本稿では、地方自治体の広報誌に掲載された、1979年から2018年に生まれた新生児の名前を分析し、40年間にわたって、個性的な名前の割合が増加していることを明らかにした論文を、領域外の方にも理解していただけるように紹介しています。特に、日本の名前研究を進めることの難しさと、それをどのように解決してきたのかについて、やや詳しく説明しています。紹介している論文はオープンアクセスですので、どなたでもお読みいただけます。本稿では、「名前」と表記した際には、氏名の「名」(ファーストネーム)を意味しています。

概要

地方自治体の広報誌に掲載された、1979年から2018年に生まれた新生児の名前を対象に、個性的な名前の割合の経時的変化を分析しました。その分析の結果、個性的な名前の割合は40年間にわたって増加していました。個性や他者との違いを重視し強調する方向に、日本文化が徐々に変容していることを示唆しています。先行研究で示されていた2000年代以降だけでなく、1980年代から個性的な名前は増加していました。個性的な名前の増加は、近年の新しい現象ではなく、少なくとも40年前から見られる現象と考えられます。本研究結果は、日本における名前や名づけの変化だけでなく、日本社会・文化の変容の理解にも貢献します。

先行研究:2000年代以降の個性的な名前の増加

これまでの研究では、企業が公開している2004年から2018年に生まれた新生児の名前データを分析することによって、個性的な名前の割合が増加していることが示されてきました。

しかし、長期的な変化については分析されておらず、2000年代以前から個性的な名前の割合が増加しているかは検討されていませんでした。個性的な名前の増加は、2000年代以前は見られず、2000年代以降になって初めて見られるようになった現象である可能性もあります。関連して、広義で個性的な珍しい名前を意味する「キラキラネーム」という言葉が2010年頃から一般的にも広く使用されるようになりました。こうした変化が示す通り、個性的な名前の増加はここ10年間程で生じ始めた新しい現象なのかもしれません。

個性的な名前の割合が増加しているかどうかを検討することは、日本における名前や名づけの変化だけでなく、個性や他者との違いをより強調する方向への日本文化の変容を理解することにも貢献します。

そこで本研究では、先行研究で用いられた名前データではなく、地方自治体の広報誌に掲載された新生児の名前を収集することで、40年間というより長期間にわたって、個性的な名前の割合の経時的変化を検討しました。

方法:日本の名前研究を進めることの難しさとその解決方法

アメリカや中国と異なり、日本では名前の包括的・組織的なデータベースが(少なくとも今のところ)ありません。そのため、先行研究では企業が収集・公開しているデータを分析していました。それゆえに、長期的な変化については検討されていませんでした。名前は個人情報の最たるものであり、一定量以上の名前を過去から現在まで、組織的に収集することは困難な作業といえます。

そこで本研究では、より長期間にわたって新生児の名前を収集できる媒体として、地方自治体が公刊している広報誌に注目しました。広報誌は、出生や死亡、婚姻といった自治体構成員に関する重要な情報を整理し、自治体内で共有する機能を持っています。そして、歴史や文化を含めたその自治体の情報を、自治体内だけでなく自治体外にも伝えていくために、過去から現在までの広報誌を広く公開していることがあります。

こうした地方自治体の広報誌を用いて妥当な分析を行うために、一定の条件を満たした広報誌を収集しました。具体的には、次の3つの条件を満たす広報誌を、全国各地の地方自治体ウェブページから収集しました。

1) 新生児の名前の表記と読みが明記されている
2) 新生児の名前を1年間に30件以上掲載している
3) 新生児の名前を25年間以上同一条件で掲載し続けている

それぞれの点について特有の困難さがあり、これらすべての条件を満たす広報誌を見つけることは容易ではありませんでした。たとえば、1) 古い広報誌には、名前の表記はあるが、読みが記されていないことが多い、2) 出生数が大幅に低下しているため、新しい広報誌では、年間掲載数が30件に満たないことが多い、3) 個人情報に対する考え方の変化もあり、新生児の名前の掲載方法を変更している自治体が多い、ことが挙げられます。1の変化は特に興味深く、このこと自体が、個性的な名前の読みが増えたために、名前の読みを明記する必要性が高まったことを意味しているのかもしれません。こうした難しさがありながらも、北海道から九州にわたる全国から、都市部・地方、内陸部・沿岸地域など、多様な地方自治体が発行する10の広報誌を分析対象としました。

