今回インタビューするのは東京大学の博士課程で社会ネットワーク理論を研究する前嶋直樹さん。大学院で研究を続ける一方で、クラウド名刺管理サービスを提供するSansanにて、機械学習や画像処理などのエンジニアに囲まれながら働く社会科学系のデータサイエンティストでもあります。

まだまだ聞きなれない、社会科学をバックグラウンドとしたデータサイエンティスト。ほかにはないキャリアを歩む前嶋氏に、研究や仕事のこと、そしてそうしたキャリアを歩むにいたった経緯についてお話を伺いました。

前嶋直樹氏プロフィール

社会ネットワーク理論が専門。Sansanのデータ統括部門であるDSOC(Data Strategy & Operation Center)に社会科学系データサイエンティストとして参画。現在は東京大学の博士課程に在籍しながら、研究で培った社会ネットワーク理論の知見を用いて、新規サービスの開発に従事している。Sansan Builders Boxにて研究にまつわるブログ連載を執筆するなど社会科学のアウトリーチ活動にも積極的で、近日「社会科学はAI時代にどのような価値を生み出せるか?」を考えるコミュニティ”SocSci”を旗揚げする。

人と人のつながりを研究する社会ネットワーク理論

——まずはじめに大学院ではどういう研究をされているのか教えてください。

私は社会ネットワーク理論を専門にしていて、これまでホモフィリー、つまり同じ属性を持つ人同士がつながりやすいという傾向について研究をしてきました。一般のメディアではよく「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」という言葉を聞きますよね。同じような意見に囲まれていると、その信念が強化されて異質なものを取り入れなくなり、その信念がさらに強化されて社会的な分極化、分断につながることを指して用いられる言葉です。

そして、「その分断はまさにTwitterとかFacebookなどオンライン空間で起きているんだ」、「だからインターネットが社会を分断するんだ」、みたいな主張をよく聞くと思います。ただ、私はネットワーク形成のされ方はメディアによって違うのではないかと思い、調査をしてきました。

——社会的分断……たしかに最近よく聞きます。研究は実際にどのように進められたのですか。

ある高校のクラスのネットワークを調査しました。具体的には対面、LINE、Twitterで誰と連絡を取っているかなどを生徒に質問し、その3つのネットワークを調べました。それらのデータを統計的に解析すると、私がフィールドワークをしていたクラスでは対面だと男女間のつながりは少ないのですが、Twitterではやや多くなるという結果が出ました。さらには、オンラインにしかないつながりがあり、その多くは男女間のつながりだったことも明らかになりました。

この研究が示唆することは、現実空間とオンライン空間では分断のされ具合は違って見えるということです。現代を生きる人はさまざまなコミュニケーションメディアを使うわけなので、それらを総体的に考えないと、社会的分断の程度は評価できないよね、ということを論文で主張しました。

——現代を生きる人は利用するメディアによって、つながる人を巧みに変えている、と。たしかに実感にも合います。前嶋さんはもともとどのような経緯で社会ネットワーク理論を研究しようと思ったのですか。

個人的な興味の延長線上です。学校のクラスのなかで友達グループのようなものができることに対して小さいころから疑問を抱いていました。そんななか、その現象をフォーマルに記述できる社会ネットワーク理論に出会い、これはおもしろそうだなと思って研究するに至りました。

社会科学系のデータサイエンティストとして生きる

——前嶋さんは大学院に在籍しながら、現在Sansanに勤められてもいます。Sansanではどのような業務を行なっていますか。

私は社会科学系のデータサイエンティストという枠でSansanに入社しました。Sansanはクラウドの名刺管理サービスを提供している会社です。名刺交換のデータは人と人とが出会った証であり、それがひとつの社会ネットワークを構成するわけですが、私はそのデータを分析し、ユーザーに自身の人脈データをより有効に活用していただくためのアプリ開発やサービス開発を行なっています。

——社会科学系のデータサイエンティストという職種は、まだまだ聞きなれない人も多いと思います。社会科学のどのような知見がサービス開発に生かされているのでしょうか。

Sansanには、法人向けのクラウド名刺管理サービス「Sansan」と個人向け名刺アプリ「Eight」というサービスがあるのですが、法人向けの方にはさらに「Sansan Labs」という実験的なサービス群を提供するプラットフォームがあります。そのなかのひとつである「ビジネスマンタイプ分析」という、企業のなかで溜め込まれた名刺のデータからユーザーをプロファイリングして、自分や同僚の強みを知ったり、チーム編成に役立てることができるサービスをつくっています。人をネットワークデータからプロファイリングするという発想は、従来から心理学で盛んに行われていますが、社会学でも「どういう人がイノベーションを起こしやすいのか」などのテーマは、私の専門の社会ネットワーク理論で、昔から研究されてきました。

