魚類の多くは眼を閉じない

陸にすむ脊椎動物にとって、眼を乾燥や異物から守る閉眼行動は重要です。私たちヒトも、眼を乾燥から守るための瞬きをはじめ、睡眠時、眼にゴミが入ったときなど、さまざまなシーンで眼を閉じますよね。

一方、水の世界では、眼を閉じる生きものは少数派です。陸にルーツを持つ生きものたち(鯨類、海牛類、ペンギン類、ウミガメ類)や一部のサメの仲間などに限られ、魚類の多くは眼を閉じるための瞼(まぶた)すらもちません。しかし、そんな固定観念をひっくり返してくれる魚に、私は職場である水族館で出会いました。

その生きものの名は、フグ。トラフグなど一部の種が高級食材として全国的に流通する、私たち日本人に馴染み深い魚のひとつです。フグは、水槽の底で休んでいる(?)ときや眼が障害物にぶつかったとき、眼に病気が出たときなどに、眼を閉じることがあります。

魚が眼を閉じるなんて! という意外性を感じ、そのかわいさをお客様に解説したいという思いから資料を調べてみると、フグの調理師さんの本や釣り人のブログなどを中心に、目を閉じるフグに関する記載を見つけました。しかし、その様子の詳細や特徴、メカニズムなどが記された資料には巡り会えず。ならば自分で調べて解説しようと、実験や観察にお手頃なサイズのフグの仲間である「コモンフグ」を飼育しながら研究をはじめることにしました。

どうやって眼を閉じるの?

まずはコモンフグが眼を閉じる様子を詳しく記録するため、動画を撮影することにしました。しかし、眼を閉じる瞬間を撮影するために、彼らの眼に何らかの刺激を与えねばなりません。もちろん、眼を傷つけないように。スポンジで触れてみたり、そ~っと眼に砂をかけたり、ず~っと待ってみたりするも、上手くゆかず。試行錯誤の末、ピペットで眼の近くにお湯(35℃くらい。優しめに!)を吹きかける方法にたどり着き、やっと眼を閉じる動画を撮影することができました。

苦労して撮影した動画を見てみると、その様子は独特でした。彼らは眼の周辺の表皮を、まるで巾着袋の口を絞るように目の中心に寄せ集めて、眼を閉じるのです。

コモンフグ Takifugu flavipterus の頭部。開眼時(上段)、閉眼時(下段)の様子。

こんな眼の閉じ方をする生きものを、私は今まで見たことがありませんでした。この表皮の運動の特徴を量的に記録するため、閉眼行動(眼を閉じてから開けるまで)のあいだ、眼の縦径と横径がどのように変化するかを調べました。その結果、縦径と横径は1. 眼を閉じるときに減少し、眼を開けるときに復帰すること、2. 両径はほぼ同時に増減していることがわかりました。

目の縦径・横径(左)、閉眼行動時の両径の経時変化(右)。閉・開眼時、縦横径がほぼ連動して変化していることから、眼の縁辺の表皮が同心円状に収縮・拡張していることがわかる。

このことは、コモンフグの眼のまわりの表皮は眼を閉じるとき、ほぼ同心円状に収縮・拡張する運動をしていたことを示しています。

目玉、ひっこみます!

次に気になったのは、目玉(眼球)の動きです。実は、私たち哺乳類が眼を閉じるとき、眼球は眼窩(頭蓋骨で眼球を収めているくぼみ)に少しだけ引き込まれていることが過去の研究から知られています。では、コモンフグはどうでしょうか。眼球の運動は直接観察することができないため、超音波画像診断装置(エコー)を使い、眼を閉じるコモンフグの頭部の断面の動画を撮影。閉眼行動のあいだにおける眼の縦径と眼球深度(眼球表面から体表までの距離)の経時的な変化を調べました。

