メダカの性指向はたった1塩基の変異で逆転する – ホルモンバランスに応じて転換する脳の性
多くの種で共通する配偶行動パターンの雌雄の違い
どの動物種でも、多くのオスはメスを配偶相手に選び、逆に、多くのメスはオスを配偶相手に選びます。そして通常、求愛はオスが行い、メスから求愛することはあまりありません。求愛の方法は動物種によってさまざまで、装飾や色彩のディスプレイ(クジャクやグンカンドリなど)、歌(マウスやキンカチョウなど)、ダンス(イトヨやメダカなど)、貢ぎ物(カワセミなど)などのバリエーションがみられますが、オス側からアプローチをかけることは、多くの種で共通しています。
このような性指向や配偶行動パターンにみられる雌雄の違いは、脳内に存在する何らかのメカニズムによって生み出されていると考えられます。そのメカニズムは、昆虫のショウジョウバエで概要が明らかになっていますが、私たちヒトを含め、ショウジョウバエよりもはるかに複雑な脳をもつ脊椎動物では、あまりわかっていません。
最近も、ヒトの性指向に関わる遺伝子の大規模な探索が行われましたが、これという決定的な遺伝子は見つかりませんでした。脊椎動物では、多数の遺伝子や遺伝子以外の要因が少しずつ関わる複雑なメカニズムが想定されています。
女性ホルモン受容体Esr2bの遺伝子に変異が生じたメダカを探す
脳の中には、配偶行動に関わる領域(配偶行動中枢)があります。私たちは以前に、メダカの配偶行動中枢で、「女性ホルモン受容体」が性成熟したメスだけで発現していることを見出しました。女性ホルモン受容体は、女性ホルモンに結合して活性化するタンパク質です。メダカの女性ホルモン受容体は3種類ありますが、そのうちの一種、Esr2bというタイプの受容体が、性成熟したメスだけではたらいていることがわかったのです。
このことから私たちは、次のような予想を立てました。「メダカでは、卵巣が成熟して産卵可能になると、卵巣から女性ホルモンが大量に放出される。それが配偶行動中枢に作用してEsr2bを活性化することで、メスの配偶行動が引き起こされる」という予想です。
その予想を検証するため、私たちは今回、TILLINGという方法を用いて、約6000匹のメダカからEsr2b遺伝子が変異したメダカを見つけ出し、その変異を受け継いだ子孫の配偶行動を解析しました。TILLINGは、薬剤によってゲノム中に変異を誘発した個体集団のなかから、狙った遺伝子に変異が生じた個体を見つける実験手法です。変異はゲノム中にランダムに入るので、狙った遺伝子に変異が入るかどうかは運にも左右されます。
これまで別の遺伝子で何度か挑戦し、1匹も変異個体を得られなかったこともありましたが、今回は幸いなことに、1匹(ギリギリセーフ!)見つけ出すことができました。Esr2b遺伝子中のチミン塩基(T)がグアニン塩基(G)に置き換わった1塩基の置換変異でしたが、その変異によって、Esr2bが女性ホルモンによってまったく活性化されなくなっていました。
Esr2bが変異したメスは、オスからの求愛を受け入れず、他のメスに求愛した!
行動解析の結果、Esr2b遺伝子に変異が生じたメダカのメスは、通常のメスと変わらない外見と卵巣をもち、オスからアプローチされる(いわゆる「モテる」)にも関わらず、オスの求愛をまったく受け入れず、産卵に至らないことがわかりました。メス型の性指向と配偶行動が消失したのです。
それだけでなく、Esr2b遺伝子に変異が生じたメスは、あたかもオスのように、他のメスに対して求愛する(メダカのオス特有の求愛ダンスを踊る)こともわかりました。その求愛が相手のメスに受け入れられることはありませんが、それにもめげず、哺乳類の交尾に相当する交接(オスがヒレを使ってメスを抱きかかえる行動)まで行おうとします。
たったひとつの遺伝子に変異が生じただけで、しかも、自然界でも偶発的に起こり得るたった1塩基の変異で、メス型の性指向と配偶行動が消失し、さらにはオス型に逆転したことになります。完全に予想の斜め上をいく結果でした。
女性ホルモンによるEsr2bの活性化がなくなると、メスの性指向と配偶行動がオス型化したわけですから、女性ホルモンによるEsr2bの活性化には本来、性指向と配偶行動のメス型化を促進するとともに、オス型化を抑制する作用があると考えられます。Esr2bは、それらの形質がメス型になるかオス型になるかを決める決定的な因子であるといえるでしょう。
Esr2bが変異したメスは、なぜオス型の性指向と配偶行動を示す?