名刺は基本的に社外とのつながりを表すものに過ぎないと思われがちですが、実は社内のつながりも名刺から見ることができます。あるビジネスパーソンの社内でのポジションであったり、チームの結束力みたいなものも名刺だけである程度予想することができるのです。

「ビジネスマンタイプ分析」のサービスデモ画像

またFacebookやTwitterでも「知り合いかも?」みたいなサジェストが出てきて、Facebookだと高校の同級生が出てきたりしますよね。ただそれは既存の社会的なつながりをなぞっているに過ぎない部分があります。そうではなく、レコメンデーションによって実際の何らかの価値を生み出すネットワーク形成のお手伝いができるのではないか、と考えています。

——”運命の出会いを意図的につくりだす”ということが可能になろうとしているのですね。前嶋さんが所属するDSOCという主にデータ統括を行う部門にはエンジニアの方が多く在籍していますが、そのなかで前嶋さんたち社会科学者はどういった役割を期待されているのでしょうか。

DSOCの公式的な見解としては、社会学系のデータサイエンティストは「問いを生成する」ことが求められています。つまり、何が課題か、またはそれをどう学術的あるいはデータ分析の言葉に落とし込めばよいか、そうすると何が解決されるのか、という問いを考えることを期待されているのです。現状では、そうした役割を担えているかというと、まだ十分ではないとも考えています。ただ、データが持っている価値を最大限に発揮すること——そこに社会科学系のデータサイエンティストの強みやアイデンティティがあるのかなと思っています。

社会科学系のムーブメントをつくりたい

——今後はどういったことをしていきたいですか。

研究に関してはちゃんと論文を書いていきたいと思っています。社会ネットワーク理論の研究では「弱いつながり」と「強いつながり」のどちらが転職にとって重要なのかという未解決問題があります。研究を進めていくことで、それを解き明かせるのではないかと思っています。

それだけでなく、私は社会科学は論文を書くこと以外に役に立つのかということが個人的にとても気になっています。社会科学的な知見を生かしたサービス開発をどこまでできるのかという問いを抱きながら、引きつづきものづくりベースで仕事をしていきたいなと思っています。

——社会科学がどこまで「役に立つ」のか、前嶋さんが自らのキャリアのなかで検証しようとしているというわけですね。そのモチベーションはどこから来るのですか。

これは私の素朴な「思い込み」という面も否めないのですが、社会科学や人文学が人の役に立たないわけがない、と思っています。たとえば、哲学者デカルトの著作を読めば、疑うことの必要性と同時に、その果てしなさがわかります。

学問一般に通じますが、文章を書くことや先行研究を読むことが役に立たないわけはない。ただ、社会科学を学んだ人のスキルを生かした雇用先がないのが現状です。研究者以外に、研究で得たスキルをフルで活用できるような職業がないものか、ずっと疑問に思っています。

私たちがビジネスでは注目されてこなかった人たちに光を当てたり、社会科学全体の注目度を上げ、実際に役に立つということを示すことで、社会科学系のバックグラウンドを持った学生の新しいあり方をつくっていけるのではないかと思っています。

大学が縮小していこうとするなかで、そこで研究していた人たちの知を、どこで生かしていくべきか。まず社会科学や人文学とは一見無縁に見えるテック企業から、新しい姿を……というより本来の姿を示していきたい思っています。社会科学系の人材がいろんな企業で、いろんなアイデアを出して、いろんな事業をしていく——そういうムーブメントをつくれるといい。それがひとつの会社の利益だけでなく、全体最適につながっていけばいいなと考えています。

——社会科学系の学生に向けて一言メッセージをお願いします。

私が言えた立場ではないですが、研究は絶対に役に立つので研究しましょう、ということでしょうか。社会科学には無限の可能性があると思うので、私も含めみなさんの研究や仕事で「社会科学の力」を「社会の力」にしていければと思います。

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この記事を書いた人

荒井俊
荒井俊
東京大学大学院学際情報学府修士課程。学部では1年次から哲学の原書テクストを精読するゼミに参加し鍛えられ、ベルクソン哲学で卒論を執筆。現在は人文社会科学がどこから来てどこへ向かうのかについて関心があり、特にそれと社会との交差点であるメディアに照準を定めて研究を進めている。