21世紀はまさに多様性社会であり、さまざまなところで個性や多様性、ダイバーシティーといった言葉を耳にします。社会のなかでの人の多様性の重要性が指摘されることはもちろん、味や香りのバリエーションが豊富なお菓子やスイーツがヒットしたり、カラーバリエーションが豊かなスマートフォンや車がよく売れたりします。

一方で、何かひとつの単純な問題を解決するためには、少なくとも短期的には、その分野に特化した人材だけが集まったほうが効率的であるように感じられますし、外来種が在来の生態系に侵入してくることで一時的に多様性が増えることは好ましくないように感じられたりします。また、絶対に誰も欲しがらない味付けや色によって商品のバリエーションを増やしたとしても、全体の売上を良くしないことは想像に難くありません。

これらの経験や直感から「多様性の存在は必ずしも良い効果をもたらすわけではない」ということはわかるのですが、一体、どのようなときに多様性は良い効果をもたらし、どのようなときに効果がなかったり、あるいは悪い効果をもたらしたりするのでしょうか。簡単な疑問ですが、このことはほとんどわかっていません。そのため、多様性の効果がどのような条件で変化するか、すなわち、「多様性と機能の関係の法則」を明らかにできれば、多様性を活かしていくこと(インクルージョンなどと呼ばれます)や、多様性を活かしやすい環境を考えことに大きく貢献できるはずなのです。

「多様性と機能の関係の法則」をハエで明らかにする

「多様性と機能の関係の法則」を理解するために人の社会を使うことは簡単ではありません。損益が出るかもしれない人事を実験的にすることや、売れもしないそうもない商品を実験的に販売することに協力してもらうことも難しいからです。それに、多様性の効果を調べるのに数年や数十年かかってしまうかもしれません。

一方、小さな昆虫を使えば、比較的簡単に、しかも短時間で多様性や個性の効果を検証することが可能です。私が研究に使っているキイロショウジョウバエという小さなハエには、おっとりした性格の個体(おっとり型)とせっかちな性格の個体(せかせか型)が存在しています。

キイロショウジョウバエにみられる種内の行動変異。おっとり型は歩く速度が遅く、せかせか型は歩く速度が早い。

ハエの生活のさまざまな場面で性格の違いが行動の違いとして現れますが、幼虫期にエサを探索するときの歩くスピードに顕著な違いが現れることが知られています。おっとり型はあまり動かずにエサを探索し、せかせか型は広い範囲を歩きながらエサを探索するのです。この2つの性格が共存することが集団にとってどのような影響を与えるのでしょうか? また、その影響は状況によってどのように変化するのでしょうか? この疑問が研究の出発点になります。

栄養分が少ない条件では集団中に多様性が共存できる

キイロショウジョウバエの行動(性格)の多様性については10年以上前からさまざまなことが調べられてきました。カナダの研究グループが中心になって行なった研究によると、この行動の多様性がひとつの遺伝子(foraging遺伝子)によって制御されていることがわかっています。

また、飼育する培地(エサ)に含まれる栄養分が豊富なときは、集団内における自分と同じ性格の個体の割合によらず、それぞれの性格の個体の生存率は一定なのですが、培地に含まれる栄養が少ない場合は、少数派になった性格の個体の生存率が高くなることがわかっています。おっとり型が多数派になる集団では、せかせか型のほうが生存率が高く、逆にせかせか型が多数派になる集団では、おっとり型のほうが生存率が高くなるということです。

少数派が有利になるということは、どちらのタイプも集団中から消滅しないことを意味しています。つまり、栄養分が少ない条件では集団中に多様性が共存でき、栄養分の充分な条件では多様性は長期的には共存できないということを示唆しています。

個性の多様性が集団のパフォーマンスに与える影響

私は、多様性が共存できる条件(低栄養条件)と共存できない条件(高栄養条件)に着目し、それぞれの条件において、個性の多様性が集団のパフォーマンスに与える影響を調べました。今回の研究では、パフォーマンスの指標として、集団全体の生産性(生存数と生存個体の重量の積)を用いました。

