地球温暖化が生物に与えるさまざまな影響

進行する地球温暖化により世界の平均気温は年々上昇しており、この傾向は今後も続くと予想されています。私たちが暮らす日本の年平均気温もこの100年間で1.26℃上昇しました。

地球温暖化は生物の暮らしにさまざまな影響を及ぼします。特にフェノロジー(生物季節)や生物の分布は気温変化の影響を受けやすく、年平均気温の上昇に伴う繁殖期の早期化や分布の北上が世界中で報告されています。皆さんも、桜の開花日が年々早くなっているという話や、南方系の昆虫が寒冷な地域でも観察されるようになったという話を耳にしたことがあるのではないでしょうか。

日本の年平均気温偏差の経年変化(気象庁のデータを基に作成)。観測データがある1898年以降、上昇傾向にあることがわかる。

最近になって、温暖化は生物のサイズにも影響を及ぼすことがわかってきました。主に魚類や鳥類を扱った研究から、気温上昇によってこの数十年のあいだに体サイズが小型化していることがわかってきました。このことから体サイズの小型化は、フェノロジー変化、分布の北上に次ぐ、温暖化に対する3番目の生物の応答と考えられるようになっています。

これらの成果は水産資源として基礎情報が蓄積されている魚類や、博物館の収蔵標本が充実している鳥類を対象にした研究から得られたものです。温暖化に対する応答は種によって異なる可能性があるので、他の分類群からの報告は温暖化が生物に与える影響のより正確な理解につながるでしょう。しかし、他の分類群で長期的に集められた標本や観測データが蓄積されていることは少なく、このような報告は限られています。

両生類(カエルやサンショウウオなど)は、繁殖活動が温度や降雨の影響を強く受けること、薄い皮膚を持ち高温や乾燥に弱いことから、気候変動の影響を特に受けやすい生物といえます。実際に、両生類の繁殖期は温暖化に伴って世界規模で早期化しています。その一方で温暖化が両生類の体サイズや生活史形質に与える影響については限られた報告しかありませんでした。

トウキョウサンショウウオの大きさと気温の関係

皆さんは、「サンショウウオ」と聞くとどのような生きものをイメージしますか? おそらく多くの方は、全長1mを超える巨大なオオサンショウウオの姿をイメージしたのではないでしょうか。しかし、サンショウウオに分類される種の多くは皆さんが想像するよりはるかに小さな生きものです。日本には、実に46種ものサンショウウオが分布していますが(2021年4月現在)、オオサンショウウオと外来種のチュウゴクオオサンショウウオを除くすべての種は大きくてもせいぜい全長20cm程度の「小型サンショウウオ」の仲間です。

「トウキョウサンショウウオ」も全長13cmほどの小型サンショウウオの一種です。福島県の南部と、群馬県を除く関東地方の各都県の丘陵地に生息しています。普段は林床で小さな虫やミミズなどを捕食して暮らしており、春になると冬眠から覚め、森の近くの小さな水たまりや田んぼなどに集まって繁殖活動を行います。雌親は数十から百個程度の卵が入った卵嚢を1対産みます。

トウキョウサンショウウオの成体(左)と水中の折れ枝に産み付けられた1対の卵嚢(右)。

これまでの調査から、トウキョウサンショウウオの体サイズとクラッチサイズ(雌1個体が一度に産む卵数)は生息地の気温と強い関係があることがわかっています。より温暖な、低緯度/低標高地の集団ほど体サイズ・クラッチサイズともに大きくなる傾向があり、北限に近い福島県の集団に比べて、南限に近い千葉県南房総の集団では卵数が2倍近くにもなります。

このことから、地球温暖化によって気温が上昇するとトウキョウサンショウウオの体サイズやクラッチサイズは増加するのではないか? と考えることができます。過去と現在のデータを比較することができれば、この予想を確かめることができるでしょう。

1970年代からの調査記録を解析

私の出身でもある東京都立大学動物生態学研究室では、当時助教だった草野保博士の手により東京都内の繁殖池で1970年代からトウキョウサンショウウオのモニタリング調査が行われていました。その一環としてクラッチサイズのデータが1990年代の中断期間を除いてほぼ毎年記録されていました。

私は、このデータを利用することで気温上昇に伴うクラッチサイズの変化を知ることができるのではないかと考えました。そこで、草野博士から約30年分のクラッチサイズのデータを提供してもらい、その年変動を調べてみました。その結果、集団の平均クラッチサイズは毎年増減を繰り返しながらも年々増加していることがわかりました。予想通り、トウキョウサンショウウオのクラッチサイズは気温上昇に伴って増加していたのです。

計測のため水中から取り出されたトウキョウサンショウウオの卵嚢(左)。東京都内の繁殖池におけるトウキョウサンショウウオの平均クラッチサイズ(1個体が生んだ卵嚢に含まれる卵数の集団平均)の年変動(右)。エラーバーは標準誤差を示す。計測を開始した1976年から現在まで変動を繰り返しながらも増加傾向にある。

また、私は集団遺伝構造との比較を行う目的で2015年からトウキョウサンショウウオの分布全域で体サイズとクラッチサイズのデータを集めていました。このデータを過去のデータと比較し、体サイズとクラッチサイズがどの地域でも一貫して増加していることを示せれば、より信頼度の高い結論を導くことができます。幸いなことに1980年代に行われた一斉調査のデータが研究室に残されていました。また、各地でトウキョウサンショウウオの保全に取り組む方々から過去のクラッチサイズの情報を提供していただくことができました。

最終的に、1970年代から1980年代までに集められた成体1174個体、卵嚢2309個のデータと、2000年代から2010年代に集められた成体730個体、卵嚢2716個のデータを比較しました。その結果、過去数十年のあいだにトウキョウサンショウウオの体サイズとクラッチサイズが有意に増加していることを分布全域のデータを扱った解析から示すことができました。

これは地球温暖化のような広域的に影響する事象がサイズ増加の原因であることを強く示唆するものです。もちろん、今回の結果は他の要因によってサイズ増加が生じた可能性を完全に排除するものではありません。しかし、トウキョウサンショウウオの体サイズとクラッチサイズは気温の影響を強く受けていること、生息地の平均気温は温暖化によって上昇していること、観測されたサイズ変化は気温上昇から予想されるパターンと一致していたことから、地球温暖化による気温上昇がサイズ増加を説明する有力な候補であることは間違いなさそうです。

温暖化によってなぜ大型化したか?

