。研究の遂行にあたり、いただいた資金を研究および研究関連費に充てさせていただきました。本研究は、プロジェクトの主要テーマである「俳句における曖昧性」に焦点を当てた重要な成果のひとつとなりました。ご支援いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

また、現在、academistにて、新しいクラウドファンディングプロジェクト「『美は世界を救う』を心理学で実証したい」にチャレンジしています。このプロジェクトでは、本研究と同様の俳句の美に関する研究も進めていると同時に、雅楽、書道、いけばななど日本的な芸術・芸道題材を用いて、美を感じることがどのように人のこころを豊かにし、社会をよくしていくかということを考えています。さらに、内容だけでなく、方法論的にも新しいことに取り組んでおり、狭義の「研究者」以外の方も巻き込んだコミュニティベースの研究を始めました。研究に携わったことのない方でも研究の一端に触れ、一緒に成果物を出していきたいと思っています。ぜひ、この機会にサポートしていただけると嬉しいです。

引用文献

  • Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2022). Ambiguity and beauty: Japanese–German cross–cultural comparisons on aesthetic evaluation of haiku poetry. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts. https://doi.org/10.1037/aca0000497
  • Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2024). Comparison of ambiguity and aesthetic impressions in haiku poetry between experts and novices. Poetics, 107, 101944. https://doi.org/10.1016/j.poetic.2024.101944
  • Nenadić, F., Vejnović, D., & Marković, S. (2019). Subjective experience of poetry: Latent structure and differences between experts and non-experts. Poetics, 73, 100-113. https://doi.org/10.1016/j.poetic.2018.11.005

この記事を書いた人

櫃割仁平
櫃割仁平
ヘルムートシュミット大学ポスドク研究員 (日本学術振興会海外特別研究員)。京都大学教育学研究科博士後期課程修了。博士 (教育学)。専門は感情心理学,実験美学。美や感動のメカニズムに興味を持ち,特に世界最短の詩,俳句を題材に心理調査・実験,脳機能計測などを行っている。現在は,日本的な美的感性を検討・発信をするために,ドイツにて文化比較研究を行っている。日本学術振興会第14回育志賞受賞。2022年9月よりacademistにて月額制クラウドファンディングを実施。第2期,3期,4期academist Prize採択。ポッドキャストプラットフォームVoicyにて,毎日心理学の論文を紹介中。