さらに、分析対象となる広報誌が決まっても、そこから大量の名前を正確にデータ化することは、大変な作業でした。たとえば、近年の広報誌は電子テキストが埋め込まれているものも多いですが、80年代や90年代の広報誌は、紙媒体の広報誌をスキャンして画像化されたもの(住民の方のメモや生活の痕跡が伺えるものもありました)が多く、そこから新生児の名前を正確に抜き出すことは困難でした。OCR(光学文字認識)は適用が困難だったため、手作業で名前の入力を行いました。名前の表記を入力する際に、ある読みに対して多数の漢字の選択肢がある場合も多く、正しい漢字の選択に時間がかかりました。また、近年の名前は、漢字の一般的な読みとは異なる読み方をしていることも多く(近年の個性的な名前の特徴については、こちらの論文をご覧ください)、実際の名前の読みとは異なる入力を行い、それを漢字変換することが必要とされる場合も多々ありました。加えて、「崚」(リョウ)・「稜」(リョウ)・「凌」(リョウ)・「陵」(リョウ)・「綾」(あや)・「峻」(シュン)や「己」(コ・キ)と「已」(イ)と「巳」(み)と「巴」(ともえ)といった見た目の似た異なる漢字の区別、「凛」と「凜」や「遙」と「遥」といった旧字体と新字体の区別も必要であり、注意深い作業が必要となりました。そして、入力されたデータに対して、誤りがないか念入りに確認を行いました。

こうして収集された、1979年から2018年に広報誌に掲載された新生児の名前58,485件を対象に分析を行いました。これらの名前は、出生届によって地方自治体に提出されたものであることから、実際に存在します。

まず、各自治体内で1年間に他の新生児の名前と重複していない名前の割合を算出しました。そして、それらの経時的な変化を分析しました。さらに、1年間単位だけでなく、当該の1年間とその前後1年間ずつを含めた3年間単位でも、この分析を実施しました。

結果:長期間にわたる個性的な名前の増加とその性差

どちらの分析においても、1980年代から40年間にわたって、個性的な名前の割合は増加していることが明らかになりました。2000年以降と以前で変化のパターンには違いが見られませんでした。よって、2000年代以降だけでなく、1980年代から40年間にわたって、個性的な名前が増加していることが示されました。

「キラキラネーム」という言葉が広く使用されるよりもずっと以前から、個性的な名前は増加していることが分かりました。個性的な名前の増加は、少なくとも40年前から見られる現象であると考えられます。

過去と比べて、近年の親は子どもにより個性的な名前を与えており、個性や他者との違いを重視し強調する方向に、日本文化が変容(個人主義化)していることが示唆されます。こうした日本文化の個人主義化を示す知見は、家族構造や価値観の個人主義化を示す知見とも一致しています。

また、先行研究で報告されていた2000年代以降における個性的な名前の増加が、再度確認されました。同一の現象が、先行研究とは異なるデータによっても示されたことになり、日本における個性的な名前の増加は頑健な知見といえます。

さらに、先行研究で報告されていた、女児において男児よりも個性的な名前の増加速度が早いという現象が、再度確認されました。男児と比べて、女児に対して個性的な名前を与える親の増加率が大きく、個性や他者との違いを強調する傾向がより高まっていると考えられます。

考察:まとめと今後の展望

本研究は、これまで検討されてこなかった2000年代以前の個性的な名前の増加を、広報誌に掲載された実際の名前を用いて明らかにしました。個性的な名前の増加は、近年の新しい現象というよりも、少なくとも40年前から見られる現象であることが分かりました。この知見は、1980年代から40年間にわたって、個性や他者との違いをより強調する方向に日本社会・文化が変容していることを示しており、日本における名前や名づけの変化だけでなく、日本社会・文化の理解に貢献します。

少なくとも今のところ、日本では名前についてエビデンスに基づいた分析や議論が十分に行われているとは言い難く、多くの重要な問いが残されています。今後は、個性的な名前を人々がどのように評価しているのかや、新型コロナウイルスの蔓延が名づけに与えた影響などについても検証し、新生児の名前・名づけと日本社会・文化の変容について、さらに検討を進めていきたいと考えています。

参考文献

この記事を書いた人

荻原祐二
荻原祐二
青山学院大学 教育人間科学部 准教授。京都大学 教育学研究科 博士後期課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会 特別研究員PD、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 心理学部 研究員、東京理科大学 教養教育研究院 助教を経て現職。専門は社会心理学・文化心理学だが、分野横断的なアプローチを行っている。社会・文化と人間の相互構成過程に興味があり、近年は社会・文化の維持と変容に関する研究を進めている。Society for Personality and Social Psychology(アメリカ人格社会心理学会) Student Poster Award 受賞(2015年)、日本心理学会 国際賞奨励賞 受賞(2022年)。

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