アカデミアの世界から飛び出し、研究キャリアを生かしてさまざまなビジネスで活躍している方々を取り上げていく本連載。今回は、米国の民間企業 Spireで働く湯浅孝行さんにお話を伺いました。

Spireは、2012年に設立された小型人工衛星ビジネスを手がけるスタートアップ企業です。本社は米国サンフランシスコにありますが、現在は世界各国に拠点があり、湯浅さんはシンガポールのオフィスでソフトウェアエンジニアとして働いています。

もともとは宇宙航空研究開発機構(JAXA)や理化学研究所でX線天文学の研究に携わっていた湯浅さん。academistでクラウドファンディングに挑戦した雷雲プロジェクトのメンバーでもあります。当時の研究キャリアは、現在の仕事にどのようにつながっているのでしょうか。

湯浅孝行さん(写真は2015年10月にacademist Journal編集部が撮影したものです)

湯浅孝行博士プロフィール

X線天文学を専攻、博士(理学)取得。その後、JAXA宇宙科学研究所や理化学研究所で宇宙望遠鏡「ASTRO-H」などの開発に携わる。2016年4月に米国Spireにソフトウェアエンジニアとして参画。現在は同社にて、ソフトウェアや小型人工衛星の開発、データ解析などを手がける。

宇宙から地球を観測することで災害から人々を守る

——湯浅さんが現在所属されているSpireについて教えてください。

Spireは、船舶や航空機の位置情報や天気予報に役立つ気象データの収集・販売を行っている会社です。また、そのために小型人工衛星の開発も行っています。

船舶や航空機、気象などのデータを集めるには、ワインボトルと同じくらいのサイズの「Cubesat」とよばれる超小型人工衛星を利用します。たとえば船舶や航空機の位置情報は、それらが出している電波を小型人工衛星を使って宇宙空間でキャッチして、そのデータを解析することで得られます。

こうした情報を得るためには、小型人工衛星を開発して大量に宇宙へ打ち上げ、地球全体をカバーして観測できるようにしなければなりません。大型衛星は一機を開発するために数百億円のコストが掛かりますが、Cubesatの場合は大型衛星の1/100以下のコストで開発から打ち上げまでが可能となります。そのため、何十機、何百機という数を短期間で宇宙へ打ち上げることができるんです。特にSpireが取得している気象データは、データの数があればあるほど天気予報の精度が良くなっていくタイプのものですので、人工衛星の数とデータの量が非常に重要になります。船舶や航空機のトラッキングでも、人工衛星の数が多くなるだけ、地球上のさまざまな領域をタイムリーに観測できるようになるので有利です。

——宇宙ビジネスは世界的に成長してきていますし、Spireもその波に乗っていますよね。

私は2016年4月にSpireに入社しました。現在はアメリカ(サンフランシスコ、コロラド州ボールダー)、イギリス(グラスゴー)、シンガポール、ルクセンブルクにオフィスがあり、全体で約150人のメンバーが働いています。Spireは2014年から60機以上の衛星の打ち上げに成功しています。

——メンバーも衛星も着実に増えていますね。Spireで湯浅さんはどのようなお仕事をされているのですか。

私はソフトウェアエンジニアとして入社しました。主にGNSSの信号を用いて気象データを取得する衛星搭載センサーの開発・試験・運用をしています。X線天文学の研究に携わっていた経験をベースにして、ソフトウェア開発に加え、取得したデータの解析もしています。

——けっこう幅広い業務に携わられているんですね。もともとX線天文学の研究をされていたとのことですが、Spireに入社されたきっかけは何だったのですか?

X線天文学では、”宇宙の天文台”となる大型の人工衛星を打ち上げて、天体から放射されるX線を観測します。私は大学院時代を合わせると約10年間、X線を観測するための大型人工衛星の開発を行ってきました。2016年2月に打ち上げられたX線天文衛星「ASTRO-H」の開発にも関わっていました。しかし、2015年末にASTRO-Hがほとんど完成したタイミングで、大型人工衛星の開発に対して自分のなかでは「やりきったな」という思いを感じたんです。

そこで、開発から宇宙での観測、取得したデータが地上で活用されるまでのサイクルが短い小型人工衛星開発に興味を持ち、関連する企業を探していたところSpireの求人情報を見つけました。Spireで求められているスキルがちょうど自分が持っている技術とマッチしていたこともあり、応募してみたというわけです。シンガポールが好きだったので、シンガポールにオフィスがある会社で働いてみたいという気持ちもSpireを選んだ理由のひとつです。

——転職に対しては、新しいことにチャレンジしてみたいというポジティブな気持ちのほうが大きかったということでしょうか。

そうですね。もともと「せっかくの人生なので、いろいろな仕事をしてみたい」と思っていました。X線天文学はおもしろかったですが、直接的に社会の役に立つような学問ではありません。新しい仕事をするなら、次は実際の社会につながることをやってみたいという気持ちがありました。今私が関わっている気象観測は、ゲリラ豪雨や台風の進路予測の精度を上げていくことによって災害による被害を減らせたり、長期的な気候変動を詳細に理解するためのもととなるデータを提供できたりするという、社会や人類にとって大きなインパクトがあるので、やりがいがありますね。

 

キャリアチェンジ前後で変わったこと、変わらないこと

——日本のアカデミアから海外ベンチャーというキャリアチェンジは、端から見るとすごくギャップがあるように見えるのですが、実際に働いてみて働き方や考え方に違いはありますか。

