脳が教えてくれた、英語を聞きとるときの男子と女子の違い
第二言語は如何にして習得されるか
第二言語の習得には大きな個人差が見られます。なぜこのような個人差が生じるのかを明らかにすることは、第二言語習得研究の中心課題のひとつです。第二言語習得研究では、アメリカにおける移民の英語習得のような第二言語環境や、ヨーロッパにおける多言語環境で調べられた知見が多く、日本の子どものような外国語学習環境についての科学的なデータは多くはありません。特に、義務教育として英語学習を本格的に開始する学生については、学習に関する脳科学的な研究が殆どありませんでした。そこで、本研究では、日本の中学生を対象に、第二言語である英語の習得に関して、どのような要因が関係するのかを調べました。
中学生の脳内における英文処理のメカニズムを探る
中学1~3年生(12~15歳:合計53名)を対象に、英文を聞き取る際の脳活動の計測と、行動指標(英語テストの成績とワーキングメモリの容量)の調査をしました。脳活動の計測は、安全で計測時の負担が少ない光トポグラフィ(functional near-infrared spectroscopy, fNIRS)と事象関連電位(event-related potential, ERP)の同時計測により行いました。言語処理に関係する脳の場所を明らかにできるfNIRSと、言語処理過程の短い時間の特徴を明らかにできるERPを用いた同時計測を行うことで、言語処理に関わる空間的・時間的情報を一度に得ることが可能になりました。
この計測の際には、音声で英語の正文と非文(文法的に正しい文と正しくない文)を聞いてもらいました。行動指標の調査では、英語テスト(総合的能力を測るテストと文法テスト)に加え、言語に関するワーキングメモリ(作業記憶)の容量を調べました。ワーキングメモリは、短期的に情報を記憶しながら、記憶した内容を更新・操作・分析する機能のことで、会話、読書、授業や会議の内容を聴き取りながらメモを取るなど、日常生活において重要な能力です。今回は日本語の文の中にある単語を覚えてもらうリーディングスパンテストを用いました。
英文処理時の脳活動に男女差
<行動指標の結果>
英語の総合的能力を測るテストと文法テストの成績に男女差が見られました。両テストの平均点は、男子に比べて、女子が有意に高いという結果でした。ワーキングメモリ容量も女子の方が男子よりスコアの平均値が高く、有意な性差が見られました。男子においては、文法テストの点数とワーキングメモリ容量との間に関連性が見られませんでしたが、女子においては、文法テストの点数とワーキングメモリ容量との間に正の相関が見られました。
<事象関連電位の結果>
男子は、間違いを含んだ非文の句(名詞句)が提示された直後(100~300ミリ秒)に大きな振幅が認められ、脳において文法処理を素早くすばやく行っていることが明らかになりました。
<光トポグラフィの結果>
習熟度によって英文聞き取り時の脳活動に顕著な男女差が見られました。
(正文の場合)男子は、文法処理に関わるとされる左半球前部の言語関連領域(ブローカ野近傍)の活動が、習熟度が上がるにつれて増加したのに対し、女子では、ことばの音(音韻)、意味、そして文全体の処理に関与する左半球後部の聴覚性言語領域(ウェルニッケ野近傍)の活動が習熟度とともに増加しました。この傾向は、ワーキングメモリ容量の影響を除くとさらに顕著になりました。
(非文の場合)男子は、習熟度が上がるにつれて脳の活動を全体的に低下させました。一方、女子は、正文の時と同様に、習熟度とともに音韻・意味・文全体の処理に関わる脳部位の活動を増加させました。
男女差や個人差を考慮した教授法や学習法の開発に期待
本研究は、英文処理の方略に男女差があることを明らかにしました。男子は文法に則った処理を優先する傾向があり、正文と非文の違いを脳においてすばやく処理していることがわかりました。また、習熟度が上がるにつれて、非文処理時の脳活動は低下し、より効率的に処理をしていることが明らかになりました。一方、女子は音韻、意味、文全体から得られる情報を統合的に処理する傾向が見られました。特に、習熟度の高い女子は、ワーキングメモリを活用してより多くの言語知識を統合的に処理する戦略により、好成績を得ていることが示唆されました。
本研究の意義は、英語テストの成績のみでは明らかにできなかった英文処理時の脳活動を可視化できた点です。文法テストの成績のみの情報では、男子よりも女子の方が英文法の習熟度が高いと判断されがちですが、実際には、女子よりも男子の方が脳内で文法的な正誤判断をすばやく行っている傾向が見られました。ただし、本結果は男女の平均的な脳の活動に差があったということを示すもので、実際には統合的な処理をする男子や、文法的な処理を優先する女子もいると考えられます。本結果は、男女のどちらが英語学習に長けているということを示すものではなく、英語学習における方略に性差を含む個人差がある可能性を示唆しています。さらなる研究の蓄積が必要ですが、本研究の成果は、英語(外国語)習得の基礎資料として、男女差や個人差を考慮した効果的な教授法や、脳科学研究の根拠に基づく英語学習法の開発へ貢献することが期待されます。
参考文献
Explicit Performance in Girls and Implicit Processing in Boys: A Simultaneous fNIRS-ERP Study on Second Language Syntactic Learning in Young Adolescents
この記事を書いた人
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杉浦理砂プロフィール
首都大学東京大学院人文科学研究科/言語の脳遺伝学研究センター 特任准教授。博士(工学)。2005年まで、(株)東芝 研究開発センターにおいて、エレクトロニクス・マテリアルサイエンス分野の最先端の研究に従事。2006年から米国スタンフォード大学医学部・心理学部において認知神経科学の研究に従事し、主に高齢者(軽度認知障害)などの研究に携わる。2009年から首都大学東京大学院において、認知神経科学の研究に従事し、言語学習による脳機能の変化や、脳・言語・遺伝子との関連性などに関する研究に取り組む。少子高齢社会にある我が国の持続的な発展のため、また脳科学研究の成果に対する社会からの期待に応えるため、脳科学研究の推進と共に、2017年から企業において、脳科学研究の成果の社会還元にも積極的に取り組んでいる。
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