空気中の窒素を自ら肥料に変換して生育する「窒素固定作物」。名古屋大学大学院生命農学研究科 藤田祐一教授は、そんな夢のような植物の創出を目指している。実現のカギとなるのが、一部の原核生物がもつニトロゲナーゼという酵素だ。ニトロゲナーゼは、大気中の窒素を還元してアンモニアに変換する能力をもつ。藤田教授は、葉緑体のモデルとなるシアノバクテリアや、モデル植物として広く研究に利用されているシロイヌナズナでニトロゲナーゼを作動させられるよう、研究を進める。

ニトロゲナーゼとの出会いとなった藤田教授の大学院生時代の研究について振り返った前編に続き、後編では窒素固定作物実現に向けた研究の現在地と実用化までの展望について聞いた。

ゼニゴケにはあってタバコにはない遺伝子を追求したら、100年越しの謎が解明できた – 名古屋大・藤田祐一教授インタビュー【前編】

“酵素のエベレスト”ニトロゲナーゼを利用し、環境・エネルギー問題に挑む

——academist Journalの研究コラムでご紹介いただいた窒素固定作物創出に向けた研究 でも、ニトロゲナーゼに着目されていますね。

ニトロゲナーゼは、Feタンパク質とMoFeタンパク質という2つのタンパク質成分から構成されています。Feタンパク質は、ATPを加水分解して窒素の還元に必要とされる電子を供給するはたらきを担います。一方のMoFeタンパク質は、FeMo-coという金属触媒(モリブデン、鉄、硫黄、炭素、有機酸から構成される複雑な金属錯体)を利用してFeタンパク質から送られてきた電子を使って実際に窒素分子の還元を行います。

ニトロゲナーゼは、研究対象としてトップクラスに難しい酵素で”酵素のエベレスト”とも呼ばれています。ニトロゲナーゼの生化学的・生物物理学的な研究はほとんど米国のグループが主導している状況です。私たちは、ニトロゲナーゼを利用する方向に研究を展開しています。たとえば、ニトロゲナーゼをイネの細胞で作動させることができれば、空気中の窒素を自前の酵素でアンモニアに変換し、イネ自身の窒素肥料にできるようなお米を作れるようになります。これが現在実現に向けて研究に取り組む「窒素固定作物」のコンセプトです。

ひとつの酵素を植物で発現させるだけなので一見簡単なように思えますが、ニトロゲナーゼは大変特殊な性質をもっているため、多くの課題があります。大きなハードルのひとつは、ニトロゲナーゼ自身が酸素に弱いこと。空気中に21%も含まれる酸素に弱いのはもちろんですが、植物は光合成で酸素をつくっているわけですから、植物の細胞のなかでどのようにしてニトロゲナーゼを機能させるかということは、極めて難しい問題です。また、ニトロゲナーゼの活性中心であるFeMo-coを生合成するためには、多数の遺伝子が必要になります。こうした遺伝子を植物に導入し、さらに発現調節まできちんと行わなければならないことも、窒素固定作物創出に向けた大きな課題となります。

ニトロゲナーゼの構造とそこで起きる反応

——もし窒素固定作物が実用化できた場合、社会にはどれだけのインパクトがあるとお考えですか。

エネルギーや環境負荷の問題を大きく緩和できると考えています。植物は、アンモニウムイオンまたは硝酸イオンを窒素源として生育しており、自然界ではこれらの窒素源は必ずしも充分ではありません。このため、植物・作物から十分な収穫量を得るには、人工的に窒素肥料を加えなければなりません。この窒素肥料をつくるための手段が、ハーバー・ボッシュ法として知られる工業的窒素固定です。

工業的窒素固定では、金属触媒存在下で空気中の窒素分子を500-600℃・200-500気圧という条件で水素と反応させ、アンモニアをつくります。この過程には大規模なプラントが必要で、全世界の人間が消費するエネルギーの2-3%程度にもおよぶ大量のエネルギーを消費しているともいわれています。

1940年代から1960年代にかけて穀物の大量増産を達成した「緑の革命」は、このハーバー・ボッシュ法に基づく工業的窒素固定の開発により大量の窒素肥料が利用可能になったことが前提にあります。その結果として、現在の世界人口の約半分は、ハーバー・ボッシュ法による窒素肥料供給で支えられていると試算した研究もあります。ハーバー・ボッシュ法がなければ、現在の世界人口は30億人前後にしか到達していなかったということです。

このように世界の人口増加を支える工業的窒素固定ですが、実は窒素の利用効率の低さが課題となっています。約1億トンの窒素がハーバー・ボッシュ法でつくられ農業に利用されているものの、そのうち1700万トンしか穀物や乳製品、肉製品として固定されていないという報告もあります。

