舌だけではない! 全身に分布する味(化学物質)を感じる細胞

私たちは食べ物を口に入れると味を感じます。味覚は、舌の味蕾に含まれる味細胞が味を呈する物質を検出して、その情報を脳の大脳皮質の味覚野に送ることによって生じます。味覚は甘味、苦味、旨味、酸味、塩味の基本五味に分類でき、私たちは甘味・旨味・薄い塩味を美味しいと感じ、苦味・酸味・濃い塩味を不味いと感じます。

最近、味細胞に良く似た特徴を持った細胞が、気道や消化管をはじめ体のさまざまな器官において見つかってきました。これらの細胞は、甘味・旨味・苦味の知覚に必要なイオンチャネルTrpm5を共通して発現し、味受容体を有していることから、Trpm5陽性化学感覚細胞と呼ばれます。では、Trpm5陽性化学感覚細胞は、どんな味(化学物質)を感じているのでしょうか?

有害物質から体を守る

一般に、苦味を呈する物質は生体にとって有害な成分です。私たちは苦いものを口にすると吐き出し、外に出そうとします。これは一種の生体防御反応といえます。興味深いことに、全身に分布するTrpm5陽性化学感覚細胞の多くは、”苦味”の受容体を発現しており、これらの細胞が生体防御反応に関与しているのではないかと考えられています。

最近のマウスを用いた研究から、鼻や口腔内の呼吸上皮に細菌が侵入すると、細菌が分泌する苦味物質をTrpm5陽性化学感覚細胞が検知し、体の奥深くに有害物質を侵させないように呼吸を抑制したり、炎症反応を誘導するといった、初期生体防御反応を引き起こすことがわかりました。

鼻の中に苦味物質や細菌などの有害物質が入り込むと、鼻腔上皮にあるTrpm5陽性化学感覚細胞が苦味受容体を用いてそれらを検出し、呼吸回数の制御や炎症反応といった生体防御反応を誘導する。

また人間も鼻腔内のTrpm5陽性化学感覚細胞を使って細菌の増殖を抑制していることが報告されています。全身に分布するTrpm5陽性化学感覚細胞が正常に作りだされなければ、細菌の体への侵入を許し、細菌が体の中で増殖することで感染症や慢性副鼻腔炎などの病気にかかってしまうかもしれません。そのため、Trpm5陽性化学感覚細胞が作り出されるメカニズムを解明し、それらがどのような”味(化学物質)”を感じとっているのかを明らかにすることは、細菌や寄生虫への感染に対する生体防御反応のメカニズムの解明にとって重要な課題です。

転写因子Skn-1a

舌では基本五味を感じる細胞のうち、甘味・旨味・苦味を感知する細胞の産生には転写因子Skn-1aが必要であることがわかっています。Skn-1aの機能を欠損させたマウスでは、甘味・旨味・苦味細胞がなくなり、その代わりに酸味細胞の数が増えます。Trpm5陽性化学感覚細胞が味覚に関連する遺伝子を発現していること、形態的にも甘味・旨味・苦味細胞に似ていることから、私たちの研究グループは全身のTrpm5陽性化学感覚細胞にもSkn-1aが発現し、その産生に重要な役割を果たしているのではないかと考えました。

そこでin situ hybridizationと呼ばれる、組織中のmRNAを検出する方法でSkn-1a遺伝子がどのような細胞に発現しているかをマウスの組織において調べました。その結果、解析した全ての器官(嗅上皮、気道、胃、小腸、大腸、耳管、尿道、胸腺、膵管)において、Trpm5陽性化学感覚細胞にSkn-1aが発現していることがわかりました。

次にTrpm5陽性化学感覚細胞におけるSkn-1aの機能を調べるために、Skn-1aの遺伝子を破壊したしたマウス(Skn-1a機能欠損マウス)の表現型を調べました。Skn-1a機能欠損マウスでは、解析したすべての器官においてTrpm5の発現が消え、それに加えてTrpm5以外の味覚関連遺伝子の発現も消失していました。

