暮らしに身近な「浸透圧」

私たちが初めて浸透圧を学ぶのは、中学校の理科です。ナメクジに塩をかけると、体の水分を失って縮みます。また、ことわざの「青菜に塩」のように、植物に塩をかけても同様に縮みます。この性質は、漬物など食品の加工に広く利用されています。このように、塩の濃度が高い方に水分が移動する力(正確には圧力)のことを浸透圧といいます(下図A)。

一方、高校の化学では、浸透圧を定量的に学習します。U字管の中央を半透膜で仕切り、その両側にそれぞれ溶液と純粋な溶媒を入れたときに、両側に生じる圧力差が浸透圧です(下図B)。そして、希薄な溶液の浸透圧は、溶質(溶かした物質)のモル濃度に比例するというファントホッフの法則を習います。

(A) 中学校の理科で習う浸透圧 (B) 高校の化学で習う浸透圧。純粋な溶媒(半透膜の右側)から溶液(左側)に向かって溶媒が浸透することで、圧力差が生じる。

高分子ゲルの浸透圧に法則はあるか?

私たちの研究グループは、大量の水を含んだウェットでやわらかい固体である「高分子ゲル」の浸透圧について、ファントホッフの法則のような普遍的な法則は存在するか? という問題に取り組みました。

高分子ゲルとは、細長いひも状のポリマー(高分子)の溶液において、ポリマーがつながる(架橋される)ことにより巨大な3次元ネットワーク構造を形成することで、固体状になった物質です。この固化する過程を「ゲル化」といいます。たとえば、ゼラチン溶液がゲル化した物がゼリーであり、牛乳がゲル化した物がヨーグルトです。

浸透圧はゲル化によって大幅に低下します。たとえば、ゼリーの表面から液体が染み出したり、ヨーグルトにホエーと呼ばれる水分が現れたりするのは、ゲル化によって浸透圧(水分を引きつける力)が低下し、保水力を失うためです。しかし、「ゲル化の進行による浸透圧の変化」を定量的に説明する法則は知られていませんでした。

(A) ゼラチン溶液がゲル化したゼリー (B) 牛乳がゲル化したヨーグルト (C) 本研究で用いた、4分岐ポリマー溶液がゲル化したテトラゲル

ゲル化の浸透圧の測り方

これまで、「ゲル化の進行による浸透圧の変化」の定量的な研究がほとんど行われていないのは、ゲル化の進行中の浸透圧の測定が困難であるためです。一般に、浸透圧を正確に測定するためには、半透膜を隔てた両側の圧力がつり合う必要があります。このような平衡状態に達するのに、数日から1週間ほどかかります。一方、ゲル化にかかる時間は長くても数時間です。そのため、通常の方法ではゲル化の進行中の浸透圧は測定できません。

私たちは、この問題を解決するために、ポリマー鎖のネットワーク構造を制御可能な「テトラゲル」を用いました。テトラゲルとは、2種類の4分岐星型ポリマーの末端同士を化学反応(AB型の重合反応)によって結合することで、均一なネットワーク構造を形成する高分子ゲルです。

本研究では、2種類の4分岐星型ポリマーを非等量に混合することで、ネットワークの形成が不十分な液体状の「ゾル状態」から、ネットワークを形成して固化した「ゲル状態」まで、ゲル化の進行を模倣したサンプル(レプリカ)をそれぞれ作製しました。そして、1サンプルあたり1週間近い長時間の測定を根気強く行うことで、ゲル化による浸透圧の変化を正確に測定しました。

(上)浸透圧の測定にかかる時間と比べて、ゲル化にかかる時間は圧倒的に短いため、ゲル化の進行中の浸透圧を測定できない。(下)本研究では、末端同士が化学反応してつながる2種類の四分岐星型ポリマーを非等量に混合する(赤の割合を変えて混ぜる)ことで、ゲル化の進行を模倣したレプリカを作製した。

測定の結果、ゾル状態(液体)では、化学反応によりポリマーがつながるにつれて、浸透圧が徐々に低下しました。これはモル濃度(分子の数)が減少するためです。一方で、ゲル状態(固体)ではポリマーがつながっても浸透圧が変化しないことがわかりました。

