雷・雷雲は天然の加速器だった

相模湖上空を駆け抜ける稲妻。近年の研究で雷や雷雲が天然の加速器として働いていることが明らかとなっている。(撮影:和田有希)

現代の物理学では素粒子や原子核の性質を調べるために加速器を用います。電子や陽子といった粒子を光速近くまで加速し、ターゲットにぶつけてその反応を観測することで、ターゲットがどのような性質を持っているか、何か新しい粒子が生成されていないか、といったことを調べます。

このようないわば「人工の加速器」が研究に用いられる一方で、自然界には「天然の加速器」とも呼ぶべきものが存在します。それが雷と雷雲です。アメリカの物理学者フランクリンが凧を揚げて実証したように、雷雲の中には強い電場がかかっています。もし雷雲の中が真空であるならば、電子はその強電場によって容易に加速されます。しかし実際には大気で満ちあふれており、十分に加速される前に電子は大気にぶつかって減速してしまうため、そう簡単ではありません。そこで強い電場が存在し、なおかつ最初からある程度のエネルギーを持った電子が存在すれば、大気中でも加速現象が起きるのではないかという「逃走電子モデル」が提唱されたのは、今から90年以上も前の1925年でした。

実際に雷雲によって電子が加速されている証拠が見つかり始めたのは1980年代です。アメリカのParks博士らが戦闘機に放射線検出器を載せて雷雲の中を飛行させたところ、数十秒続く放射線の増加を観測しました。この放射線は雷雲の中で電子が光速近くまで加速され、大気分子にぶつかって生成した制動放射ガンマ線(制動X線)だと考えられています。これを皮切りに今日に至るまで、航空機や気球、高山など雷雲に近づいて、あるいは雷雲の中に入っての観測が続けられています。

一方で雷からの放射線が宇宙に向けて飛び出しているという驚きの報告があったのは1994年でした。NASAのコンプトンガンマ線観測衛星が、本来の観測対象である天体からではなく、地球からのガンマ線信号を捉えました。「地球ガンマ線フラッシュ」と名付けられたこの現象は、地球上で発生した雷と同期していることがわかりました。雷雲だけでなく、雷放電も電子を加速する「天然の加速器」であることが明らかになったのです。

日本海沿岸での地上観測「GROWTH実験」

これまで紹介した雷や雷雲での加速現象が最も身近に起きているのは、実は冬の日本海沿岸です。雷は夏に発生するものがほとんどですが、冬に発生するものも存在します。冬の北陸地方では、日本海を北上する暖流の上を冷たい季節風が吹き付けることで積乱雲が発達し、降雪とともに雷が発生します。この冬の雷が発生すると時折、原子力発電所のモニタリングポストの線量が増加することが1997年ごろより知られていました。

そこで日本の冬季雷における電子の加速現象を明らかにしようと我々の研究グループが始めたのが「Gamma-Ray Observation of Winter Thundercloud (GROWTH) 実験」です。GROWTH実験では東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県柏崎市)に放射線検出器を設置し、遠隔での冬季雷観測を2006年より開始しました。2007年1月に、「ロングバースト」と呼ばれる雷雲の通過に伴う数分間のガンマ線のバースト放射を捉えることに成功しました。これにより雷雲内で電子が地上方向に加速され、制動放射ガンマ線を放出し、地上に到達しているというロングバーストの描像を確立することができました。

冬季雷は非常に恵まれた観測対象です。その特徴のひとつに雲底の低さが挙げられます。冬は気温が低いために、雷雲が形成される高度が低くなります。そのため夏季雷雲では3kmとも言われる雲底が冬季雷雲では500mから1km程度まで低くなります。加速された電子の放出するガンマ線は大気中でおよそ500mくらいしか飛ぶことができません。したがって夏季雷雲で加速現象が起きていても、それを観測するためには航空機などを使って雷雲の中に入るか、富士山などの高山に検出器を持っていく必要があります。一方で冬季雷雲であればガンマ線が地上に届きやすいため、放射線検出器を地上に置いておくだけで加速現象を観測することができます。

