メタン生成アーキアとは?

メタンという分子は、現代社会を支えている燃料資源である一方、二酸化炭素の約25倍という強力な温室効果ガスでもあります。メタンは主に、地熱によって有機物が分解されることで生産される「熱分解起源」と、微生物が有機物を分解することによって生産される「微生物起源」の2つの作用によって生産されます。このうち、微生物起源のメタンは、地球全体で放出されるメタンの69%を占めるとされています。

メタンを生産する微生物は「メタン生成アーキア」と呼ばれるアーキア(古細菌)に分類される嫌気性微生物であり、水田や家畜の胃袋などの身近な場所から海底下の深部地下圏など幅広い環境に生息しています。メタン生成アーキアは種類によって異なる基質(メタンの元になる材料)を利用することが知られています。現在までに、二酸化炭素還元型・メチル基栄養型・酢酸発酵型の3つの経路がわかっていますが、近年では石油などの炭化水素を分解してメタンを生成するメタン生成アーキアも発見されています。

メタン生成アーキアに関する研究は、メタン生成アーキアが持つ遺伝子に着目した微生物生態学的なアプローチが主流ですが、その手法は環境中の遺伝子を抽出・増幅させたものを測定するため、定性性(そこにいる or いない)については高感度な一方、定量性(どれだけいるか)については不得意という面があります。加えて、多くのメタン生成アーキアは難培養性であり、単離培養された例はごくわずかです。

日本最大のメタンガス田「南関東ガス田」の地下生命圏

日本はメタンをはじめほとんどの化石燃料を海外から輸入していますが、実は国内にもメタンガス田が存在します。特に南関東ガス田は千葉県を中心とした関東一円に分布する日本最大のメタンガス田であり、現在でも千葉県を中心に商業的なガス採掘が行われています。

南関東ガス田は上総層群と呼ばれる地層の深さ約100m~3000mに分布しており、地下水にメタンが溶けて存在する「水溶性ガス田」に分類されます。この地下水には高純度のメタン(純度99%以上)だけでなく、海水の約2000倍という高濃度のヨウ素を含んでいます。

あまり知られていませんが、日本は世界有数のヨウ素産出国であり、世界で生産されるヨウ素の約3割が南関東ガス田から採掘されています。さらに、この地下水には有機物が豊富に含まれており、主成分であるフルボ酸は園芸用の肥料などに利用されています。

これだけ豊富な資源を提供してくれる南関東ガス田ですが、なぜこの場所にメタンガス田とヨウ素鉱床が形成されたのかは謎に包まれています。地下水が存在する地層は約80~240万年前に形成したとされていますが、ヨウ素の同位体比(129I/127I)による年代推定からは、約4900万年前という結果が報告されています。

一方で、同じく地下水に存在するメタンについては、過去の研究により、地下水からメタン生成アーキアの遺伝子が検出されており、地下水を用いた培養実験によってメタンの生成が確認されています。しかしながら、「南関東ガス田のメタンがいつ作られたのか」「地下水にはどのくらいのメタン生成アーキアがいるのか」「今もメタンを作っているのか」という疑問は解消されていませんでした。

そこで、私たちの研究グループでは、従来の微生物学的な手法に加えて、ある特定の微生物に特有の化合物である「バイオマーカー」を測定する分析化学的な手法を組み合わせることで、これまで不明であった南関東ガス田の地下生命圏の謎について解明を試みました。

ガス井から採取した地下水サンプリングの様子。ヨウ素や有機物が豊富に含まれていることから、黄褐色を呈している。

分析の鍵は“補酵素F430” – メタン生成アーキアの生きた存在量を調べる

まず私たちが着目したのが、メタン生成アーキアに特有の化合物である「補酵素F430(以下F430)」です。F430はメタン生成アーキアがメタンを合成するうえで触媒として機能する化合物であり、上述した3つの合成経路すべてに共通するため、すべてのメタン生成アーキアが持つ化合物とされています。

また、F430は熱化学的に不安定であり、細胞外に放出されると速やかに分解(エピマー化)します。つまり、分解前のF430を定量的に分析することで、環境中の“生きた”メタン生成アーキアのバイオマスを定量的に評価することが可能となります。近年の研究によって、F430を高感度かつ安定した分析法が確立され、海底下堆積物や水田などの環境試料に適用する例がこれまでに報告されています。

今回の研究では、千葉県茂原市周辺で稼働しているガス井戸から地下水やガスを採取し、補酵素F430や脂質などの分析に加えて、遺伝子解析も併せて実施しました。その結果、地下水から高濃度のF430を定量的に検出することに成功しました。この濃度は水田土壌と同程度であり、南関東ガス田の地下水には多量のメタン生成アーキアが存在することを明らかにしました。

また、検出したF430には分解物であるエピマーがほとんど含まれていませんでした。つまり、地下水中のメタン生成アーキアはほぼ生きている細胞であり、現在でも高い活性を維持していると推定されます。従来の遺伝子解析法では、その遺伝子が生きている細胞由来なのか死んだ細胞由来なのか判断できませんでしたが、今回の結果から、南関東ガス田の地下水に生息するメタン生成アーキアの大半は生きた状態で存在していることを明らかにしました。

