遺伝子組換えのコストを最小化する!- 学生研究チームとの関わりを契機として
DNAクローニング法とは
遺伝子組換えは、生命の設計図であるDNAをさまざまに改変する技術です。近年大きな広がりを見せている「合成生物学」という研究分野がありますが、この分野ではこれまでに発見されたさまざまな遺伝子をこの技術を使って組み合わせ、「役に立つ」遺伝子組換え製品が作り出されています。大腸菌の中で複製される「プラスミド」という環状のDNAに、目的の遺伝子を挿入する「DNAクローニング」がこの技術の中心に存在しています。
DNAクローニングの歴史は古く、1973年に発表されたCohen-Boyerによる方法が永く使われてきました。これには多くのステップで慎重な操作が必要とされ、熟練が必要でした。この操作が苦手なために研究者の道をあきらめた人もしばしばいた、と噂されるほどです。2009年になって「相同組換え」という別な原理を利用したGibson Assembly法が報告されると、その操作の簡便性や効率の良さ、応用範囲の広さなどから瞬く間に世界中に広まりました。現在では、必要な酵素類をセットにしたキットが発売され世界中の研究室で使用されています。これら市販のキットは非常に使いやすいのですが、価格が高い、という問題点があります(1回の反応に1,500円ほどもかかります)。DNAクローニングの苦労からは救済されましたが、研究費を圧迫するキットの代金が今度は心労の種になってしまったわけです。
謎の混合液SLiCEの中から有効成分を見つけだす
高価なキットを使わずに、安く相同組換えクローニングを行う方法が世界中の研究室で模索されました。いろいろな試みの末「大腸菌の安価な破砕液で相同組換えを起こせる」というSLiCE法が報告されると、お金のない経済的合理性を追求する研究室はこぞってこの方法を使うようになりました。筆者は、しばらく前から大学の学部生による研究チームiGEM Kyoto(後に紹介します)の世話役をしていたのですが、彼らもこの報告に目をつけてSLiCE法を使うようになりました。
しかしSLiCE法は原理が不明で、失敗しても改善策を考えられない問題もありました。そんななかで「有効成分を突き止めてもっと使いやすい溶液を作れないか」と学生たちは考えるようになったのです。筆者も興味を持ち、学生たちと一緒に研究してみることにしました。その結果、市販されている2つの酵素を薄めて混ぜれば、SLiCEの代わりになるという結論が得られました。現在では、非常に安いコストでSLiCEと同じ活性の溶液を作ることが可能になっています。興味のある方はぜひこの方法をお試しください。
京都大学の学部生研究チームiGEM Kyotoとの出会い
後半では、今回の研究の契機になった学生チームiGEM Kyotoについて紹介します。
2013年の春、利発そうな2人の学生が研究室を訪ねてきました。彼らは「アイジェム・キョウト」という聞き慣れない団体のメンバーを名乗り、協力を依頼しに来たのです。彼らによれば、iGEM(International Genetically Engineered Machine competition)は「合成生物学の学生コンテスト」ということでした。彼らは学生同士でアイディアを出し合い、お小遣いを出し合って試薬を購入し、夏休みのあいだ学生実習室を借りて実験を行います。そしてその成果を海外の大会で発表する、そういう活動をしているということなのでした。研究や運営の相談にのってほしいという2人の真剣な話に、率直に心を動かされました。それがiGEM Kyotoとの関係のはじまりでした。(なお、この2人の卒業とともに筆者もチームを卒業するつもりでしたが、なぜか「次のリーダーです」と別の学生を紹介され、気付いたら自分だけが卒業できないままチームとの関係が続くことになっていました。)
他の学生メンバーと合流してまず感じたのは「変わった人が多そうだな」ということでした。もともと「変わりものが多い」という世評のある大学のなかから、特に個性的な人物が濃縮されているようです。新入生は大学の講義についていくための勉強が大変なはずです。一方では受験から解放されて、さまざまな楽しいことにも忙しいはずです。そんな状況にもかかわらず「自分のお金で試薬を買い、実験室にこもって遺伝子組換え実験をしたい」という、かなり風変わりな学生が集まっているのです。「自分たちのアイディアを試してみたい」という好奇心が彼らの原動力であり、「大会でいい成績をとりたい」という目標は副次的であるように見えます。その点で競技団体としても少々変わっています。
実際、表彰台の常連になるような海外チーム(大学による手厚い支援と指導があり、好成績を本気で目指すチームも多いようです)と比べるとiGEM Kyotoはかなり異色です。研究テーマの立案を含め、重要な活動方針は学生による投票で決定されます。「PI(責任教員)やアドバイザー」を選ぶのも学生です。主導権は完全に学生にあります。
