2015年10月からacademistで研究資金の募集を開始し、目標金額を大きく上回る160万円をクラウドファンディングで獲得した「雷雲プロジェクト」。2016年には科研費獲得によって研究が軌道に乗り、2017年11月にその成果がNature誌で発表された。研究資金をクラウドファンディングで募るだけでなく、観測装置の設置やデータ解析に一般市民が協力できるような仕組みを作るなど、新しい研究スタイルを確立する試みという意味でも興味深い。

雷雲プロジェクトは、大学院生を含む若手研究者たちを中心に進められた。雷雲プロジェクトチームの特徴は、自由な雰囲気のなか各自がイキイキと研究に取り組む姿勢だ。今回は研究チームのなかから、東京大学大学院理学系研究科の博士課程 古田禄大氏と和田有希氏、academistでのクラウドファンディングにチャレンジした榎戸輝揚氏、湯浅孝行氏の4名に、チームとしての研究プロジェクトの進め方についてお話を伺った。

左から、榎戸輝揚氏、湯浅孝行氏、古田禄大氏、和田有希氏

※ 研究内容の詳細については、academistのプロジェクトページおよび榎戸氏のインタビュー記事をご覧ください。また、こちらのページにも関連リンクがまとめてあります。

それぞれが得意分野を生かせるチーム編成

——今回の研究は、若手研究者のみなさんからなるチームで行われました。それぞれどういう役割だったのか教えてください。

古田(以下、敬称略):私の担当はシミュレーションです。ガンマ線の検出器が実際の観測の場できちんと性能を発揮できるかどうか、雷から放出されたガンマ線が地上に届くまでに大気中でどのように振る舞い、検出器でどのようなデータが得られるのかなどといったことについてシミュレーションを行いました。

和田:今回の研究の大きなポイントは、ガンマ線の電気信号を増幅しデジタル化してコンピュータに記録するという、一連のデータ処理系です。この中心部分は、湯浅さんが担当されていました。

湯浅:ガンマ線を観測する信号処理系の電子回路は、私の大学院修士課程時代の研究の発展形となるものです。修士論文では、天体から放出されるガンマ線やX線を検出するための、人工衛星や気球に搭載する検出器の信号処理部分の開発を行いました。今回はこの成果を、雷雲からのガンマ線観測にそのまま応用した形です。また、企業と一緒に専用のFPGAボード(プログラミングによって改造可能なデジタル処理回路)も開発しました。

和田:私は、このFPGAボードをさらに発展させて、ガンマ線を検出することに特化したモジュールを開発し、その後、ガンマ線を受け止めるシンチレータや、それらを入れる箱も含め検出器全体の制作まで行いました。

榎戸:私の主な役割は、全体のストーリーを作ってマネジメントを行うことでした。別の研究グループとやりとりして、別の落雷データから実際に落雷が起きていたことを確認したり、大気中のイオンの伝搬の仕方についての情報を集めたりということもしていました。今回非常に良かったと思うのは、チーム全体の得意分野がそれぞれ違っていて、役割分担がきちんとできていたことですね。

「思いもよらない」研究成果をスムーズに論文化

今回の研究では、雷が大気中での原子核反応(光核反応)を起こすことが明らかになった

——今回の論文出版までの過程を振り返って、苦労された点や重要だった点はどこだったと考えられていますか?

和田:今回のNature論文になった研究結果は、私たちにとっては思いもよらないものでした。これは、検出器を小型化して複数の場所に設置したことにより、従来に比べて圧倒的に高品質なデータが得られ、これまでまったく解釈できなかった現象をすべてきれいに紐解くことができたためです。

湯浅:ガンマ線検出器の性能を向上させながらも、なるべく安く、そして組み立てやすくして、量産したことは非常にチャレンジングでしたね。和田君が説明するとおり、狙っていなかった現象を捉えることができたのは、やはり多くの検出器を設置していたからこそだと考えています。

古田:理化学研究所の研究員を兼任していた和田君が、理化学研究所のスーパーコンピュータ利用の申請書を書いてくれたことで、理研のスーパーコンピュータを利用できるようになったのは大きかったです。雷からの強烈なガンマ線のバースト放射を検出したのをきっかけに、陽電子と電子の対消滅により発生する消滅線の輝線がいつどのように検出されるかシミュレーションを行おうと思ったのですが、手持ちのパソコンや研究室のサーバでは、計算量に対して性能が不足していました。そのままではおそらく今回のタイミングでの論文出版は難しかったと思います。スーパーコンピュータが利用できるようになったことで、計算時間は1/1000程度になり、スムーズに論文出版までつなげることができました。

榎戸:スムーズに論文出版までたどり着いたのには、もうひとつの理由があると思います。それは、チームのみんなが新しいことを積極的に取り入れようという姿勢を持っていたことです。

若手が活躍できるチームづくりの秘訣は「情報共有」

——具体的にはどのような取り組みをされていましたか?

榎戸:普段の情報共有には「Slack」、ビデオ会議システムには「Zoom」、論文作成には皆が同時に書き込むことができる「ShareLaTeX」、データ共有には「Google Drive」、コード共有には「GitHub」をそれぞれ利用していました。こうしてなるべくデータをメンバー内で共有することで、生産性の向上を試みたんです。

関係者の一部のみでコミュニケーションをしていると、情報共有が徐々に負担になり、結果的に生産性を落としてしまうんですよね。たとえば、誰かが書いた論文を順番にチェックしていくような方法で執筆を進めていくと、非常に時間がかかってしまいます。プロジェクトを通して情報をオープンにし、風通しを良くするのを指針にしていました。

それに、ある人にしかわからないような職人芸的な技術や知識を公開しなくなってしまうと、その人がいなければチームがまわらなくなるといった状態に陥ってしまいます。ありとあらゆる情報を、誰に対してもなるべくオープンにすることで、全員がハッピーになるような”解”にたどり着けるのではないかと考えたんです。

湯浅:博士課程の学生2人が主体的に仕事を進めたこともよかったのではないでしょうか。少人数チームの醍醐味は、自分でやった結果がすぐに目に見えるので、システムに自分で触れて変えていくことができる点。これは、大きなモチベーションにも繋がりますよね。

——研究スタイルのあり方という点でみても、新しい取り組みだったと言えますね。

榎戸:学問自体もそうですが、研究手法に関してもさらなるゲームチェンジができればと考えています。たとえば、オープンサイエンスの取り組みとして、民間の人たちに検出器を配布することで、楽しんで解析に参加してもらうという活動をもっと広げていきたいですね。

解析や検出の過程をすべて共有することは無理だとしても、研究者だけにサイエンスを閉じ込めておくのはもったいない。科研費で大きな装置を利用して、そこから得た成果を一般市民に啓蒙するスタンスではなく、サイエンスの営みを一般の人と共有していけるようなルールチェンジが実現できたら、非常におもしろいと考えています。

(取材:柴藤亮介/構成・文:周藤瞳美)

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