また、Esr2bが変異したメスから卵巣を除去すると、オス型の性指向と配偶行動を示さなくなり、男性ホルモンを投与すると、再び示すようになりました。卵巣をもったままでも、男性ホルモン受容体の阻害剤を投与すると、やはり、オス型の性指向と配偶行動を示さなくなりました。精巣と比べるとかなり少ない量ですが、卵巣で男性ホルモンが合成されていることもわかりました。これらの結果から、Esr2bが変異したメスがオス型の性指向と配偶行動を示すのは、卵巣からわずかに分泌される男性ホルモンが、男性ホルモン受容体を活性化するためだと考えられました。
通常のメスでもEsr2bが変異したメスでも、卵巣からわずかに男性ホルモンが分泌されていますが、通常メスでは、女性ホルモンによって配偶行動中枢のEsr2bが活性化されるため、性指向と配偶行動のオス型化が抑制されます。その結果、オス型の性指向と配偶行動が表に出てくることはありません。一方、Esr2bが変異したメスでは、その抑制系がはたらかないため、オス型の性指向と配偶行動が表出したと考えられます。
つまり、メダカの性指向と配偶行動がオス型になるかメス型になるかは、女性ホルモンがEsr2bを活性化する度合い(メス型化を促進し、オス型化を抑制する度合い)と、男性ホルモンが男性ホルモン受容体を活性化する度合い(オス型化を促進する度合い)のどちらが強いかによって決まると推測されます。
メダカの性指向と配偶行動パターンは一時的に成り立っているに過ぎない
私たちはさらに、性成熟したメスでも、女性ホルモン合成阻害剤や男性ホルモンを投与して、体内の男性ホルモン量を女性ホルモン量よりも多くすると、1日か2日のうちに、配偶行動中枢でのEsr2bの発現が消えることを見出しました。逆に、性成熟したオスでも、女性ホルモンを投与して体内の女性ホルモン量を男性ホルモン量よりも多くすると、やはり1日か2日で、そこでのEsr2bの発現が誘導されました。
本来は性成熟したメスだけにみられ、メス型の性指向と配偶行動を引き起こすEsr2bの発現が、体内の男性ホルモン量と女性ホルモン量の変化に応じて、メスでも消失し、オスにも出現するのです。メダカの性指向と配偶行動は、その時々の体内の男性ホルモンと女性ホルモンの量的なバランスによって、一時的に成り立っているに過ぎないと考えられます。
魚類は生涯にわたって性転換する能力を有していることが知られています。カクレクマノミやホンソメワケベラのように、自然界で自発的に性転換する種も多いですが、自発的には性転換しないメダカのような種でも、体内のホルモンバランスを改変すると、性転換が引き起こされます。性転換に伴って、性指向や配偶行動パターンも雌雄逆転します。体内のホルモンバランスに応じて、配偶行動中枢でのEsr2bの発現の有無が簡単に変わり得ることが、魚類で性指向や配偶行動の逆転を可能にしているのでしょう。
参考文献
・Ganna A, Verweij KJH, Nivard MG, Maier R, Wedow R, Busch AS, Abdellaoui A, Guo S, Sathirapongsasuti JF, 23andMe Research Team, Lichtenstein P, Lundström S, Långström N, Auton A, Harris KM, Beecham GW, Martin ER, Sanders AR, Perry JRB, Neale BM, Zietsch BP (2019) Large-scale GWAS reveals insights into the genetic architecture of same-sex sexual behavior. 365, 6456, eaat7693, Science DOI: 10.1126/science.aba5693
・Hiraki T, Takeuchi A, Tsumaki T, Zempo B, Kanda S, Oka Y, Nagahama Y, Okubo K (2012) Female-specific target sites for both oestrogen and androgen in the teleost brain. Proceedings of the Royal Society B DOI: 10.1098/rspb.2012.2011
・Nishiike Y, Miyazoe D, Togawa R, Yokoyama K, Nakasone K, Miyata M, Kikuchi Y, Kamei Y, Todo T, Ishikawa-Fujiwara T, Ohno K, Usami T, Nagahama Y, Okubo K (2021) Estrogen receptor 2b is the major determinant of sex-typical mating behavior and sexual preference in medaka. Current Biology DOI: 10.1016/j.cub.2021.01.089
この記事を書いた人
- 1975年愛知県生まれの千葉県育ち。東京大学(農学生命科学研究科)で博士号を取得。その後、基礎生物学研究所の助教、東京大学(理学系研究科)の特任助教を経て、現在は東京大学(農学生命科学研究科)の准教授。研究テーマは、行動や生理機能などに雌雄の違いをもたらす脳内メカニズム、その違いを雌雄間で逆転させる脳内メカニズムなど。容易に性を変えることができる魚類を用いて、これらのテーマに取り組んでいる。