実験室ではいったいどのような研究が行われているのでしょうか? 毎年、学生が入れ替わると彼らの研究内容は大きく変わります。過去の研究テーマは、「磁石につく大腸菌を作る」「ノロウイルスを撃退する」「松枯れ病を防ぐ」「塩水の脱塩」「マイクロプラスチック回収」「切り花を長持ちさせる」など。さまざまなプロジェクトを自由奔放に展開してきました。ときどき、同業者の大学教員から「どうやって指導しているのですか?」と聞かれることがありますが、もちろん、筆者の能力ではまったく教えることはできません。「詳しい先生がどこかにいるはずだから、調べて、連絡をとってご指導あおいだ方がいいよ」とアドバイス(?)するのみです。あとは学生たちが学内外の先生に助言をもらいながら(本当にありがたいことです)、自分たちで研究を進めていくのを横から見ているだけ、というのが筆者の役割です。(念のために書くと、安全教育等の最低限の指導は毎年きちんと行っています。)
学部生によるユニークな研究
「あっ」
リーダーと微分方程式の議論をしていたKくん(一年生ながら数理モデリングがチームで一番得意な秀才)が声を出して、突然立ち上がりました。
「クモがいます。クモが足に乗っています」いつもは冷静なKくんが少年の表情で怯えています。
「Aはクモが専門だったよな、Aに種を同定してもらおう」とMくんがそそのかします。Mくん自身はヘビが専門で、先日も石垣島の山中で一晩中野生ヘビの観察をした強者です。小さなクモ程度で動揺する後輩を珍しそうに見ています。
「いやクモなら何でも得意ってわけじゃないんだよ、たぶん見ても分かんないよ」と言いながら、Aくんもゆっくり席を立ってKくんの方へ向かいました。
「クモが膝を登ってきます!」とKくんがいよいよ焦った声を出したとき、いつのまにか近くに来ていたOくんが捕虫網でクモを捕獲しました。
「なんで捕虫網なんて持ってるんだよ」みんなの声を代弁するようなリーダーのIくんの質問にOくんは、
「いつも持ち歩いてます。逆にみんなは普段は持ってないんですか? こういうとき困りません?」と涼しい顔で答えていました。いやいや、普通は持ち歩かないよ……。
「何のクモ? わかる?」と、捕虫網に入ったクモを観察するAくんにMくんが聞きます。
「うーん。分からないな。コモリグモ科の一種だよ、それ以上はごめん。自分、ハエトリグモが専門だから、ちょっと分からない」Aくんはしきりに恐縮していましたが、そこまでわかるだけでもすごいです。恐縮の意味が分かりません。敬服して、思わず写真に収めました。
とにかく、ここに出てこない学生たちも含め、所属学部、性別、出身(国籍含む)などの多彩な学生たちが集まって、ひとつのプロジェクトに取り組むわけです。おもしろいドラマが待っていないはずがありません。
この原稿を書いている現在、iGEM Kyotoでは2023年の大会に向けて実験を続けています。同時に、アカデミストでのクラウドファンディングにも挑戦しています(2023年9月28日まで)。iGEM Kyotoは学生たちが資金を出しあいながら、クラウドファンディングや企業さまのご支援をいただき、活動を続けてきました。しかし大会の参加費の高騰(4月にチーム登録費として5,500ドル、8月に大会参加費として3,000ドルが徴収されます。11月の大会の会場に入るためにはひとりあたり550ドルが別途必要です)のため、チームの継続はなかなか難しい状況になってきているようです。
学生の活動であり、教員が横から口を出すのはためらわれますが、ぜひ多くの人にクラウドファンディングに参加していただきたいと思います。個性と才能にあふれる学生たちが集まり、複雑な化学反応によって磨かれ、世界を舞台に自分たちの成果を問う。その一部始終を「大人のチーム」として一緒に見守りませんか? 彼らは思いもよらない発見や発明で、わたしたちを驚かせてくれるに違いありません。彼らとの関わりの中から、今回の「DNAクローニング方法の開発」のような新しい発想の研究が次々に生まれてくるはずです。
最後に、最近になって見せてもらったiGEM Kyotoの「会則」の冒頭部分を引用してこの原稿を終わりにします。大会を目標ではなく通過点として捉えて成長していこうという内容で、頼もしいですね。
(団体の趣旨)
学生が責任と自主性に基づき自由に研究活動を行うことのできる団体を実現する。
そのために、以下の活動を行う
1. 合成生物学の学生世界大会であるiGEM への参加
2. iGEM に関する活動
3. iGEM に関する、他大学学生及び他団体との交流
4. その他、本サークルの目的を達成するために必要な活動
参考文献
- Alexander Y Liu, Hiroto Koga, Chihiro Goya, Makoto Kitabatake (2023) Quick and affordable DNA cloning by reconstitution of Seamless Ligation Cloning Extract using defined factors. Genes Cells 28(8):553-562.
- 「長生き」大腸菌をつくる! (石橋凌平 京都大学、学部2回生)
- https://academist-cf.com/projects/306?lang=ja
この記事を書いた人
- 京都大学医生物学研究所助教。福島県出身。京都大学理学研究科で博士号を取得。日本学術振興会海外特別研究員、Yale大学研究員、理化学研究所基礎科学特別研究員等を経て、現職。2013年からiGEM Kyotoアドバイザー。その後、現在までiGEM Kyoto共同PI。専門は生化学と分子遺伝学を使ったリボソームの品質管理機構の研究。