宇宙に漂う惑星”地球”。人間はこれまで、石炭、石油、天然ガスなど、地球の限りある資源を利用して、産業を発展させてきた。しかし、このままでは地球の資源を使い尽くすのではないのか。未来の社会はどうなっているのか——。そんな疑問のなか、持続的な社会を目指して新しい触媒の研究を行う早稲田大学・関根泰教授に、お話を伺った。

——関根先生の専門である触媒化学とは、化学のなかのどのような分野なのでしょうか。

化学には、有機化学や無機化学のような分子の構造に根付いた分野もあれば、化学工学や高分子化学、電気化学のような実用に近い分野もありますが、触媒化学はその中心にある化学反応をとりもつ縁の下の力持ちのような存在です。そのため、”セントラルケミストリー”とも言われています。実は、化学工業のおよそ9割が触媒を使ったプロセスなので、ありとあらゆるところに触媒はこっそりと使われています。これに対して我々のミッションは、新しい時代に合った触媒プロセスをつくっていくことであると考えています。

——関根先生がとくに着目されている触媒について教えてください。

触媒とは、それ自身は変化せず、他の物質の化学反応を速める物質です。したがって、どんな触媒を使ってどんな反応をターゲットにするか考える必要があるのですが、我々は「固体の触媒」と主に「ガスの反応」を扱っています。固体触媒のところに原料ガスがきて、別の物質に変わっていくという反応です。たとえば、石油化学の原料がきて、使いたいプラスチックになる。汚い環境物質がきて、きれいな物質になって大気に出る——これら反応前後の物質を取り持つかたちで、触媒自体は何も変わらずにさまざまな反応を進めています。

——関根先生は、たくさんある化学反応のなかでも、水素や合成ガスをつくる反応、炭化水素を別の炭化水素に転換する反応に注目されていますよね。

これまでは、石油が「エネルギーになる」「プラスチックになる」という人間に欠かせない2つの役割を担ってきました。しかしこれからの時代は、天然ガス、水素、バイオマスがそれらの役割を担っていく必要があります。物質をつくる・転換するという反応には触媒が必ず使われるので、それらの新しい触媒プロセスを研究開発することは、これからの時代の物質生産を持続的に支えることにつながります。

——特に、何か注目している物質はありますか?

天然ガスの主成分であるメタンです。メタンは大量に存在し、再生可能エネルギーとの親和性も高いので、未来永劫、化学の根幹をなす原料として使われる可能性があります。反応性が低く、やっかいな分子ですが、だからこそ、それを用いた反応は我々にとって一番取り組みがいのあるミッションです。

——メタンと再生可能エネルギーの親和性が高いのはなぜですか?

たとえば、二酸化炭素と再生可能エネルギーから作った水素を使うと、メタンを作ることができます。メタンを燃やすと二酸化炭素が出るので、水素を使ってまたメタンに戻すというサイクルを繰り返すことができます。今は地中から掘ってきた天然ガスのメタンが社会全体で使われていますが、それが再生可能エネルギーでつくったメタンに置き換わっていき、ゆくゆくは、メタンを使いまわす社会が実現できる可能性があります。これは、石油が終わりを迎えたときに残る、化学の一番の柱になると言われています。

——再生可能エネルギーで作った水素をそのままエネルギーとして使うこともできると思うのですが。

もちろん、水素をそのまま使う手もありますが、水素は軽くて漏れやすいので、運搬が難しいです。ところが、天然ガスにはすでにパイプがあります。家でコンロから出てくるガスの主成分はメタンで、配管のなかを流れています。つまり、将来、再生可能エネルギーからメタンをつくる時代がきても、今のインフラがそのまま使えるということです。水素を媒介する役割としても、メタンは可能性があるのです。

——新しい触媒を作るときは、どのような考えで触媒をデザインするのでしょうか?

まず、固体触媒に使える元素は40個くらいに限られます。これは、常温で気体のヘリウムやアルゴンなど、また、毒性のあるカドミウムやヒ素などの元素を使うことはできないためです。40程度の元素のなかには、遷移金属やアルカリ土類金属など、触媒としての機能を持ったさまざまな元素があります。原料Aを生成物Bにする化学式を立て、必要となる化学結合の切断・形成を考え、その機能を持った元素を組み合わせて実際に反応が起こるかどうか確かめていきます。

——関根先生の研究では”非在来型”触媒というテーマを標榜されています。これまでの触媒とは何が違うのでしょうか。

今までの触媒は、触媒の上に原料がきて、反応するのをずっと待つという「鳴くまで待とう」タイプの触媒でした。我々は「鳴かぬなら鳴かせてみよう」ということで、触媒に電場をかけて力づくで反応させることで、より低い温度でも新しい触媒プロセスが実現できることを提案しています。