夏季雷雲と冬季雷雲の比較。夏季雷雲では高山に設置した検出器や航空機による観測が行われるが、冬季雷雲は雲底が低いため、地上に検出器を設置するだけで観測ができる。

定点観測から多地点でのマッピング観測へ

GROWTH実験を継続するなかで、これまで運用してきた1-2台の検出器だけでは、ロングバーストの全容を追うことが難しいとわかってきました。ロングバーストはどこで始まり、どのような条件を満たしていれば存在することができ、どこで消滅するのか、こういった基本的な性質を明らかにするために、広域に放射線検出器をばら撒き、ロングバーストを追跡する「マッピング観測」の計画が2015年に立ち上がりました。この計画の初期には京都大の榎戸博士と理化学研究所の湯浅博士がacademistでのクラウドファンディングに挑戦して成功し、その調達資金を元に検出器の開発を始めました。

GROWTHチームで開発した10cm四方の小型・高性能な信号処理システム(左)とその信号処理システムを組み込んだ放射線検出器(右)。小型の防水ボックスに装置を封入し、持ち運びが可能な検出器となっている。

放射線検出器を量産して広範囲に設置するために、我々は小型で安価、なおかつ高性能な検出器を開発しました。現在ではすでに10台以上を制作し、石川県金沢市、小松市、新潟県柏崎市などでの観測に投入しています。そして2017年2月には柏崎市で発生した雷に同期して4台の検出器が短時間のガンマ線バーストを観測し、大気中で光核反応(原子核反応)が起きていることを突き止めました。この結果は多地点観測の初期成果としてNature誌に掲載され、大きな反響を呼びました。

能登半島でのロングバースト観測

検出器を小型化できたため、機動力を活かしてさまざまな観測サイトへ放射線検出器を設置することができるようになりました。その一環として始めたのが東京学芸大の鴨川准教授との協力による能登半島での観測です。鴨川准教授は大気電場観測の専門家で、金沢大学や、米国を中心に雷からの放射線を測定しているカリフォルニア大学サンタクルーズ校のグループと協力して、金沢大学能登学舎/能登大気観測スーパーサイトでの放射線・大気電場観測を推進しています。2016年からはGROWTHコラボレーションも参画し、放射線の共同観測を実施しています。

雷の観測は近畿大の森本准教授と神戸高専の中村准教授と協力して行っています。富山県氷見市から入善町にかけて富山湾沿岸部に5台の長波帯(LF)電波受信機を設置し、富山湾および能登半島周辺で発生した雷を検知可能なLF観測ネットワークを構築しています。電力会社や民間企業でも落雷情報を取得しており、対地雷など大電流を伴う雷は検出することができます。しかしながら雲の中で発生する雲間放電、放電路の進展といった微弱な現象のひとつひとつを捉えることはできません。LF観測ネットワークは富山湾・能登半島周辺の雷観測に特化し、放電路進展を含む一連の放電プロセスが発生した位置を高精度で評定することができます。

ロングバーストを観測した時のガンマ線のカウントレート(上)と大気電場強度(下)。雷雲の接近に伴い大気電場は負になり、ガンマ線のカウントレートが上昇している。雷放電とともに大気電場計でパルスが観測され、同時にロングバーストが途絶している。

2017年2月11日、放射線検出器の上空を雷雲が通過したのを大気電場計が捉え、同時にガンマ線カウントレートの上昇、すなわちロングバーストを検出しました。このロングバーストはおよそ1分間にわたって継続した後、一瞬で途絶し、カウントレートが平常時まで戻りました。途絶した瞬間には大気電場計が大きなパルス信号を受けており、雷が発生したことを示唆します。このときLF観測ネットワークは、能登半島を横断するように水平方向へ70kmも伸びる放電路の進展を捉えていました。放電は能登学舎の西15kmの地点で始まっており、300ミリ秒かけて東へ水平に進展していきました。放電路は能登学舎の南わずか700mの地点を通過しており、さらに能登学舎に最接近した時刻とガンマ線が途絶した時刻が一致していました。このことから、雷雲内に存在していた「天然の加速器」ともいうべき電子の加速機構が、水平方向の放電路進展によって破壊されたことが明らかになりました。

