近年,サウナの人気は日本でも世界的にも高まっています。実際,「赤外線サウナ (infrared sauna)」のGoogle検索数は,2004年から2023年のあいだに5倍以上に増加しており (Pan et al., 2023),日本でも「サ活」という言葉が生まれるほどサウナブームが続いています。高温のサウナと冷たい水風呂を行き来し,最後に外気浴で「ととのう」感覚を求める人々が増えています。Chang et al. (2023) の研究では,この「ととのう」状態で脳波を測定し,リラックス状態を示すアルファ波とシータ波が増加することが明らかになっています。

しかし,これまでのサウナ研究の多くは心疾患や精神疾患など,何らかの疾患を抱えた方々を対象としており,健康な人々に対するサウナの心理的効果については十分に検討されていませんでした (長江, 2022)。そこで私たちは,健常者を対象として,サウナ入浴がマインドフルネス (今この瞬間への気づき) や身体感覚への敏感さ,さらには美的体験にどのような影響を与えるかを科学的に検証しました (Hitsuwari et al., 2025)。この研究成果は,サウナ愛好家が感覚的に感じていたことを,データで裏付ける重要な知見といえるでしょう。

サウナ習慣が身体感覚と美的感性を高める

研究では,まず180名の参加者を対象とした大規模な調査を実施しました。参加者は,週1回以上サウナに通う「常連群」,たまに利用する「不定期群」,ここ6ヶ月間サウナを利用していない「未利用群」の3つのグループに分けられました。

各グループに対して,マインドフルネス,身体感覚のイメージ力,ポジティブ感情,俳句の美しさへの評価など,12種類の心理的指標を測定しました。その結果,サウナを定期的に利用している人ほど,身体感覚を鮮明にイメージする能力が高く,俳句に対する美的評価も高いことが明らかになったのです (図1)。

特に興味深いのは,俳句への美的評価の結果です。同じ俳句を読んでも,サウナ常連群は他のグループと比べて,より美しいと感じる傾向がありました。これは,サウナ体験が芸術的な感性を高める可能性を示唆しています。実際,日本のアーティスト集団teamLabも「サウナで感覚が研ぎ澄まされた状態で芸術作品を鑑賞すると,美しいものがより美しく見える」という前提で,サウナ後の芸術体験施設 (teamLab☆Reconnect) を作っていました。今回の研究は,この直感的な観察を科学的に裏付けるものといえるかもしれません。

図1. グループ間での a) 身体感覚のイメージ力,b) 俳句の美的評価 のスコア (Hitsuwari et al., 2025より改変)

サウナ入浴直後の「観察する力」の向上

次に私たちは,京都の温浴施設「さがの温泉天山の湯」で実際にサウナを利用する28名を対象とした現地実験を行いました。参加者には入浴前後でアンケートに答えてもらい,サウナ入浴の即座の効果を調べました。

この実験では,サウナを利用した12名と利用しなかった16名を比較した結果,サウナ入浴後にマインドフルネスの「観察」という側面が有意に向上することがわかりました (図2)。「観察」とは,周囲の環境や自分の内面に起こっていることに注意を向ける能力のことです。

具体的には,「風が髪に触れる感覚や,顔に当たる太陽の感覚に注意を払う」といった,身体的な感覚への気づきが高まっていました。これは,高温と低温を繰り返すサウナ体験が,身体感覚を通じて「今この瞬間」への注意力を鍛える効果があることを示しています。

図2. サウナ利用者で「観察」スコアが上昇 (Hitsuwari et al., 2025より改変)

なぜサウナがこころに影響するのか?