では、どのようなメカニズムで体サイズとクラッチサイズは増加したのでしょうか? これまでの研究から、トウキョウサンショウウオが冬眠から覚めて繁殖活動を開始する時期が気温上昇に伴って1か月程度早まったことがわかっています。このことから、採餌活動に割ける期間が延長されたことで成長や繁殖のための資源を今まで以上に蓄えることができるようになり、その結果として体サイズもクラッチサイズも増加したのではないかと推測しました。

サンショウウオのような変温動物の成長速度は温度に強く影響されます。よって気温上昇そのものがトウキョウサンショウウオのサイズに影響した可能性もあります。また、気温上昇と関連したエサ資源の増加、捕食圧の減少など副次的な要因がサイズ増加をもたらした可能性もあります。今後は飼育実験や野外でのエサ資源量・捕食者相の比較などを行うことで、サイズ増加をもたらした要因について詳しく検証していきたいと考えています。

高緯度のほうがサイズの増加率が大きい

興味深いことに、体サイズとクラッチサイズの増加率は特に高緯度(北側)の地域で顕著であり、北限に近い集団では体サイズは約20%、クラッチサイズは約30%も増加していました。その一方で低緯度の地域では増加傾向は明瞭ではなく、クラッチサイズにいたってはわずかながら減少している傾向すら見られました。

過去(1970年代-1980年代)と現在(2000年代-2010年代)に収集されたトウキョウサンショウウオの頭胴長(吻端から総排出孔までの長さ;左)とクラッチサイズ(右)のデータを7つの緯度帯で分けて示した。過去(水色)と現在(オレンジ色)を比較すると、高緯度の地域ほど増加傾向が顕著なことがわかる。

温暖化による気温上昇の大きさは地域や標高によって異なることが知られていたので、当初私たちは高緯度地域では気温の上昇率が大きいためにこのような違いが生じたのではないかと考えました。そこでオープンソースのデータベースから過去から現在までの気象データを取得し、年平均気温や有効積算温度(トウキョウサンショウウオが成長に割ける気温とその期間の積)、降水量などの気象要因が40年間でどれくらい変化したかを算出し、それらを地域間で比較しました。

予想に反して、地域間で気象要因の変化率に大きな違いは見られませんでした。トウキョウサンショウウオの分布域内では、高緯度地域でも低緯度地域でも年平均気温は等しく約1℃年上昇していました。

このことから、気温の上昇率が同程度でもそれに対する応答性に地域集団間で変異があるためにサイズの増加率に違いが生じたのではないかと現在は考えています。種や分類群によって温暖化に対する応答性が異なることは報告例がありますが、今回得られた結果は、種内においても集団によってその応答性が異なることを示唆しています。

地球温暖化が生物に与える影響を正しく理解するには、種間比較にとどまらず種内変異にも着目する必要があるのかもしれません。今後は遺伝集団ごとの温度反応基準や温度耐性などを比較することでこの謎に迫っていきたいと考えています。

トウキョウサンショウウオの未来のために

トウキョウサンショウウオは生息地の開発や外来種などの影響により近年その生息数を減らしています。2020年には特定第二種国内希少野生動植物種に指定され、販売や頒布目的での採集が禁止されました。現在も各地で積極的な保護の取り組みが行われています。

気候変動が生物に与える影響を解明することで、今後も進行が予想される気候変動のもとでの生物集団の未来を予測し、将来の保全計画に役立てることができます。今回得られた知見をもとにトウキョウサンショウウオの生息数の将来予測などを行うことで、保全策の計画立案に貢献することが期待できます。

温暖化による気温上昇は、クラッチサイズを増加させることで短期的にはトウキョウサンショウウオの個体数の回復に寄与するかもしれません。その一方で、トウキョウサンショウウオは暑さに強い生物ではなく、20℃以上の飼育温度では成長阻害を引き起こすことが知られています。よってこのまま地球温暖化が進行すると、今度はトウキョウサンショウウオの個体群に致命的な影響を及ぼす可能性があります。

気候変動がトウキョウサンショウウオに与える影響を正しく把握し、この希少なサンショウウオを守っていくために、今後もモニタリングを継続し、その動態を注意深く見守っていく必要があります。

トウキョウサンショウウオが生息する東京都西部の丘陵地の風景

参考文献
Okamiya H, Hayase N, & Kusano T. (2021) Increasing body size and fecundity in a salamander over four decades, possibly due to global warming. Biological Journal of the Linnean Society 132:634-642. DOI: 10.1093/biolinnean/blaa201

この記事を書いた人

岡宮 久規
岡宮 久規
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター研究員。
2019年、首都大学東京(現東京都立大学)大学院理学研究科にて博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員を経て2021年より現職。幼いころから両生類に親しむ。専門は両生類の種内変異を用いた進化生態学的研究。ナチュラルヒストリーをベースに、集団遺伝学や食う食われる関係などさまざまな角度から種内変異の創出・維持機構やその波及効果についての研究を進めている。