能登半島の上空で発生した雷放電の進展。赤の点1つ1つがLF観測ネットワークで評定された電波放射の位置に対応する。放電は西から東に向かって300ミリ秒かけて進展した。放電路は途中、能登学舎の上空を通過している。国土地理院の標準地図より作成。

今後の展望

ロングバーストは放電の前駆現象として注目されており、雷放電が開始する「きっかけ」に何らかの影響を与えているのではないか、という議論がなされています。今回の観測結果では、放電はロングバーストの観測位置よりも15km離れた場所から開始していました。そのため今回のケースでは、ロングバーストが放電の開始には影響を与えなかったと考えられます。一方で今後さらに観測を続けていくことでロングバーストが雷によって途絶する事例の観測数が増え、放電の開始とロングバーストとの関係が明らかになると期待されます。

GROWTHコラボレーションでは能登半島での観測のみならず、金沢市街地での多地点による「マッピング観測」計画を推進しています。今回のような事象は冬季雷の発生日が多い金沢市でも観測されうると考えられます。金沢市には民家も多いため、放射線検出器をさらに簡易な操作で安全に使用できるよう最適化し、市民サポーターとも連携した観測が行えるような体制を模索しています。このように科学研究の面白さを市民の皆様と共有するオープンサイエンスの視点も取り入れ、研究のさらなる進展を目指しています。

今回の成果は放射線・大気電場・電波観測の連携によって成し遂げられたものです。筆者自身は高エネルギー宇宙物理学の研究室に所属し、GROWTH実験で用いられている技術も、衛星搭載のX線ガンマ線検出器からスピンオフしたものです。一方で、雷そのものの観測については大気電気学、気象学、電気工学の専門家が中心で、これまで放射線観測と雷観測の国内での連携は限定的でした。今回の連携が「雷と雷雲の高エネルギー大気物理学」とも言うべき新しい学術領域の先駆けとなり、多角的な視点から雷と雷雲の未解決問題が紐解かれることを期待します。

参考文献

  • “Detection of High-Energy Gamma Rays from Winter Thunderclouds”, H. Tsuchiya, T. Enoto, S. Yamada, T. Yuasa, M. Kawaharada, T. Kitaguchi, M. Kokubun, H. Kato, M. Okano, S. Nakamura, and K. Makishima, Phys. Rev. Lett. 99, 165002 (2007) doi: 10.1103/PhysRevLett.99.165002
  • “Photonuclear reactions triggered by lightning discharge”, T. Enoto, Y. Wada, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, K. Okuda, K. Makishima, M. Sato, Y. Sato, T. Nakano, D. Umemoto, and H. Tsuchiya, Nature 551, 481-484 (2017) doi:10.1038/nature24630
  • “Termination of Electron Acceleration in Thundercloud by Intra/Inter-cloud Discharge”, Y. Wada, G. Bowers, T. Enoto, M. Kamogawa, Y. Nakamura, T. Morimoto, D. M. Smith, Y. Furuta, K. Nakazawa, T. Yuasa, A. Matsuki, M. Kubo, T. Tamagawa, K. Makishima, and H. Tsuchiya, Geophys. Res. Lett. (2018) doi:10.1029/2018GL077784

この記事を書いた人

和田有希
和田有希
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程2年。岡山県出身。東京大学理学部物理学科を経て、2017年3月に同大学院理学系研究科物理学専攻修士課程を修了。理化学研究所大学院生リサーチ・アソシエイトを経て、2018年より日本学術振興会特別研究員 (DC2)。2018年4月よりフランス国立科学研究センターAPC研究所にてTaranis衛星の開発に従事。専門は白色矮星の観測を中心とする高エネルギー宇宙物理学、雷放電や雷雲からの放射線観測を中心とする高エネルギー大気物理学、および放射線計測。趣味は写真とピアノ。