ゲル化の浸透圧の実験結果。横軸の末端結合率は、すべての末端官能基のうち、化学反応して結合した末端官能基の割合を表す。ある値以上の末端結合率で、ゾル状態(液体)からゲル状態(固体)になり、弾性率(固さ)が生じる。末端結合率の増加に伴い、ゾル状態では浸透圧が減少し、ゲル状態では浸透圧は一定となった。

ゲル化の浸透圧のユニバーサリティ

私たちは、得られた大量の測定データを元に、ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を説明する物理法則はなにか?という問題に取り組みました。この問題を解く鍵は、ポリマー溶液の浸透圧において知られている「普遍的状態方程式」でした。

この話は、1972年、フランスの物理学者ドゥジェンヌ博士の発見した「ポリマー・磁性体対応」にさかのぼります。鉄・ニッケルなどの磁石になる物質を強磁性体といいます。強磁性体は、隣り合う電子の持つ「スピン」が整列することで磁石になりますが、ある温度以上では熱ゆらぎにより整列が乱されて磁石になれません。この温度(キュリー温度)の近傍では、比熱などに異常が発生する「臨界現象」が起こります。臨界現象は、システムのミクロな詳細に依らず、臨界指数と呼ばれる普遍定数で支配される普遍性(ユニバーサリティ)を持ちます。

ドゥジェンヌ博士は、磁性体の理論モデル(ハイゼンベルグモデル・XYモデル・イジングモデル)において、スピンの自由度をゼロにした特別な場合が、鎖状ポリマー溶液の理論モデル(自己回避ウォーク)に対応することを示しました。この対応関係を、「ポリマー・磁性体対応」といいます。臨界現象は、液体ヘリウムの超流動転移や素粒子のクォーク・グルーオンの相転移など、さまざまなシステムに共通です。そのため、ポリマーの研究に、素粒子物理学・統計物理学などのさまざまな物理学分野の知見を利用できるようになり、大きなブレイクスルーが起きました。そして、ドゥジェンヌ博士はこの発見でノーベル物理学賞を受賞しました。

ポリマー・磁性体対応をきっかけとして、枝分かれのない直鎖状のポリマー溶液の浸透圧の状態方程式は、ポリマー鎖および溶媒の化学種などのミクロな詳細によらず共通の普遍法則に従うことが、理論と実験により示されました。この状態方程式を「普遍的状態方程式」といいます。特に、ポリマーの質量濃度が、ポリマーの分子量と臨界指数に依存する「重なり濃度」と呼ばれる濃度を超えると、浸透圧は自己回避ウォークの臨界指数で決まるスケーリング則(べき乗則)に従います。

私たちは、「普遍的状態方程式は、直鎖状のポリマー溶液だけでなく、ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下も説明するのではないか」と着想しました。ポリマー溶液がユニバーサリティ(普遍性)を示す原因は、ポリマー鎖が非常に長く、ポリマー鎖の細部がマクロな性質に反映しないためです。一方、ゲルを構成するポリマー鎖のネットワークは、架橋点の影響を無視すれば、長いポリマー鎖の集団とみなすこともできます。したがって、ゲルの浸透圧が、直鎖ポリマー溶液の浸透圧と共通のユニバーサリティを示してもおかしくはありません。

解析の結果、私たちの測定データは、普遍的状態方程式ですべて説明が付くことがわかりました。驚くべきことに、ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下や、固形物であるゲルの浸透圧が、液体であるポリマー溶液の浸透圧と共通のユニバーサルな物理法則で記述できるのです。

浸透圧の普遍的状態方程式を表す両対数グラフ。横軸は、ポリマーの質量濃度を重なり濃度で割った無次元量(単位を持たない量)。縦軸は、浸透圧をポリマーのモル濃度、気体定数、温度で割った無次元量。ファントホッフの法則より、希薄溶液ではこの無次元量が1となる(グレーの点線)。2種類の直鎖ポリマー溶液(水色と紫)、4分岐ポリマー溶液(黒丸)、ゲル化の進行過程(オレンジ)は、共通の普遍的状態方程式(黒の実線)に従う。ゲル化が進行すると、重なり濃度の低下および、浸透圧の低下よりも大きなモル濃度の低下により、システムの状態は右肩上がりに普遍的状態方程式を登っていく。特に、ゲル状態の浸透圧は、臨界指数で決まるスケーリング則(緑の直線)に支配される。

