微生物のマジョリティは「培養できない菌」という未知の領域

「原核生物」はバクテリアやアーキアと呼ばれる微生物の仲間です。肉眼で見ることができないため馴染みの薄い存在ですが、その種類と存在量はもう一方の生物群である「真核生物」(動物、植物、菌類、原生生物)よりも多いと推定されています。ところが、性質や実物の写真などを記載してカタログ化すると、上記5つのグループのなかで最も薄い図鑑になってしまうのは原核生物です。善玉・悪玉菌と呼ばれる乳酸菌や大腸菌などのように、性質がよく知られている菌は原核生物全体でみるとごくわずかしかいません。

ある菌種の性質を知るためには、他の菌から完全に分離して人工的に培養し増殖させる必要があります。大まかに見積もって全原核生物の99%は人工的に培養することができない「未培養」の菌のため、性質が未知なのです。

1千万種は下らないといわれている原核生物の大多数が未知のまま——そこにロマンが詰まっている……もとい、社会に有益な知見や材料が得られるはず、というのが今回紹介する研究の原点です。

地下環境の未培養菌を約5年かけて分離培養

私は、地上から数100 m深くの地下環境に棲息する微生物を培養することで、その生態を知ろうとしています。地下に埋まっている天然ガスは我々の生活や社会を支えるエネルギー源です。天然ガスの主成分のメタンの一部は、地下の微生物によってつくられたと推定されています(量にして約20%)。

動植物の死がいに由来する有機物が地下に埋没する過程で微生物によって分解されメタンができ、地層に貯まって天然ガス田となるわけです。どのような菌がどのようにして、何の有機物を利用してメタンをつくっているのかを明らかにすることができれば、天然ガスの有効利用につながります。

そこで私たちは、微生物由来のメタンが埋蔵する千葉県の南関東ガス田に行き、地下水と泥試料を採取し、実験室で試行錯誤を繰り返しながら培養を行いました。約5年の歳月をかけて今回の発見の目玉となるバクテリアRT761株を分離培養し、その性質を明らかにすることができました。RT761株は非常に増殖の遅い菌だったので、長い年月を要しました。

はじめは常識よりも自分を疑った

菌を1種類に分離培養して最初にすることは、どのような菌の形か、他の菌がまだ混ざっていないかを顕微鏡で観察することです。菌を見やすくするためにDNAを染色しRT761株の細胞を観察したとき、思わず首をかしげました。DNAの染色のされ方がおかしい…。普通、というより、どの原核生物も細胞全体がDNAで染まるはずが、RT761株は一部しか染まりません。

RT761株細胞の光学顕微鏡写真。蛍光染色剤(緑)でゲノムDNAを染色。原核生物の代表選手、大腸菌(左上)のように細胞全体が染まっていない様子がはっきりとわかる。RT761株のサイエンスはここからはじまった。

いやいや、染色剤がおかしい? と新たに調製し直したり、たまたま菌がおかしい? と培養をやり直したりと、人為的なミスを疑いました。ところが何度やっても同じ……光学顕微鏡ではらちがあかないので、電子顕微鏡をつかって観察しました。すると、もっと驚きました。細胞の中に「ゲノムDNAを包む膜」があったのです。同時に腑に落ちました。この膜があるから上の図ではDNAが隔離されて染色されていたのです。道理で細胞全体が染まらないはずです。

極薄くスライスしたRT761株細胞の透過性電子顕微鏡写真。白くモヤっと見えるゲノムDNAを包むようにして膜(矢印)が観察される。幾多もの原核生物を長年電顕観察している孟 憲英さん(論文の共著者)に実験を依頼。そんなベテランの彼女が観察中に血相を変えて飛んできた衝撃の写真。

生命の設計図であるゲノムが細胞内の膜(核膜)で包まれているのは真核生物だけです。真核生物の核膜とは似ても似つかぬものでしたが、真核・原核生物を区別する根本的な特徴という、疑いようもなかった常識に当てはまらない菌である可能性が高まりました。

RT761株はグラム陰性菌というタイプなので、細胞を包む膜として外膜と内膜(細胞膜)という2つの生体膜を持ちます。さらに細胞内膜があれば、計3枚の生体膜を持つことになります。しかし、上図ではその点がはっきりしませんでした。そこで、日本電子株式会社の協力を得て、クライオ電子顕微鏡を使って観察することにしました。