では、残りはどうなっているかというと、環境に流出するしかありません。その結果、窒素肥料の成分が酸化され硝酸になり水質汚染や土壌酸性化を招きます。また、生物によっては窒素が欠乏している条件に適応して暮らしているものもたくさんいるので、そこに大量に窒素肥料が流入して富栄養化が進むと、窒素が多く含まれる環境で生育する生物が進出し、もといた生物が絶滅してしまうおそれもあります。さらに、土壌に残った窒素肥料成分は、土壌の微生物の脱窒作用によって窒素分子に変換されますが、この過程でCO2の300倍もの温室効果を示す亜酸化窒素が生じてしまい、温暖化を加速させているのではないかという指摘もあります。

——そこで先生は、エネルギー・環境的に優れた生物学的窒素固定を利用しようとされているわけですね。

田植え前の時期にレンゲソウが一面に咲いて田んぼがピンクに染まった景色をご覧になったことがありませんか? レンゲソウは根の部分に根粒菌を共生させています。この根粒菌が窒素固定を行うことで、土壌を肥沃にしてくれるんです。これもひとつの生物学的窒素固定の利用例です。

生物学的窒素固定は、ハーバー・ボッシュ法と同じく窒素分子がアンモニアに変わる反応ですが、常温常圧で進行します。この反応を、ニトロゲナーゼが駆動しているというわけです。ニトロゲナーゼは、エネルギー問題を解決するカギとなるかもしれません。

工業的窒素固定(ハーバー・ボッシュ法)と生物学的窒素固定

原核生物しかもたないニトロゲナーゼを植物で機能させるには

——藤田先生は現在、窒素固定性シアノバクテリアのニトロゲナーゼ遺伝子を、もともと窒素固定の能力をもたないシアノバクテリアに導入することで窒素固定能を付与する研究を進められています。

窒素固定性シアノバクテリアは唯一、窒素固定と光合成とを両立させている生物です。さらに、シアノバクテリアは葉緑体の祖先となる生物なので、植物の葉緑体のモデルとしても活用できる可能性があります。

窒素固定作物をつくりたいのであれば、ニトロゲナーゼ遺伝子を直接植物に導入すればよいのですぐに実現できるのでは? と思われる方もいるかもしれません。しかし、ニトロゲナーゼをつくるためには多くの遺伝子が必要なうえに、実際に植物の細胞で作動させるためにどれだけの遺伝子があればよいのかということも完全にはわかっていません。ですので、一足飛びに植物の葉緑体DNAやゲノムの遺伝子を操作するのではなく、遺伝子操作が容易なシアノバクテリアでモデル実験を行い、ニトロゲナーゼの合成にはどれだけの遺伝子が必要かということを絞り込んだうえで、実際の植物へ移行していこうという戦略をとっています。

さきほど、窒素固定性シアノバクテリアは唯一、窒素固定と光合成とを両立させている生物と言いましたが、シアノバクテリアのおおむね半数の種が窒素固定能をもちます。しかし、残りの半数種は窒素固定能をもっていません。この違いを利用して、窒素固定性シアノバクテリアのニトロゲナーゼ遺伝子を、窒素固定をしないシアノバクテリアに導入して、窒素固定能を付与しようという実験を始めました。

これまでの研究では、窒素固定しないシアノバクテリアにニトロゲナーゼ遺伝子と転写制御タンパク質の遺伝子を導入し、3種類の形質転換体を得ました。残念ながら、いずれの形質転換体も窒素固定的条件では生育することができませんでした。この結果にはずいぶん落胆していましたが、さらに詳しく調べてみると、これらの形質転換体で野生型にはまったく見られないニトロゲナーゼ活性を検出することができました。ただ、窒素固定性シアノバクテリアの活性と比較すると、なんとわずか0.3%程度(乾燥重量比)。こんなに低い活性では窒素固定で生育できるとは思えません。なかなか思うようにはいかないものです。今後は形質転換体のニトロゲナーゼ活性を高めて、窒素固定性シアノバクテリアの10%程度まで向上させることを目指します。そうすれば、窒素固定的条件で生育できる可能性がみえてくると考えています。

——ここまでは、academist Journalのコラムでもご紹介いただきましたね。形質転換体のニトロゲナーゼ活性を高めるという課題の解決に向けて、現在はどのような取り組みをされていますか。

ニトロゲナーゼの活性を向上させるために有用と思われる遺伝子をさらに加えてみています。たとえば、ニトロゲナーゼはやはり酸素に弱いですので、酸素を除去するために、呼吸の遺伝子や活性酸素を効率的に除去する遺伝子を導入してみています。さらに、糖や有機酸を添加することで代謝・呼吸を促進させる試みも行っています。また、ニトロゲナーゼ自体の量が少ない可能性もあります。ニトロゲナーゼの遺伝子の発現は、その転写制御タンパク質が、細胞の窒素が不足しているというシグナルを感知することで大きく高まるので、この窒素不足シグナルを強化していくことで、ニトロゲナーゼの発現レベルを高めるというアプローチも考えられます。現在はこの3点を突き詰めることで、ニトロゲナーゼ活性の向上を図っているところです。