——「鳴かせてみよう」という発想はおもしろいですね。なぜ触媒に電場をかけるのでしょうか。また、このアイディアに至ったきっかけは何だったのでしょうか。

実は、偶然発見したことがきっかけなんです。我々はもともと、触媒とプラズマを組み合わせる研究をやっていました。プラズマによって分子をイオン化することで、触媒の上で反応させやすくするという考えで研究を進めていて、これはこれで上手くいっていました。

ですが、あるとき偶然、学生と一緒に実験をしていてプラズマを出すために電圧を上げていく途中で、今までは気づかなかった不思議な状態があることに気づきました。プラズマが成立する前は触媒に電場がかかっているだけなので、反応は進んでいないはず、というのが当時の常識でした。ですが、「何が起こっているんだろう」と気になったので学生にサンプリングしてもらったところ、すごく反応が進んでいて、電場でも反応が進むことが初めてわかりました。

——偶然の発見だったんですね。

もとの経緯としては偶然の発見なんですが、電場の方がプラズマよりもエネルギー消費が圧倒的に小さいので、これは実用にも資するものになるだろうという直感があって、プラズマの研究をそこから2、3年で畳んで、電場の研究にシフトしていきました。

——プラズマから電場へ……、思い切った転換ですね。

電場で反応が進むことはわかったのですが、そのメカニズムには不明な点が多くありました。そこで、ちょっとずつ装置を増やしたり原料を変えたり反応系を変えたりしながらいろいろ調べていきました。大体のことがわかるようになるまで10年弱かかったのですが、最終的に明らかになったことは、電圧の勾配ができるなかで、触媒表面にくっついた分子が一方向に選択的に動いて、どんどんとぶつかりながら効率よく反応していくということです。

——メカニズムの解明に10年近くもかかったんですね。何が難しかったのでしょうか?

自分たちで新しく装置を作る必要がありました。既存の装置では触媒に電場をかけながら測定することができないので、自分たちで新しく測定系を作り、電場をかけながら触媒表面の分子の変化を測定しました。他にも、放射光施設SPring-8も利用しましたが、強力な放射光下なので遠隔操作で電場をかけられる測定系を作らなければいけませんでした。さまざまな測定を積み重ね、触媒に電場をかけた状態の反応機構を解明することができました。

——関根先生の今後の夢を教えてください。

私は研究者でもあり、教育機関に勤める人間でもあるので、研究を通してあとに続く人たちが育ち、自然科学が発展し、世の中が良くなることにつながればいいなと思います。そのためには、直面した問題をどう解決すべきかという方法論を考えられる人を育てることが重要だと思います。自分一人でできることは限られていますが、研究を通して学生がものの考え方を身につけ、社会に出て、また人を育てて……という流れが続けば、ものの考え方が後世に広く伝わっていく。きちんと物事を考えられる人が続いていくことで、物質をうまく使いつつ、人間も存在し続けられるような持続的な社会につながると思っています。

——最後に、若手の研究者に向けてメッセージをお願いします。

真に大事なことを自ら考えてオリジナリティのある研究をやっていけば、必ず評価してくれるときが来ると思います。最近、特に若い研究者に関しては、レピュテーション(評価)やトレンドに流されやすいように思います。流行りの分野に群がって、ハイインパクトなジャーナルに出して、盛り上がってそこで終わり、といったような流れがありますが、それでは後世に何も残らないと思うんです。

私自身、メタンに25年取り組んできました。今でこそメタンが注目される時代になりましたが、私は流行りを追っているわけではなく、化学として取り組んだらおもしろいというモチベーションがあるからこそ、反応性の低いやっかいなメタンを触媒でどうにかするという研究を続けてきたわけです。こうして「芯がぶれないように続けていく」ということは、オリジナリティのある研究を行ううえで非常に重要であると考えています。

 

関根泰 教授 プロフィール
早稲田大学 先進理工学研究科 教授
1993年東京大工学部応用化学科卒、1998年同博士修了、その後、東大助手、早大助手・講師・准教授を経て、2012年より現職。専門は触媒化学、資源エネルギー。

この記事を書いた人

谷口卓也
谷口卓也
早稲田大学先進理工学研究科先進理工学専攻 一貫制博士課程4年。2017年度より日本学術振興会特別研究員(DC2)。早稲田大学リーディング理工学博士プログラムに所属し、「エナジー・ネクスト」をテーマとして、外部刺激で動く新しい材料の開発を目指して研究しています。