ゲルの科学のさらなる発展に向けて

ゲルは現在、ソフトコンタクトレンズ・紙オムツの吸湿剤・止血剤・癒着防止材などの医用材料に幅広く応用されています。最近では、ゲルの優れた保水力・生体適合性を活用して、人工硝子体・眼科補助剤・人工靭帯などへの応用が試みられています。浸透圧をはじめとしたゲルの基礎物理を解き明かすことは、科学としておもしろいだけでなく、革新的な新規ゲル材料開発のための指導原理にもつながっていきます。

今回、ゲル化の浸透圧の普遍法則が解明されたことにより、新規ゲル材料開発において、保水力をコントロールするための材料設計指針が得られたことになります。これは、超高齢化社会で求められる新規医用材料の開発からトライアルアンドエラーを減らし、開発を促進することにつながります。たとえば、摂食・嚥下障害者(口の中のものを上手く飲み込めなくなる障害)を対象とする嚥下食において、ゲル表面からの水の染み出し(離水)は、食べ物の誤嚥により細菌が気管支や肺に入ることで発症する致命的な誤嚥性肺炎の要因になります。ゲルの保水力をコントロールし、離水を防ぐことは、この問題の解決につながります。

今後、本研究グループでは、ゲルのさまざまな物理特性の基礎学理のさらなる探究を行います。現在、広く使用されているゲルの支配方程式は、1990年代ごろまでにフローリ博士(1974年ノーベル化学賞受賞)、ドゥジェンヌ博士(1991年ノーベル物理学賞受賞)らによって提案されました。それらの多くは、実験および理論的な基礎付けが不十分なまま今日まで用いられ続けています。これらを、現代的な観点から批判的に再検討し、ゲルの物理特性を数学的に表現することで、ゲルの理解が大きく進むと期待されます。

ゲルの物理特性を数学的に表現することは、材料開発の現場から経験と勘を極力排除し、普遍的な設計指針を作ることにつながります。基礎学理の探求は、成果至上主義のなかで忌避されがちですが、超高齢化社会に向けた革新的な新規ゲル材料開発のための、有力な道のひとつだと考えられます。

参考文献
・T. Yasuda, N. Sakumichi, U. I. Chung, and T. Sakai, “Universal Equation of State Describes Osmotic Pressure throughout Gelation Process”, Physical Review Letters 125, 267801 (2020).
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.267801

・P. G. de Gennes, “Exponents for the excluded volume problem as derived by the Wilson method”, Physics Letters A 38, 339-340 (1972).
DOI: https://doi.org/10.1016/0375-9601(72)90149-1

・J. des Cloizeaux, “The Lagrangian theory of polymer solutions at intermediate concentrations”, Journal de Physique 36, 281-291 (1975).
DOI: https://doi.org/10.1051/jphys:01975003604028100

この記事を書いた人

安田 傑, 作道 直幸, 酒井 崇匡
安田 傑, 作道 直幸, 酒井 崇匡
安田 傑(写真中央)
東京大学大学院工学系研究科 博士1年
高分子物理の観点から、ゲルの物理の更なる探究・解明に取り組んでいる。趣味は、ゲームのBGMを鑑賞すること。本研究で、東京大学工学系研究科バイオエンジニアリング専攻・専攻長賞、第32回高分子ゲル研究討論会 最優秀演題賞を受賞。

作道 直幸(写真右)
東京大学大学院工学系研究科 特任助教
2012年京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。理論物理学の万能選手を目指している。最近は、工学系・材料系などの諸問題について、物理の視点から分野横断的に解決することに興味を持っている。

酒井 崇匡(写真左)
東京大学大学院工学系研究科 教授
ジェリクル株式会社 CSO
2007年東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ゲル研究を極めることを目指している。理想は、実験をする前に実験結果がわかるようになること。その知見をもとに、ゲルを医療に応用することもライフワークとして行っている。