市民参加型の研究を目指した「雷雲プロジェクト」の野望
京都大学・榎戸輝揚さんと理化学研究所・湯浅孝行さんの共同研究として立ち上げられた「雷雲プロジェクト」。雷雲中の電子の加速により発生したガンマ線を検出することで、カミナリの発生メカニズムの解明に迫ります。
先日、目標金額の100万円を達成したため、ガンマ線を検出しやすい日本海側にオリジナルの検出器を設置することが決定しました。今回、検出器のプロトタイプ製作に取り掛かるという情報を聞き、理化学研究所を訪問してきました。
ークラウドファンディングに挑戦して、予想外のことはありましたか?
榎戸:検出器を高校に設定したいということをSNSで発信したら、想像以上の反響があったことですね。「ここに置けますよ!」「こうしてみてはどうですか?」というご提案をたくさんいただくことができました。科研費を利用した研究では、なかなか起こらないことかもしれません。
ー研究資金だけではなく、研究協力者も募集できたということですね。検出器のプロトタイプの製作をはじめたとのことですが、どのようなものなのでしょうか。
榎戸:はい、アカデミストさんでサポーターが集まり始めたので、製作も開始しました。
これが検出器のプロトタイプの一部です。
ーこれで雷雲からのガンマ線や電子を検出するわけですね。
榎戸:そうですね。手前に置いてある白い正方形状の板は「プラスチックシンチレータ」と呼ばれる特殊な結晶で、主に電子や宇宙線粒子を検出します。奥に見える黒い筒の中には、「無機シンチレータ(CsI)」と呼ばれる結晶が入っていて、主にガンマ線を検出するものです。これらの結晶にガンマ線や電子、宇宙線粒子が入射すると、それらのエネルギーが可視光に変換されます。ここで発生する可視光は微弱なので、光電子増倍管(結晶に接続された黒い立方体の部品)で電流に変え、増幅します。
ー増幅された信号はどこに送られるのでしょうか。
湯浅:ケーブルを通じて、私が製作している電子回路基板に送られます。光電子増倍管からの信号は、この基板に搭載した専用の電子回路でさらに増幅され、デジタル値へ変換をします。デジタル化された信号は、PC上のソフトウエアによって処理され、最終的にはガンマ線や電子1個1個についてエネルギーや到来時刻をハードディスクに保存します。データの一部はインターネット回線を通じて、東京にも送る予定です。
ちなみに、この基盤の模様が、クラウドファンディングのリターンのTシャツにもプリントされているんですよね。
ー最終的には、飛んできたガンマ線や電子のエネルギーを知りたいということですか?
榎戸:はい。今回の検出器の主な役割は、雷雲で加速された電子が放出するガンマ線のエネルギーの分布を測定することでなんですよね。エネルギー分布が測定できれば、雷雲とは関係しない環境放射線(大地や建物、宇宙から放射されるガンマ線)と、私たちが欲しい雷雲からの情報を切り分けることができます。
ーなるほど。それにしても、この電子回路は複雑そうですね……。
湯浅:製作もなかなか大変です。いきなり完璧な電子回路が作れるかというとそうではないので…。たとえば、この電子回路は試作機的な位置づけの「バージョン1」なのですが、実物の検出器に接続してテストをしながら、設計のミスや改良点を見つけていきます。今後、回路の図面を修正して「バージョン2」の回路を製造します。ここのスピード感がとても重要です。最近流行りの「リーンスタートアップ」のイメージですね。
ー完成形を一度で作ってしまうことはできないのでしょうか?
湯浅:もちろん、バージョン1の段階で大部分は完成形に近いものを設計します。しかし、多数の機能を組み込んだ電子回路を手作りする場合、基板の製作後にいろいろな問題や、改良点が出てしまうことがほとんどです。また、今回使用する検出器技術そのものは、市販の装置を組み合わせて作ることもできるのですが、汎用品の組み合わせでは装置の大きさが大きくなったり、1台あたりのコストが高くなってしまいます。雷雲プロジェクトでは、たくさんの検出器を並べてデータを取りたいので、検出器を小さく・低コストにするための回路製作はとても重要になります。
ーなぜ、検出器をたくさん並べなくてはならないのでしょうか。
榎戸:雲の流れ道に沿って検出器をたくさん並べることで、雷雲の一定の領域から放射されるガンマ線量を刻一刻と追うことができるんですよね。そうすると、その領域において、電子の加速される領域が広がるのか狭まるのか、また、電子の加速のエネルギーの条件がどのような変わるのかということを知ることができます。それを実現させるためには、検出器は一台では足りません。ガンマ線は大気中で100m〜200mメートル程度しか飛ばないので、一台では検出器周辺の情報しか得ることができないんですよね。
ー検出器を置く場所は決まりましたか?
榎戸:まさに今議論をしているところです。いくつかの大学・高校の先生とはすでにコンタクトを取り始めています。
ープロジェクト紹介動画では、雷雲プロジェクトを「市民参加型」として進めていきたいと仰っていましたが、得られたデータはどのように公開されるのでしょうか?
湯浅:たとえば、市民科学プロジェクトの中でも有名な「Zooniverse」のサブプロジェクトである「Planet Four」という火星表面の探査プロジェクトでは、火星探査機が撮影した大量の画像に個人がアクセスし、「クレーターがあります」「水が流れた後があります」と いうような項目にチェックを入れて、研究機関に報告できるようになっているんですよね。それらのデータは研究機関のサーバに蓄積され、ビッグデータの形で研究者が解析できる ようになります。
湯浅:雷雲プロジェクトもこれに近いイメージで進めていきたいと考えています。たとえば、トップページに、研究で明らかにしたいこと、検出器の説明などを用意します。データ解析のページでは、実際に得られたデータを用いて、横軸に時間、縦軸にガンマ線 のカウント数を並べたグラフを見てもらい、「ガンマ線の計測数に目立った時間変化があるかどうか」を判定してもらいます。何時間分の観測データが何人に解析されているのかということも、表示できるようにしたいですね。
ーおお、これはおもしろそうですね!クラウドファンディングのチャレンジはもうすこしで終わりますが、今後、資金面以外で「こんなサポートがあると助かる!」というようなことはありますか?
榎戸:雷雲プロジェクトのことはこれからも広めていきたいので、サイエンスカフェの機会があれば、積極的に情報発信していきたいと思います。ですので、発表機会をオーガナイズしていただける方がいれば、ぜひご協力いただけると嬉しいです。実験は石川県で行うので、ぜひ石川県で開催したいです。
ー支援者の方々とゆるくつながりながら、長期間かけて研究を進められる環境があると良いですよね。今日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございました!
10月4日に目標の100万円に達しましたが、研究費サポートは10月16日まで可能です。お二人は2台目の検出器製作にも意欲を燃やしていますので、引き続き、応援をよろしくお願いいたします!
【academist プロジェクト】カミナリ雲からの謎のガンマ線ビームを追え!
この記事を書いた人
- アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。