眼球の引き込み。エコーの撮影部位(上)、定常時(中)および閉眼時(下)における右目周辺のエコー画像。画像横の略図は眼球の位置を示している。閉眼時、眼球が引き込まれていることがわかる。

その結果、眼球は眼を閉じるときに眼窩の中に引き込まれ、開眼するときに元の位置に戻ることがわかりました。

眼球周辺の横断面図で眼の縦径と眼球深度を示す(左)。閉眼行動時の縦径・眼球深度の経時変化(右)。閉眼時、眼球が眼窩に引き込まれていることがわかる。

また、グラフを見ると、眼球の引き込みは閉眼よりも先に始まることがわかります。すなわち、眼球は閉じてゆく表皮に押し込まれるのではなく、独立して引き込まれていると考えてよさそうです。

DIYで閉眼行動のメカニズムを検証!

では、コモンフグの「独特な」閉眼行動はどのようなメカニズムで引き起こされるのでしょうか。生物の体は一般的に筋肉で運動するので、きっと眼を閉じる筋肉があるはずです。そこで、コモンフグの液浸標本を解剖し、眼を閉じるのに使えそうな筋肉を探してみることにしました。

ワクワクしながら標本の表皮を剥がしてみると、その下には顎を閉じる筋肉や胸ビレを動かす筋肉など、一般的な筋肉がありましたが、どれも眼を閉じるのには役に立たなさそうです。見落とした筋肉がないか、剥がした表皮の裏側を観察すると……ありました。表皮と一般的な筋肉とのあいだには実は、体を包み込むように分布する「薄い筋肉」があったのです。そして、この筋肉の筋繊維は眼の周辺で眼を取り巻く同心円状をなしていました。おぉ……これが収縮したら、眼を覆う動きができそう……!

コモンフグ頭部筋肉系の写真と解剖図。薄い筋肉と同心円状の筋繊維が観察された。表皮を除去した頭部(上段左)、その解剖図(上段右)、薄い筋肉を除去した頭部(下)。

果たしてこの「同心円状の筋繊維」は本当に閉眼行動に関わっているのかでしょうか。これを直接的に検証するため、通電実験を行いました。すなわち、新鮮なコモンフグの「同心円状の筋繊維」に、電流を流し、眼を覆うような運動をするのかを観察するのです。

ここで、フグの頭部にそのまま通電すると、ターゲット以外の筋肉にも電流が流れてしまいます。そこで、表皮ごと剥がした頭部の「薄い筋肉」を生理食塩水に浸し、2本の電極を使って通電しました。電極に電気を流してみると……

コモンフグ生鮮標本への通電実験。実験風景(左)、通電時の眼の縦横径の経時変化(右)。通電時、切除した組織において閉眼行動が再現されている。

果たして、この組織は見事に目のあった場所の中心に寄り集まるような動きをしてくれました。「薄い筋肉」の「同心円状の筋繊維」は、閉眼時の独特な表皮の運動を支配していることが明らかになったのです。筋肉の活性が下がっていない新鮮な標本がなかなか手に入らなかったこと、実験装置ががっつり手作りだった(市販の電気マッサージ機と虫ピンと銅線で作成!)こともあり、この実験が成功したとき、とても嬉しかったことを記憶しています。

フグ流・閉眼行動の特徴

今回の研究の結果から、私はコモンフグの閉眼行動について2つの大きな特徴を見出すことができました。まずはなんといっても、眼の周辺の表皮が同心円状に運動する点です。この運動は多くの脊椎動物の閉眼行動のものとはまったく異なります。一般的に哺乳類は瞼の上下運動で、鳥類や爬虫類はこれに加えて前後方向に動く瞬膜で眼を閉じます。この動きは、水圏に生息域を戻した哺乳類や鳥類などでも同様です。同じく水圏に生息し、眼を閉じることのできるサメの仲間には上下瞼や瞬膜をもつものもいますが、この運動方向も前述の瞼や瞬膜のそれと同様です。一方、コモンフグの閉眼行動における表皮の運動は同心円状。「巾着袋の口を絞るような」閉眼行動は、脊椎動物全体から見ても、極めて特異なものだったのです。

