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考古学は実益にはなりません

「あなたの研究は、どのような形で社会に貢献できるのでしょうか」ー これまでに何度も、たくさんの人に聞かれました。ペルーの考古学を研究していますから、ペルーの人々には貢献できることがたくさんあると思います。

特に歴史教育の分野において。ペルーでは日々、歴史の教科書を塗り替えるような新しい発見がたくさんなされています。最近の研究では、私が研究している約1000年前の人々と、同じ場所に暮らす現代の人々との間には明らかな遺伝的な繋がりがあることも明らかになっていますから、私たちの仕事は現代ペルー人のアイデンティティの問題にも直結します。

しかし、日本人にとっては、どうなのでしょうか。私は現在、academistという日本初の学術系クラウドファンディングサイトにて、発掘調査のための支援金を募っています。地球の裏側にある、あまり馴染みのない国の歴史を明らかにするための考古学研究が、日本人にとって何のメリットがあるのでしょうか。

正直に申し上げて、考古学研究は直接的で分かりやすいメリットを提供しません。私たちの研究 のおかげで誰かが大金を手にすることはありませんし、不治の病が治るようになるわけでもありません。しかし、一銭にもなりませんが、「実利」とか、「効率」といった概念とは正反対の「ワクワク」や「ドキドキ」をたくさん提供します。

地球の裏側に暮らしていた(遺伝的には同じくモンゴロイドですが)文化的に大きく異なる人々の研究は、ナショナリズムやイデオロギーに左右されない歴史観を養ってくれます。考古学は、アメリカでは人類学というカテゴリーに分類され、「人間とは何か」という壮大なテーマに挑む学問の一部です。人類学としての考古学は、文化間の違いを理解する上で重要な視座も与えてくれます。そして何よりも、今まで知らなかった世界を知ることは純粋に楽しい。

「発掘資金を募っている」なんて言っても、やはり10人のうち8~9人には批判されるでしょう。いや、批判はもっと多いかもしれない。しかし日本には一億三千万もの人が暮らしています。たとえ10人のうち1人からしか賛同を得られなくとも、一千三百万人もの人を味方につけられる計算になります。これまでに50名の方々からご支援いただき、支援金は873,800円に達しました(4月10日現在)。

支援を募り始めて30日で目標額130万円の67%を達成したことになります。500人の目に触れて、50人が支援してくれた、それだけでも十分に凄いことだと思っています(実際にはそんなに単純な計算では説明できませんが)。

その一方で、考古学が正当な評価を受けていないのではないかと思うこともあります。考古学を、恐竜を発掘する古生物学と混同している人たちもまだ少なくありません。現在の考古学研究に対する一般からの評価は、考古学が実際にどのように認知されているのか、ということに深く関連しているのでしょう。

 

あまり知られていない考古学の素顔

考古学の一分野に「パブリック考古学」というものがあります。簡単に言ってしまえば、「広報活動」を扱う分野です。定義としては、「考古学者たちが調査によって明らかにした発見や、その解釈を含めた関連情報を様々な媒体を通じて世間一般に広く広めていくことによって、人々の関心を集めるだけでなく、文化財に対する意識を高めていくことを目的とするもの」といった感じになります。ちなみにパブリック考古学はアメリカでの呼称で、英国ではコミュニティ考古学と呼ばれているそうです。

私はまだまだ駆け出しで、あまり多くを語れるような研究者ではないのですが、自分が積み上げてきたすべてを社会に還元していきたいと考えています。まだ多くは語れないにしても、世間一般との対話を求めていく姿勢はとても重要だと思っていて、これまでにもそういう活動に時間を費やしてきました。

たとえばハーバード大学の研究所にいた頃は、娘の学校で小学生を相手に「考古学ってなんだろう?」というテーマでお話したり、アマチュア考古学者が集う研究会で自分の研究内容についてお話したり、日本への一時帰国時には、上野の国立科学博物館で講演をさせていただいたこともありました。アメリカ国立科学財団のようなところから、税金の一部を研究費として頂いて、発掘やら分析をさせてもらっているのだから当然だろうと思います。

ところが、人前で話してみて思ったことは、一般の人々は考古学者が面白いと思うようなことにはどちらかと言うと無関心で、もっとロマンを感じられるような壮大で分かりやすいストーリーを欲しているのかも、ということでした。それでパブリック考古学への情熱が萎えてしまった時期がありました。

どうしたら考古学を考古学者が面白いと思えるような形で世間一般の方々にも楽しんでいただけるだろうか。いろいろ考えました。そして最近になってようやくひとつ答えが見つかり、萎えてしまっていたパブリック考古学への気持ちが少しずつ盛り返してきました。出た答えは単純なものでした。実際に現地に来てもらって、「どのような目的でどこを掘り、何が見つかって、それを詳しく分析したらこういうことが分かったので、こういう解釈になった」という一連の作業を間近で見てもらえれば、私たちと近い視点で考古学を見てもらえるのではないかと思ったのです。

そんな矢先、先述のacademistについて知りました。「関心を共有できる人たちから資金援助をしてもらって、できることなら発掘自体も手伝ってもらおう」と思い、挑戦することになりました。ご支援いただいた見返りに「発掘参加できるオプション」を盛り込んだのはそういう経緯からです。

ですから、今回の挑戦がうまくいって調査費用を獲得し、一般参加者とともに発掘ができた暁には、パブリック考古学に対する私なりのひとつの答えが出せることになると思います。自らの五感を持って体験していただくことで、参加者の方々にも、私たち考古学者だけが知っている興奮と喜びを知っていただけるのではないかと期待しています。

 

※本記事は2015年4月21日にCredoにて掲載された記事の転載です。

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【academistプロジェクト】南米先史社会「シカン」の発展と衰退の謎を解明したい

この記事を書いた人

松本剛
松本剛
日本学術振興会特別研究員PD(山形大学人文学部所属)。人類学博士。ハーバード大学ダンバートンオークス研究所ジュニアフェロー、南イリノイ大学非常勤講師などを経て、現職。南米アンデスの先史時代が専門。これまで、宗教やイデオロギーが社会の成立・発展・衰退のプロセスにおいて果たす役割を明らかにすべく、ペルー海岸地帯の祭祀遺跡での調査に従事。博士論文プロジェクトでは、多民族社会「シカン」の祖先崇拝信仰と関連儀礼を物的痕跡から復元し、その意味の解明を試みた。過去の発表論文はこちら