実験は非常にシンプルです。小さな飼育瓶の中に高栄養あるいは、低栄養のエサを入れ、その上に32個のキイロショウジョウバエの卵を配置し、この卵が成虫になるまで飼育したのち、各集団の生産性を求めました。このとき、32個の卵がすべておっとり型の場合と、すべてせかせか型の場合、おっとり型とせかせか型が半分ずつの場合の3通りの実験を行ない、個性の多様性の有無と集団のパフォーマンスの関係を調べるわけです。なお、各個体の生存率は、卵が孵化した後のエサをめぐる幼虫間の競争や個体間の闘争によって決まると考えられています。

実験条件。それぞれのタイプを単独で飼育した場合と混合して飼育した場合で生産性(生存数×個体の重さ)を算出した。

共存可能なときに、多様性は集団のパフォーマンスを高める

まずは高栄養のエサで飼育した場合の結果を見てみます。この場合、おっとり型だけで構成された集団の生産性が、せかせか型だけの集団よりも生産性が高いことがわかります。

2つの個性を混ぜたときの効果を考えるためには、おっとり型だけの集団とせかせか型だけの集団の生産性の平均値よりも、実際に2つの個性を混ぜた場合の生産性よりも高いか低いかを考える必要があります。専門的に言えば、2つの単独集団の平均値(予測値)よりも、実際に2つの個性を混ぜた集団の実測値が有意に高ければ、正の多様性効果(多様性の良い効果)、実測値のほうが有意に低ければ、負の多様性効果(多様性の悪い効果)があると判断することができます。

そのような見方で結果を見てみると、高栄養のエサの場合は、予測値と実測値にあまり差がないことがわかります。言い換えれば、高栄養条件では、多様性効果はない、ということがわかりました。

では、低栄養条件ではどうでしょうか。この場合は、おっとり型とせかせか型それぞれの単独状態での生産性には差が見られません。一方、この2つの生産性の平均と混合して飼育した場合の平均を比べてみると、実際に混合したほうが生産性が高くなることがわかります。しかも、どちらの単独状態よりも混合状態のほうが生産性が高いことが明らかになりました。このことは、正の多様性効果があることを意味しており、集団内に個性の多様性が存在することで、集団の生産性が向上することを示唆しています。

これらの結果を俯瞰してみると、集団の多様性の成立を後押しする力が働く場合(今回は低栄養条件)では集団内の多様性は集団のパフォーマンスを高める効果があり、集団内の多様性の共存をさせることができない状況では、多様性には何ら良い効果がないことが言えるかもしれません。

2つの栄養条件における単独状態と混合状態での集団の生産性。低栄養条件では、混合で飼育したときの生産性が予測値(2つの単独状態の生産性の平均値)よりも高くなった。

おわりに

今回の成果はショウジョウバエという昆虫の話ですが、私たちは似たような話がいろいろな生物でも通用すると考えています。多様性に優しく、多様性を保てるような原動力のある状況において多様性が集団の機能や活力になるということは、私たちの社会にも通用することかもしれません。

今後は、異なる個性同士あるいは同じ個性同士の個体はどのように関わり合っているのか、すなわち、集団や社会の中で起きる複雑な相互作用やコミュニケーションを詳細に解析することで、多様さが集団のパフォーマンスに与えるメカニズムを解析していきたいと思っています。それぞれのタイプが自分の個性を活かして活動しているのかもしれませんし、もしかすると、異なる性格の者同士が協力しあっているのかもしれません。

参考文献
Takahashi, Y., R. Tanaka, D. Yamamoto, S. Noriyuki and M. Kawata (2018) Balanced genetic diversity improves population fitness. Proc. R. Soc. B, 285: 20172045.

この記事を書いた人

高橋佑磨
千葉大学大学院理学研究院 助教
2010年、筑波大学大学院生命環境科学研究科にて博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員(PD)と東北大学学際科学フロンティア研究所助教を経て2016年より現職。主な研究テーマは、昆虫や植物などを対象にした種内多様性の進化機構と生態的機能に関する理論的、実証的検証。研究と並行して、研究活動に役立つ「情報デザイン」の理論や技術を普及する活動を行なっている。著書に「伝わるデザインの基本」。 ウェブページ「伝わるデザイン」を運営。