「植物の性別」と「キウイフルーツのオス・メス」

とつぜんですが、「植物の性別」と言ってもピンとこない方が多いのではないでしょうか? それもそのはず、植物(種子植物)のなかでオス・メスと明確な雌雄個体が存在しているのは全体のたった5-6%だと考えられています。植物はひとつの花の中に「雄しべ」と「雌しべ」の両者がついている両性花を持つものがほとんどです。では、このマイノリティーな「性別」についてどれほどのことがわかっているか? といいますと、実はまだほとんどのことはわかっていませんでした。植物の性別決定の仕組みはさまざまな種において100年来研究されてきたテーマですが、その決定に関わる遺伝子が見つかったのは、つい最近になってからです。柿(マメガキ)と食用アスパラガスにおいて性別決定遺伝子が特定されましたが、それぞれの遺伝子の由来や性別が成立する生理的な仕組みはまったく異なるものであり、なぜこんな「バラバラ」な性別決定システムが独立して生まれてくるのか、まったくわかっていませんでした。

さて、話は変わって(実は変わっていないのですが)、キウイフルーツはその栽培化の歴史も新しく、今後が期待(?)できる有望な果樹作物なのですが、オス・メス個体があるため、受粉のための花粉確保、優良果実を目指した育種における交雑の制限など、農業上の大きな問題が山積みです。そのため、古くから性別決定の仕組みに関する研究が進められ、キウイフルーツを含むマタタビ属植物は、ヒトなどと同じ「XY型」という性別決定様式を持ち、Y染色体を持つものはオスになることがわかっていました。しかし、そのY染色体上にあるはずの性別決定遺伝子やその決定メカニズム自体は謎に包まれていました。

キウイフルーツの雄花(左)と雌花(右)

性別決定遺伝子「Shy Girl」の発見

そこで、私たちはマタタビ属に分類されるキウイフルーツ野生種であるシマサルナシと栽培キウイフルーツを掛け合わせたもの(種間交雑による系統群)やマタタビ属の多様な野生種群を対象として、オス・メス個体群の全ゲノム配列を網羅的に比較することで、オスに特異的なY染色体の性別決定遺伝子領域の特定を試みました。この解析方法は私たちが先行研究でカキ属の性別決定遺伝子を発見した際に使った方法であり、ある意味「二匹目のどじょう」を狙ったようなところはあるのですが……幸い、今回の柳の下には二匹は居てくれたようです。結果として、マタタビ属の幼花で発現し、かつ解析したすべてのマタタビ属においてオス特異的に保存されているY染色体上の遺伝子がひとつだけ存在し、それが性別決定を担う最上流因子のひとつであることを解明して「Shy Girl」と名付けました。Shy Girlという名前の由来ですが、この遺伝子をタバコなどの植物に導入するとメス器官が萎縮して、雌しべが花弁に隠れてしまうことに由来しています。

タバコ通常の個体(左)とShy Girl遺伝子を導入した個体(右)

また、Shy Girl遺伝子の機能解析により、植物ホルモンのひとつであるサイトカイニンがキウイフルーツの雌しべの形成に大きく関与していることが示されました。この知見を応用し、人工サイトカイニンの処理によって雄花の半メス化を誘導することにも成功しました。

キウイフルーツの通常の雄花(左)とサイトカイニン処理によって半雌化した雄花(右)

以上の結果から、性別決定に関わるShy Girl遺伝子が、サイトカイニンを介してオスとメスの生理作用の差異に導くメカニズムが明らかとなりました。

Shy Girlから考える「植物の性別」の成立過程

Shy Girl遺伝子の来歴について詳細に解析したところ、この遺伝子は、マタタビ属の成立直前のある時期に起こった系統特異的な全ゲノム重複によって生まれた遺伝子であることがわかりました。全ゲノム重複によって2つに増えたShy Girlともうひとつのオリジナル(正確には、ゲノム進化上、どちらがオリジナルという定義は出来ませんが)のあいだではタンパク質としての機能分化は起こりませんでしたが、Shy Girlは新しく「雌しべでの」発現を手に入れました。つまり、マタタビ属の起源において、ゲノム重複をきっかけとしてまったく新しい遺伝子発現パターンを変化させる進化(cis進化)により、元々は持っていなかった性別決定という新しい機能がShy Girl遺伝子に付与された可能性が示唆されました。

キウイフルーツ(マタタビ属)における性決定進化モデル

さらに、これまで柿(カキ属)や食用アスパラガスで得られていた知見と比較したところ、キウイフルーツなどマタタビ属で見いだされた系統特異的な遺伝子重複による性別決定遺伝子の成立が、カキ属や食用アスパラガスにも共通して見られる現象であることがわかりました。実際、カキ属とマタタビ属は同じツツジ目に属していますが、カキ属の性別決定遺伝子OGI/MeGIとマタタビ属のShy Girlは独立したゲノム重複によって生まれた遺伝子です。植物に特徴的な進化様式として、動物と比較しても非常に高い頻度で系統特異的に全ゲノム重複や遺伝子重複が起こっていることが挙げられます。つまり、この植物に特異な「種ごとに頻繁に起こった重複」こそが、植物における性別の成立を駆動している可能性が考えられるのです。

今後の展望と興味

Shy Girl遺伝子はマタタビ属に特異な性別決定遺伝子ですが、カキ属の性別決定遺伝子OGI/MeGIとの生理作用の比較、もっと言いますと、植物性別決定の歴史では欠かすことのできない「ヒロハノマンテマ」における雌雄間の生理作用を比較することにより、植物のオス・メスの分化において重要な遺伝子群の共通性が示唆されています。最上流決定因子は違えども、その生理機作に共通性があるのであれば、外的環境の改変や人為的処理によって性別を自由に変えていくことも夢ではありません。もちろん、キウイフルーツで両性花を作ることも重要なのですが、本来は両全性である大部分の植物に対して人為的に雌雄を作ってやることで、色々な農業上の課題を解決することも可能でしょう。

なお、今回発見されたShy Girl遺伝子に加えて、マタタビ属では雄しべの生育維持に関与する「もうひとつの性別決定遺伝子」がY染色体上にあると仮定されています。今後は、Shy Girl遺伝子と併せた2つの性別決定遺伝子の進化過程の解明を目指すことで、これまで見えていなかった「バラバラな植物の性別獲得」のなかに、さらなる意外な共通の法則が見えてくると期待しています。

参考文献
Takashi Akagi, Isabelle Marie Henry, Haruka Ohtani, Takuya Morimoto, Kenji Beppu, Ikuo Kataoka, Ryutaro Tao (2018). A Y-encoded suppressor of feminization arose via lineage-specific duplication of a cytokinin response regulator in kiwifruit. The Plant Cell. DOI: https://doi.org/10.1105/tpc.17.00787

この記事を書いた人

赤木剛士
赤木剛士
京都大学大学院農学研究科 助教
2011年、京都大学大学院農学研究科にて博士課程修了。京都大学白眉プロジェクト特任助教を経て2011年より現職。これまでに日本学術振興会海外特別研究員(カリフォルニア大学デービス校ゲノムセンター)、JSTさきがけ研究員を兼任。主な研究テーマは、カキやキウイフルーツの性決定、サクラ属作物の種間交雑障壁、果樹作物のゲノム進化、など。趣味は音楽活動や釣り。