コロナ禍に伴い、研究活動や大学教育のオンライン化が急速に進もうとしている。しかしオンライン化の動きは、オープンサイエンスの文脈ではすでにはじまっており、特に研究者以外の人々がインターネットを通じて研究に参画する「シチズンサイエンス」は欧米を起点に盛り上がりを見せている。ポストコロナ時代において、研究活動や大学教育はどこまでオンラインに移行していくのだろうか。そしてそのときの大学の価値とは何であり、今後どのように担保されていくのだろうか。

このようなオンライン時代のアカデミアについて議論することを目的に、若手研究者有志を中心として「オンライン時代のアカデミアとは何か?– オープンサイエンス ワークショップ2020」が開催された。当日は、吉見俊哉氏(東京大学)、川口康平氏(香港科技大学)、小野英理氏(京都大学)によるそれぞれ20分間の話題提供の後に、片野晃輔氏(MIT Media Lab)、柴藤亮介(アカデミスト)を加え、林和弘氏(文部科学省NISTEP)のモデレートによるパネルディスカッションが行われた。本レポート記事では、パネルディスカッション「オンライン時代におけるアカデミアの価値と未来」の様子をお届けしたい。

文部科学省NISTEP・林和弘氏によるモデレートで2時間のパネルディスカッションが行われた

オンライン授業の現状と課題

はじめにモデレーターの林氏より、コロナ禍に伴い各大学が取り組みはじめている「オンライン授業」というキーワードが提示された。実はコロナ禍以前から、政治的な事情によりオンライン化が進んでいた国がある。川口氏が居住する香港だ。香港の大学では、昨年11月中旬にオンライン授業が導入されており、現在もその状況が続いている。オンライン授業の導入に対して川口氏は、「Zoomの導入が1週間で実現できたこともあり、オンラインに移行する苦労はあまり感じませんでした。学生アンケートでは、6割の学生が対面型授業と同じくらい良いと、1割の学生が対面型以上に良いと回答しているように、講義自体には大きな問題はないのですが、試験の実施方法には課題が残っていますね」と香港科技大の現状を共有した。

それに対して吉見氏は、オンライン授業で感じた「気楽に参加できる」「OB・OGが参加できる」「世界中から参加できる」という3つの強みと「講義へのコミットメントが低下する」「緊張感を保ちにくくなる」という2つの課題について紹介したうえで、「既存の枠組みを補填する手段としてのオンライン授業ではなく、オンライン化の先にある新しいゼミ、新しい講義、新しい大学のありかたを考えていくことが重要だと思います」とコメントした。

香港の大学では昨年11月中旬にオンライン授業が導入された

それでは、授業を受ける側はオンライン化をどのように捉えているのだろうか。片野氏は高校卒業後、MIT Media Labをはじめ、さまざまなコミュニティに所属しながら「野生の研究者」として研究を進めている。そんな片野氏は、高校生のころから「Journal of Visualized Experiment」等のオンラインツールを活用し、実験の基礎的なスキルセットを学んできたそうだ。また、面白い思想を持つ研究者をTwitter等で見つけてはアポイントを取り議論を繰り返していくことで、自分の好きな研究とそうではない研究の違いをはっきりさせてきたという。オンラインの強みを存分に活かした片野氏の生きかたは、これから研究者を目指す中高生にとっての重要なロールモデルになるのかもしれない。

市民を巻き込んだ研究プロジェクトの可能性

一般市民が研究に参画するシチズンサイエンスはすでにオンラインで展開されている。これまでオープンサイエンス・ミートアップで30回近くイベントを開催してきた小野氏によると、日本でも銀河の画像を分類する「GALAXY CRUISE」や古文献から災害情報を読み解く「みんなで翻刻」等のプロジェクトが動いており、少しずつシチズンサイエンスが普及してきている様子が伺える。研究者が研究者以外の人々と一緒に研究を進めることは、研究が進展するだけではなく、研究に参加した人たちに対する教育効果があることもアメリカでは注目されていると小野氏は指摘する。

京都大学・小野英理氏。国内外のシチズンサイエンスの動向を追いながらその可能性を模索する

シチズンサイエンスよりも研究者との距離がより近い形で、研究者と一般市民が関わることも増えてくるだろう。たとえば、政策や経営に課題を抱える企業人が研究者をアドバイザーとしてチームに加え、共に企業価値の向上を目指すというコラボレーションだ。他にも、社会運動を進める団体が政府に声を届けるレポートを作成する際に、経済学者のサポートを得ることで、主張に説得力を持たせることもできそうだと川口氏はいう。研究者と一般市民の垣根をなくす方法としてのオンライン化はまだまだ開拓の余地はありそうだ。

国立天文台が運営する市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE

大学の本質とは?