補酵素F430の構造式(右上)と地下水から検出したF430のクロマトグラム

次に、遺伝子解析や脂質分析の結果をみると、地下水中に生息する微生物の90%以上がバクテリア(細菌)であり、メタン生成アーキアを含むアーキアは概ね10%未満と推定されました。遺伝子を詳しく見ると、地下水にはMethanomicrobiales目などに属するメタン生成アーキアが検出されています。

また、アーキアのなかではWoesearchaeota門と呼ばれるアーキアが優占することがわかりました。このアーキアはさまざまな水環境から検出されていて、メタン生成アーキアと共生関係にあるとも提唱されています。一方で、未だ未培養ということもあり、その生態についてはほとんどわかっていません。

ヨウ素はうがい薬や消毒液として利用されているように、強い殺菌作用がありますが、南関東ガス田の地下水にはWoesearchaeotaやメタン生成アーキアなど、予想外に多種多様な生物が生息していることが示されました。

メタンは大気圏から独立した深部地下生命圏で作られていた

地下水に生きたメタン生成アーキアが存在しているのであれば、現在進行形でメタンを生成していると推測されます。では、メタン生成アーキアはどんな環境下でメタンを作っているのでしょうか? また、このメタンはいつごろ作られたものでしょうか? これらの謎を解く鍵として、私たちは放射性炭素に着目しました。

放射性炭素(14C)は大気中の窒素が宇宙線と反応することで生成される放射性同位体であり、半減期は5730年です。放射性炭素は大気中で二酸化炭素に変換されると速やかに大気圏に拡散するため、大気と相互作用のある表層圏には一定量存在しています。しかし、大気から隔絶された環境では放射性炭素が供給されないため、半減期に従って減少します。つまり、環境中の放射性炭素を測定することで、表層由来の炭素(現代炭素)の影響を評価することができます。また、放射性炭素の半減期を利用することで、その物質の年代を知ることも可能となります。近年では測定技術の発展により、0.1 mg程度のサンプルでも過去5万年前までの年代を推定することが可能です。

今回採取したメタンに対して放射性炭素を分析したところ、放射性炭素はほとんど含まれていないことがわかりました。これは少なくとも5万年以前にメタンが作られたことを意味しています。また、メタン生成アーキアが基質として利用する溶存無機炭素についても放射性炭素が含まれていませんでした。これらの結果をまとめると、メタン生成アーキアが生息する地下環境は、表層圏から隔絶された地下生命圏であり、メタン生成アーキアは堆積した当時の有機物を利用してメタンを作っていることが示されました。

メタンおよび溶存無機炭素の放射性炭素同位体比(Δ14C)と炭素安定同位体比(δ13C)による2次元プロット

まとめ

今回の研究により、南関東ガス田の地下水にはメタン生成アーキアが高い活性を維持していることが明らかになり、そのバイオマスは水田に匹敵することがわかりました。

今後、たとえば他のメタンガス田の地下水から補酵素F430を分析することで、ガス田ごとのメタン生成アーキアのバイオマスや活性(=メタン生成能力)を簡単に比較することができるようになります。また、メタンに対する放射性炭素測定は、メタンの起源を知るうえで有力なツールとなります。

今後は「補酵素F430・放射性炭素・遺伝子解析」の長所をうまく利用することで、未だ謎に満ちたメタンサイクルに迫りたいと思います。

参考文献
・Urai, A., Takano, Y., Imachi, H., Ishii, S., Matsui, Y., Ogawara, M., Tasumi, E., Miyairi, Y., Ogawa, O.N., Yoshimura, T., Inagaki, F., Yokoyama, Y., Kawano, K., Murai, D., Park, H.D., Ohkouchi, N. Origin of deep methane associated with a unique community of microorganisms in an organic- and Iodine-rich aquifer. ACS Earth Space Chem., 2021, 5(1), 1-11. https://dx.doi.org/10.1021/acsearthspacechem.0c00204

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・Yokoyama, Y., Miyairi, Y., Aze, T., Yamane, M., Sawada, C., Ando, Y., de Natris, M., Hirabayashi, S., Ishiwa, T., Sato, N., Fukuyo, N. A single stage accelerator mass spectrometry at the Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo. Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. B 2019, 455, 311−316. https://doi.org/10.1016/j.nimb.2019.01.055

この記事を書いた人

浦井 暖史
浦井 暖史
海洋研究開発機構海洋機能利用部門生物地球化学センター/JSPS特別研究員(PD)
信州大学で修士号を取得後、長野県内の環境調査会社に就職し、環境基準に係る調査に従事する。2015年に環境計量士の国家資格を取得するも、アカデミアの世界を目指して2017年に退職。同年に海洋研究開発機構生物地球化学分野に居候しながら、2018年に信州大学博士課程に入学。2021年3月に博士号を取得し、現職に至る。現在はバイオマーカーや同位体比分析などの分析化学的な手法と遺伝子解析などの微生物生態学的な手法を組み合わせたメタンサイクルの解明に取り組む。