以上の結果から、Skn-1aが舌だけでなく全身のTrpm5陽性化学感覚細胞の産生に必須な転写因子であることがわかりました。

(A) in situ hybridizationの結果から、野生型マウス気管上皮においてSkn-1a(緑)とTrpm5(マゼンタ)は共発現しており、Trpm5陽性化学感覚細胞にSkn-1aが発現することがわかった。
(B) 野生型マウス気管のTrpm5陽性化学感覚細胞には、味覚情報の伝達に必要な遺伝子(Tas2r:苦味受容体、Gnat3, Plcb2, Trpm5: 味覚情報伝達分子)が発現していた(上段:野生型)。一方で、Skn-1a機能欠損型マウス(下段:変異型)では、これら味覚関連分子の発現が消失していた。Yamashita et al. (2017)を元に改変。

今後の展望について

今回の発見によってTrpm5陽性化学感覚細胞の産生メカニズムに関する研究が飛躍的に進展することが期待されます。また、全身のTrpm5陽性化学感覚細胞が消失するSkn-1a機能欠損マウスは、各器官のTrpm5陽性化学感覚細胞の生理機能を明らかにするための有用なモデルマウスになると考えられます。実際に、Skn-1a機能欠損型マウスを用いた研究から、小腸にあるTrpm5陽性化学感覚細胞(tuft cellsと呼ばれている)の機能が明らかになっています。野生型とSkn-1a機能欠損型マウスに蠕虫などの小腸の寄生虫を感染させると、野生型マウスは数日で寄生虫を駆逐することができますが、Trpm5陽性化学感覚細胞のないSkn-1a機能欠損型マウスでは寄生虫を駆除することができません。

胸腺髄質や耳管、胃、大腸、膵管のTrpm5陽性化学感覚細胞は機能が未解明である。Skn-1a機能欠損型マウスは、化学感覚細胞が関わる生体防御反応を解明する上で良いモデル動物になると考えられる。

このように、小腸のTrpm5陽性化学感覚細胞は寄生虫を駆除するために必要なことが分かりました。また、匂いを検出する化学感覚器官である嗅上皮では、Trpm5陽性微絨毛細胞が高濃度の匂い物質のように過剰で有害な化学物質から嗅上皮を保護する機能を有することが報告されています。胸腺髄質や耳管、胃、大腸、膵管など、多くのTrpm5陽性化学感覚細胞の機能は未解明のままです。今後、Skn-1a機能欠損マウスを用いることで、さらにTrpm5陽性化学感覚細胞の生体内での機能が明らかになることが期待されます。またTrpm5化学感覚細胞に発現する味覚受容体を同定することによって、細菌・寄生虫感染に対する生体防御反応のメカニズムの解明、そして感染症や喘息などの疾病の治療に向けた創薬研究への発展が見込まれます。

 

参考文献

  • Yamashita J, Ohmoto M, Yamaguchi T, Matsumoto I, Hirota J. “Skn-1a/Pou2f3 functions as a master regulator to generate Trpm5-expressing chemosensory cells in mice”, PLOS ONE, 12(12), 2017, doi: 10.1371/journal.pone.0189340.
  • Yamaguchi T, Yamashita J, Ohmoto M, Aoudé I, Ogura T, Luo W, Bachmanov AA, Lin W, Matsumoto I, Hirota J. “Skn-1a/Pou2f3 is required for the generation of Trpm5-expressing microvillous cells in the mouse main olfactory epithelium”, BMC Neurosci, 2202-15-13, 2014, doi: 10.1186/1471-2202-15-13.
  • Ohmoto M, Yamaguchi T, Yamashita J, Bachmanov AA, Hirota J, Matsumoto I. “Pou2f3/Skn-1a is necessary for the generation or differentiation of solitary chemosensory cells in the anterior nasal cavity”, Biosci Biotechnol Biochem, vol.10, pp2154-6, 2013, DOI: 10.1271/bbb.130454.

この記事を書いた人

山下純平, 廣田順二
山下純平, 廣田順二
山下純平(写真左)
米国モネル化学感覚研究所博士研究員。東京工業大学生命理工学部卒業後、2018年3月に同大学院生命理工学研究科博士課程課程修了。博士(工学)。2018年5月より現職。

廣田順二(写真右)
東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター、准教授。東京工業大学工学部生物工学科卒業後、同大学院博士課程修了。博士(工学)。1995年、ERATO御子柴細胞制御プロジェクト研究員。2000年、ロックフェラー大学博士研究員、同年Human Frontier Science Program Long-Term Fellow。2005年大阪府立大学理学部准教授を経て、2008年より現職。