すごく違うと言えたらよいのでしょうが、実はそこまで大きな違いはないんですよね……。ただし、人工衛星を打ち上げるサイクルは圧倒的に速いです。JAXAなどで開発する大型衛星のプロジェクトは少なくとも数年から10年程度の時間がかかります。もちろん、大きな人工衛星でしかできないような非常に高度な観測もあります。そのぶん開発に時間が掛かってしまうことが多くなります。

一方で、Cubesatをはじめとする小型人工衛星は一度設計が完了して量産体制にはいると、一機を組み上げるのに数週間程度しか掛かりません。たとえばSpireは2018年だけで7回の打ち上げ機会を通じて28機の衛星を打ち上げました。日々の仕事のなかで、ロケットの打ち上げが当たり前になってしまうくらい、開発と宇宙での運用のスピードが速いんです。

——打ち上げを日常的に行うというのは、大きな人工衛星ではなかなか難しいことですよね。

打ち上げる数が多いことで、開発の考え方も少し変わってきます。大きな人工衛星では、さまざまな試験・検証のステップを設けて、絶対に失敗がないように、さらに一度宇宙で動き始めたら、5年から10年程度は故障せずに動作することを目指して一機をつくっていきます。一方、小型人工衛星、とくにCubesatという重さ数kgのクラスの衛星は、たくさん打ち上げて衛星群(コンステレーション)を構築することが前提となります。

少数の衛星で一部の装置が故障しても衛星群の全体としては必要な性能を維持できるだろうという考え方で開発を進めていきます。さらに、常に最新のテクノロジーをタイムリーに取り込めるように、衛星のデザインも頻繁に改良して、古い衛星をどんどん置き換えていきます。全体として、非常にスピード感がありますね。

——とはいえ、転職前後であまりギャップは感じられていないということでしたが……。

Spireのソフトウエアエンジニアは、Webサービスや金融取引のソフトウェアを開発していた人、ゲームをつくっていた人など、さまざまなバックグラウンドをもっています。私の場合は、大学院〜研究員時代を通して、観測装置をつくるところから、実験をして、装置から出てきたデータを解析するところまでの作業をやらせてもらって、ものづくりからデータの活用まで、一連の流れを感覚的に理解することができました。宇宙の遠くにある天体と地球の気象というように、観測する対象は異なりますが、装置をつくったり、人工衛星を利用してデータを取得したりなど、大きな枠組みのなかでみるとやっていることはほとんど変わりません。

あとは、たとえば宇宙空間では、宇宙線が人工衛星の電子回路に影響を与えるので故障の原因になってしまいます。そういった現象に対して、物理プロセスを理解したうえで設計を検証・改良するときなどに、大学院や研究室で勉強していた知識が役に立っています。

——Spireのエンジニアは湯浅さんのような宇宙や物理の専門知識をもつ方が多いのかなと思っていたのですが、さまざまなバックグラウンドの方がいらっしゃるんですね。

もちろん人工衛星の専門知識を持った人や、地球科学や計算機科学の博士号を持った人もたくさん在籍しているのですが、全体としては経歴の多様性は高いように感じます。また、SpireのCEOは、大学院まで高エネルギー物理学の理論研究を行った後、戦略系コンサルティング企業や大手金融機関で働いていた経験がある人です。ビジネス経験のある人と技術力を持った人が同じ目標に向かって取り組んでいけることは、Spireの強みでもあり、おもしろいところだと考えています。

あとは、ゲームや金融取引のソフトウェアなどビジネスに直結するものをつくった経験のある人たちがチームにいることで、きちんと動いて、すぐに直せて、短期間で開発サイクルを回していけるようなソフトウェアをつくれるのも強みですね。

”世界初”をつくりつづける仕事

——今、お仕事をされていて、いちばんおもしろいなと思う瞬間はどういうときですか?

Twitterなどには気軽に書けないのですが、会社のなかでは世界で初めてということがたくさん起きています。自分の仕事が世界初の状況をつくることに関わっていて、しかもそれが頻繁に起きているというのは非常にエキサイティングですよね。世界中のほかの誰もやったことないことが、目の前で起きているんです。

でも、研究にもそういう状況ってあると思うんです。たとえば、私が関わっていたASTRO-H衛星に搭載されていた観測装置は世界を見渡してもほかにどこにもないものでしたし、性能も圧倒的に優れていました。自分のなかでは、今の仕事で感じる興奮は、研究をやっているときの感覚とほとんど同じです。

——たしかに、研究も”世界初”をつくりつづける仕事です。お話を聞いていて、今の湯浅さんのお仕事はその延長線上にあるように感じました。 最後に、キャリアを考える読者のみなさんへメッセージをお願いします。

なにか「ほかの人に比べてこれだけは世界一できます」という能力を身につけていると、自分のしたい仕事が選びやすくなるかなと思います。これは趣味の問題かもしれませんが、流行りの分野に参入してたくさんのライバルと競争するよりも、世界で誰もまだやっていないようなことをやっている会社を見つけて参加するほうが、やりがいを感じられるかもしれません。あとは、宇宙ビジネスに限らず、世界には新しいことに取り組んでいるスタートアップがたくさんあるので、働く場所として日本だけではなく世界に目を向けてみるのもよいでしょう。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/