では,なぜサウナがこのような心理的効果をもたらすのでしょうか?私たちは,いくつかの仮説を提示しています。

まず,自律神経系への影響が考えられます。サウナ入浴中は高温により交感神経が活性化され,冷水浴で再び交感神経が刺激されます。しかし最終的な外気浴の段階では副交感神経が優位になり,深いリラックス状態に至ります。この一連の流れが「ととのう」状態を生み出し,マインドフルネス瞑想と似た自律神経の変化パターンを示すことが知られています。

次に,美的体験との関連では,脳のデフォルトモードネットワーク (DMN) の関与が考えられます。このネットワークは内的な注意や心的イメージに関わる脳領域で,美的体験とも深く関連しています。サウナによるリラックス状態がDMNの活動を促進し,美的感性を高めている可能性があります。

さらに,身体感覚への集中も大きな要因でしょう。サウナでは,暑さ,発汗,冷たさ,呼吸といった身体感覚が強烈に意識されます。この強制的な身体への注意集中が,普段は意識しない身体感覚への敏感さを高め,それが日常生活でも持続するのかもしれません。

サウナ文化の新たな価値と今後の展望

この研究は,サウナの効果が単なる身体的な健康効果にとどまらず,心理的な豊かさや美的体験の向上にまで及ぶことを示した点で画期的です。従来のサウナ研究の多くは,心身の疾患治療,予防効果に焦点を当てていましたが (長江, 2022),私たちの研究は健康な人々の心理的効果を扱っており,新しい視点を提供しています。

日本のサウナ文化には,フィンランドと同様に,日常から離れた静寂な空間での内省と浄化という側面があります。神道や仏教の伝統に根ざした入浴文化が,現代のサウナブームにも受け継がれているのかもしれません。

ただし,今回の研究にはいくつかの限界があります。サウナの入浴方法 (温度,時間,冷水浴の有無など) が統制されておらず,参加者によってばらつきがあったこと,現地実験の参加者数が比較的少なかったことなどです。今後は,より統制された条件での実験や他の芸術ジャンルでの美的体験への影響なども検討していく必要があります。また,サウナの入浴方法や時間による効果の違い,個人差に関わる要因の解明も重要な課題です。

それでも,この研究は「ととのう」という日本のサウナ文化で重要な概念を,科学的に理解する第一歩として価値があります。サウナが,マインドフルネスや美的感性を高める実践的な方法として活用できる可能性を示したからです。

現代社会では,デジタル機器に囲まれ,常に情報にさらされる生活が続いています。そんななかで,サウナというアナログな身体体験が,私たちの感覚を研ぎ澄まし,心を豊かにしてくれる貴重な機会になるのかもしれません。今度サウナに入る際は,単に汗をかくだけでなく,今この瞬間の身体感覚に意識を向けてみてはいかがでしょうか。新たな気づきや美的体験が待っているかもしれません。

クラウドファンディングサポートのお礼とお願い

本研究の遂行にあたり,クラウドファンディングプロジェクト「『美は世界を救う』を心理学で実証したい」で頂いた資金を研究関連費に充てさせて頂きました。ご支援頂いたみなさま,本当にありがとうございました。サウナ研究はやや遠いですが,このプロジェクトでは通常,実験心理学的手法を用いて,俳句,雅楽,書道,いけばな等,日本的な芸術形態を題材に,美的体験のメカニズム,そして,それがもたらす心理的効果の一端を解明することを目指しています。ぜひ,この機会にサポート頂けると幸いです。サポーターが参加できる研究コミュニティ「あいまいと」もDiscord上で活動しています。私の研究進捗が細かく知れるだけでなく,サポーターが研究のたねを持ち寄ったり,議論したりする場も設けています。

引用文献

この記事を書いた人

櫃割仁平
櫃割仁平
ヘルムートシュミット大学ポスドク研究員 (日本学術振興会海外特別研究員)。京都大学教育学研究科博士後期課程修了。博士 (教育学)。専門は感情心理学,実験美学。美や感動のメカニズムに興味を持ち,特に世界最短の詩,俳句を題材に心理調査・実験,脳機能計測などを行っている。現在は,日本的な美的感性を検討・発信をするために,ドイツにて文化比較研究を行っている。日本学術振興会第14回育志賞受賞。2022年9月よりacademistにて月額制クラウドファンディングを実施。第2期,3期,4期academist Prize採択。ポッドキャストプラットフォームVoicyにて,毎日心理学の論文を紹介中。