私たちは本社にお邪魔して、デモをしてもらいました。3つの膜が観察されるのか、研究のインパクトを左右する瞬間に大きな期待と不安が入り交じりました。固唾をのんでモニターを見つめるなか、期待通りの結果が得られ、大いに沸きました。

世界最高レベルの分解能を持つクライオ電子顕微鏡CRYO ARMTM 300(日本電子株式会社)で観察されたRT761株細胞の一部。①外膜、②内膜、③細胞内膜がくっきりと観察される。普段の光学顕微鏡では小さな黒い点にしか見えない存在が、最先端の技術でここまで鮮やかに可視化できたことに驚嘆と感動をよんだ写真。

RT761株のカタログ化と生態研究

遺伝子を解析することによってRT761株を分類してみると、原核生物の分類階級で最も上位の「門」で新しい菌であることが判明しました。既知の菌が属するどの系統グループにも当てはまらなかったのです。そこで、新しい系統群として記載を行いました。複数の膜を持つ特徴にちなんで学名をAtribacter laminatus(Atribacterota門)と命名提案し、正式に承認されました。命名は最初に発見した研究者の特権です。

新門のRT761株は、既知の菌とは非常に遠縁であり、進化の道をずっとさかのぼらないと共通の祖先がいない、といえます。バクテリア進化の初期の段階で分かれたグループAtribacterota門はなぜ細胞内膜を持つに至ったのか? 今後は、細胞内膜の機能をその進化と関連付けて解き明かしていきたいと考えています。

天然ガスをつくる地下の微生物の生態を知ろうとして未培養菌を培養していたところ、細胞構造がおかしい菌を発見したため、当初の研究ミッションがいささかなおざりになってしまいました。培養をせず環境から直接遺伝子を解析することによって、Atribacterota門は地下環境に優占する系統グループであることがすでに明らかとなっています。遺伝子として最初に発見されたのが1998年なので、RT761株は約20年の時を経て最初の培養株となったわけです。地下環境で何をしているのか? この優占グループの生態研究にも着手したところです。

おわりに

バクテリアを一番大まかに、門という階級で分類すると111門あると考えられています。このなかですでに培養されカタログ化された菌がいる門は33つです。残り約7割もの門は、遺伝子配列だけでしかその存在が知られていない未培養菌で構成されています。世界には既知の菌とは非常に遠縁で未知な系統群がまだまだたくさんいるということです。

新門のRT761株がそうだったように、これら未培養門のなかに私たちの想像を超えた菌がいるであろうことは想像に難くありません。その実態を解き明かすことで原核生物の多様性と普遍性、そしてその根底にある進化を体系的に理解することができるでしょう。環境微生物の世界は、未培養菌という大きなナゾにロマンと可能性が満ちあふれています。

参考文献
・Taiki Katayama, Masaru K. Nobu, Hiroyuki Kusada, Xian-Ying Meng, Naoki Hosogi, Katsuyuki Uematsu, Hideyoshi Yoshioka, Yoichi Kamagata & Hideyuki Tamaki. 2020. Isolation of a member of the candidate phylum ‘Atribacteria’ reveals a unique cell membrane structure. Nature Communications, 11, 6381.
https://www.nature.com/articles/s41467-020-20149-5

本論文が同誌Editors’ Highlightsに選出 https://www.nature.com/collections/jedgcgeija

・産総研プレスリリース「地下で発見!ゲノムが膜で包まれたバクテリア」(2020年12月14日)https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20201214/pr20201214.html

この記事を書いた人

片山 泰樹
片山 泰樹
産業技術総合研究所・地質調査総合センター・地圏微生物研究グループ・主任研究員。
生まれはタイ・バンコク、育ちは名古屋。北海道大学農学部にて博士号取得後、産総研ポスドクを経て、2011年より現職。
三度の飯と同じくらい顕微鏡で菌を観察、時に観賞するのが好き。地下という可視化できない広大な暗黒の空間で人知られず黙々と地球を動かす小さな生物の生き様を探求しています。好きな作曲家はJ. Brahms。