ワークショップの後半では、学問を行う場所である大学の本質に関する議論が行われた。学問の効用に関して川口氏は、次のように語る。

「コロナ禍のような未曾有の問題を自分の知識に基づいて well-defined な問題に書き下し、何ができるかを考えられるようになったのは、学問をやっていたおかげだと思っています。大学は学問を身に付ける装置と捉えることができると思います」(川口氏)

片野氏は、大学は高速レーンであり目的が明確であれば高速で手法を身に付けることができる特徴にふれたうえで、MIT Media Lab で開催する『GLOBAL COMMUNITY BIO SUMMIT』の主催経験をもとに別の観点からコメントを寄せた。

「たとえばガーナでは研究のリソースの断絶があり、高度な研究ができる環境とは言えません。ただ、自然をみて些細な機微を感じることが研究の出発点なので、純粋な気持ちで自然と向き合っている人からは、環境に関係なく最先端研究が生まれるように思っています」(片野氏)

高度化する研究領域には大量のリソースが投入されているが、それは過去の最先端のひとつのブランチでしかないこともある。本当に「良い」研究とは何なのか。大学の本質を考えるうえでは欠かせない論点だ。

「野生の研究者」として活躍する MIT Media Lab・片野晃輔氏

また小野氏からは、Wikipediaによる知の形成に関して触れられた。近年のWikipediaの発展により、私たちは膨大な情報を互いに関連性を持った形で取得することができるようになった。それではWikipediaの発展によって、だれもが知を自由に獲得できるようになったのだろうか。この点に関して吉見氏は「Wikipediaは究極の集合知であり、同時代の人たちが大きな価値を生み出していることには間違いはありません。しかしWikipediaのような水平知に加えて、時間的に蓄積されたデータや知識こそが決定的に重要です。知を体系的に継承するには両者を照らし合わせて検証される形でなくてはなりません」と主張する。大学の本質を考えるうえでは、図書館や博物館などのように「知の貯蔵庫としての大学」の見方、すなわちデジタルアーカイブの視点が重要であるといえる。

さらに吉見氏からは、歴史的にみた大学(University)の本質について語られた。

「中世以降の大学は、2種類の知を生み出す役割を担ってきました。ひとつは目的のために役に立つ知です。つまり、目的は社会から与えられて、大学は『目的を達成する知』を提供するということです。しかしそれだけでは大学である必要はなく、専門学校で良いんです。大学では、目的を超えることが必要です。誰もが当たり前と思える目的を内部から問い直し、新しい価値を創出する。私はこれを『価値創造的な知』と呼んでいるのでが、大学の知が『役に立つ』というときには、目的に対して役に立つだけではなく、目的を変えていくことに対して役に立つということでもあります。後者の知は哲学や理学のようなリベラルアーツの知であり、私は大学の根幹はリベラルな知にこそあると思います。今回のコロナ禍のように、人々の価値観が劇的に変わる転換は何十年に一度はあり、その価値転換を導く知は既存の価値観の延長線上にはありません。別の価値観軸へのジャンプを可能にするのが、リベラルということではないかと思います」(吉見氏)

オンライン時代に新しい大学はつくれるか

「これからの大学には思想が重要になるのではないか」と片野氏はいう。2つの大学のどちらで学びたいかを決める際、「この大学はこういう研究者がこんな考えかたで研究しているので進学したい」「この大学はこういう思想で組織がつくられているので自分との相性が良さそうだ」というように、大学のアウトプット群から浮かび上がる思想に人が集まるということだ。このコメントに対して川口氏は、Twitterで研究者の顔が見えるようになったおかげで、自身の学生時代と比べると研究者の思想は見えやすくなったと指摘する。

「私が学生時代は、本で知っていた著者が大学内を歩いているだけでも感動したものです。今後、Twitterのような新しいツールが出てきた際、研究者たちがそれぞれのベストプラクティスを発見していくことになれば、それらの集合体が大学になり得るのかもしれません」(川口氏)

先に吉見氏が説明したように、大学が「目的遂行的な有用性」と「価値創造的な有用性」の二軸を持つのは未来においても変わらないが、それを支えるベースは国民国家から地球社会(グローバル社会)へと移行する。その世界では、地球社会の「リベラルな知」「課題解決の知」の創造を担う「地球人」の創造が必要になると吉見氏はいう。22-23世紀の地球人をつくる思想こそが、次世代の大学の理念につながるのであろう。「コロナ禍により気持ちが暗くなる現在だからこそ、理想を追求したオンライン大学に未来を託したい」という吉見氏の力強い言葉によりパネルディスカッションは幕を閉じた。

東京大学・吉見俊哉氏。「大学の理想を追求したオンライン大学に未来を託したい」と力強く述べた

オンライン大学の実現に向けて

アカデミストは現在「研究者がいきる、私たちがつなぐ。」をミッションに academistacademist Journal を運営している。両者のサービスに共通して言えることは、研究者の魅力を引き出して広くさまざまな人たちに届けるということだ。そして届けた後には、研究が次なるステップに進むことが重要だ。研究者がいきるようなつなぎ方ができてはじめて、私たちのミッションが達成できたといえる。

今回のワークショップを通じて、研究者がつながる場を「academist」「academist Journal」 だけではなく、オンライン大学という手段で実現するイメージを湧かせることができた。オンライン大学を通じて、学生や大学院生、社会人、企業など研究に関心をもつ多様なステークホルダーが研究者とつながり、程よい緊張関係を保ちながら知を創造するプロセスをデザインすることは、私たちがビジョンに掲げる「開かれた学術業界」を実現することそのものでもある。考えるべき論点は尽きないが、形にすることで一気に視界が晴れることもある。議論だけで閉じるのではなく、オンライン時代におけるアカデミアの価値の可視化に挑戦し、未来に向けて小さな一歩を踏み出していきたい。

当日の懇親会の様子。リアルタイムで常に150名近くの人たちが参加する会になった。

この記事を書いた人

柴藤 亮介
柴藤 亮介
アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。