コモンフグの閉眼行動の大きな特徴としてもうひとつ明らかになったのは、その眼球の引き込みです。実はコモンフグ、この眼球の引き込み度合いにおいて脊椎動物トップクラスであることが、「地味に」明らかになりました。今回の調査の結果、コモンフグはその眼球を眼球直径の70%も引き込んでいることがわかりました。この数値はヒトでは6%程度、バンドウイルカで40-60%、アカガエルの仲間で約50%、ジンベエザメで50%ほど。コモンフグがいかに深く眼球を引き込むかがわかります。

一方、閉眼行動のメカニズムに注目すると、コモンフグと哺乳類の閉眼行動で似通っている点があることも今回明らかになりました。哺乳類が上下の瞼で眼を閉じる際は、眼輪筋とよばれる筋肉がその運動を支配します。この筋肉は、顔面を覆うように分布すること、いずれの骨格にも付着していないなどの点が、コモンフグの眼の周辺で観察された「薄い筋肉」とよく似ています。すなわち、哺乳類とコモンフグの閉眼行動は、形がよく似た筋肉によって支配されているのです。

知られざる進化のストーリー

では、コモンフグの閉眼行動どのように進化してきたのでしょうか。私は、陸上の脊椎動物とは独立して進化したのではないかと考えています。なぜなら、コモンフグの閉眼行動は独特のものであり、閉眼行動を支配する「薄い筋肉」は今のところ、他の魚類では確認されていないからです。私たちとまったく異なる環境で暮らし、まったく違う進化をしてきたフグたちが、私たちと同じ眼を閉じる行動を獲得していたとしたら、なんてミステリアスでドラマチックな話なのでしょう……!

そして、この仮説から、どのような適応過程でフグ目の閉眼行動が獲得されたのか、という謎への入り口が見えてきます。この疑問に答えるためには、フグ目魚類での閉眼行動の進化のストーリーについて知る必要があります。そのために現在、フグ目魚類の標本を比較解剖し、「薄い筋肉」をどの種がもつのかを調査しています。この結果をフグ目魚類の系統仮説と比較することで、フグ目内での閉眼行動の進化を明らかにし、最終的には、なぜフグ目魚類が閉眼行動を獲得するに至ったかに、私なりの答えを出したいと考えています。

おわりに:水族館で、あなただけの発見を!

今回の研究で、身近な魚であるフグの閉眼行動のさまざまな側面が次々と明らかになりました。私にとっては驚きの連続で、身近な生きものにも手つかずの謎があるということを実感できました。

動物園・水族館は、そんな謎やわくわくに誰でも気軽に会いに行ける場所だと思います。動物のいる風景やその雰囲気をお楽しみいただきつつ、あまり目立たない生きものをじ~っと見ていると、自分だけの素敵な発見に出会えるかもしれませんよ! そんな発見のお手伝いができることを楽しみに、水族館でお待ちしています。

参考文献
Keisuke Ogimoto, Takayuki Sonoyama, Hideaki Shindo, Taketeru Tomita,
Iris-like eye closure of the fine-patterned pufferfish, Takifugu flavipterus, Zoology, Volume 145, 2021, 125894, ISSN 0944-2006, https://doi.org/10.1016/j.zool.2021.125894.

この記事を書いた人

荻本啓介
荻本啓介
下関市立しものせき水族館 「海響館」展示スタッフ
北海道大学の修士課程で軟骨魚類の比較解剖学を勉強した後、下関市立しものせき水族館「海響館」に就職。主に魚類の飼育展示を担当しています。将来の夢はサメ博士でしたが、かわいいフグに浮気気味。彼らの特徴的な形や動きの適応的意義、ひいてはフグたちの「かわいさの理由」を探っています。フグたちに会いに、ぜひ下関にお越しください!