窒素固定作物の実用化に向けた道のり

——窒素固定作物の実現に向けて、今後はどのように研究を展開されていきますか。

各種モデル生物を活用して、多面的なアプローチで進めているところです。実は私たちは、シアノバクテリアの窒素固定の研究と同時に、モデル植物であるシロイヌナズナや葉緑体のモデルとして知られるクラミドモナスへの遺伝子導入も試みています。また、関連タンパク質の構造解析も並行して進めています。

——実用化に向けてはその先にどんなステップがありますか。

まずは、2023年を目途に窒素固定植物の実現を目指しています。ただ、これがもし実現できたとしてもこの段階ではまだモデル植物に窒素固定能が付与されたという状況です。もちろんこの窒素固定植物が実際にどれだけの窒素肥料を削減可能なのかきちんと評価をする必要がありますし、実際の野外環境で利用可能かどうかも調べなければいけません。それをさらに実用植物へと展開していき、安全性の評価なども行い、有用な遺伝子組換え作物として社会に受け入れてもらう必要もあります。ざっと考えただけでも多くの関門があります。ただし、これはいけそうだという道筋がみえてきて、多くの民間会社が参入し大きな人的リソースが提供されるようになれば、一気に実用化へと進んでいく可能性もあると考えています。

基礎研究だからこそ見落としていることもある

——藤田先生とニトロゲナーゼとの縁は、大学院生時代の研究から続いています。そこに何か特別な思いがあったりするのでしょうか。

学部や修士課程で初めて研究に携わったときの研究対象や研究材料って、やはり強い愛着を感じますよね。さまざまな経緯でそこから別の分野や対象、研究材料に移っていった研究者でも、一番はじめに研究で取り組んだことに愛着をもたれている方は多いのではないでしょうか。私は幸運にもたまたま研究を始めたときの研究対象がいろんな方面へ展開してきたので、ずっと続けてこられました。

博士課程に進学するときに、これからの3年間でこの遺伝子の機能を明らかにすることを目標に掲げました。もちろん不安もありましたが、これだけニトロゲナーゼと似ているのだから何か重要な機能をもっているに違いないと信じていました。ですが、ようやくfrxC欠損株を単離したのにその形質がまったく見られなかったときは、結局は特に重要な遺伝子ではなかったのか……と、かなり落ち込みました。けれど、何か見落としていることはないか、という思いで、暗所での培養を調べてみたことが突破口になり、機能の解明につながったわけです。その後も、この研究を起点に粘り強く研究に取り組んできたことで、おもしろいことがいろいろと明らかになってきました。もちろん自分だけの力でできたわけではなく、指導教員、共同研究者、学生さんに助けられてのことです。その意味で、研究材料だけでなく周囲の人にも恵まれいろいろ研究を発展させることができました。

——窒素固定作物の研究は比較的出口思考が求められる一方で、大学院生時代のご研究は知的好奇心がもとになっている基礎的な研究ですよね。クロロフィル生合成に関する研究にも引き続き取り組まれているなかで、どのように基礎と応用のバランス感を保っていらっしゃるのか気になりました。

私は出身が理学部ですので、やはりモチベーションとして知的好奇心は大きいですね。現在の所属である農学部に来てずいぶん経ちますが、理学部的な思考は依然としてもっています。ただ、農学部としてのあり方を学ぶなかで、基礎的なことを念頭に置きながらも、何らかの応用的な展開ができればと、今でも模索しているところです。

ただ、基礎研究がおもしろいという気持ちももちろんあるのですが、基礎研究だからこそ見落としていることも多いと思うんです。他の先生方も指摘されていますが、応用研究に取り組んでみて初めて「あれ、これ基礎研究として解決すべきこととちゃうか」と気がつくこともあるんですよね。ですので、あまり一面に偏らず、応用面から基礎を見るという視点も大事だと感じています。私の研究室では、まさに応用的な視点を踏まえつつ、基礎的な部分にもしっかりと取り組み、応用と基礎を往復しながら研究を進めています。

編集部注:取材はオンラインミーティングツールでご対応いただきました。

名古屋大学大学院生命農学研究科 藤田祐一教授 プロフィール
1991年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。大阪大学蛋白質研究所助手、米国インディアナ大学生物学科客員研究員、名古屋大学大学院生命農学研究科助教授、同准教授を経て、2016年より現職。2008年から2012年までJST戦略的創造研究推進事業さきがけ「光の利用と物質材料・生命機能」研究者(兼任)。

この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/