「素粒子物理学」と聞いて、読者のみなさんはどのようなイメージを持つでしょうか? 専門外の人は、少し取っつきにくい印象を抱いてしまうかもしれません。今回登場していただくのは、大学院時代に「ニュートリノ振動」をテーマに素粒子物理学の研究に携わっていた内波生一さんです。

内波さんは、博士号取得後にITエンジニアとしてのキャリアをスタートし、現在は家計簿アプリなどのサービスを手がけるマネーフォワードで、「アカウントアグリゲーション」技術の構築・開発を担当しています。大学院時代の研究経験は、今の業務にどうつながっているのでしょうか。

内波生一博士プロフィール

ニュートリノ物理学を専攻、博士(理学)取得。その後、ITベンチャーでのインターンを経て、アクセンチュアにてエンジニアとしての経験を積む。2014年12月よりマネーフォワードに参画し、サービス基盤となるアカウントアグリゲーション技術の構築、開発に従事。現在はアカウントアグリゲーション本部にて本部長を務める。

「ニュートリノ振動」とは

——大学院時代の研究について教えてください。

私の専門は素粒子物理学で、なかでもニュートリノについて研究していました。ニュートリノは電荷を持たない素粒子です。電荷を持っていないということは、他の素粒子との反応がごくまれにしか起こらず、非常に観測しづらいということでもあります。

ニュートリノは物理学の「標準模型」にも登場します。標準模型において、ニュートリノは質量を持たない素粒子であると考えられていましたが、ニュートリノを観測していくなかで、質量をもっていないと発生しないような現象があることがわかってきました。

これが、いわゆる「ニュートリノ振動」とよばれる現象です。ニュートリノには3つの種類があるのですが、これらはそれぞれ飛行しているあいだに時間とともに別の種類のニュートリノに変わっていきます。この現象は、ニュートリノに質量があるともっともシンプルに説明できるといわれています。

——標準模型では質量を持たないはずなのに、ニュートリノ振動を説明するには、ニュートリノに質量が必要である、と。

そうなると、私たちが信じているシンプルな標準模型には出てこないはずの質量をなぜニュートリノが持っているのか、どういう現象でニュートリノに質量が生まれてきたのか、ということを考えるのが次のステップです。

ニュートリノ振動が起きるときに、3つの種類の割合がどうなっているかということも実験で調べたいことのひとつです。私は、ニュートリノの種類の割合を調べるためにはどういう実験を行えばよいかということを理論的に研究していました。

——研究は、理論から導かれた結果を実験にフィードバックするという形で進めていくのですか?

そうですね。カミオカンデなどのニュートリノ観測装置から得られた実験結果を理論によって説明するというよりは、特定の観測装置における実験条件を設定して、「これくらいの距離で観測すれば、こういう結果がでるかもよ」といったような提案を理論の立場から行っていました。

ニュートリノ振動のまだわかっていない自然界のパラメータを明らかにするために、地球の裏側にニュートリノビームを飛ばすという実験の提案をしたこともありました。この実験のおもしろいところは、パラメーターを明らかにできるだけでなく、ニュートリノが地球を通り抜けていく途中で、地球の密度も一緒にわかるかもしれないという点です。これは博士前期課程のときに論文として報告しています。

——ニュートリノの性質だけでなく、地学的な知見も得られるというのはおもしろいです。内波さんは博士号取得後に民間企業に就職されていますよね。そのままアカデミアに残って研究を進めていくという選択肢もあったと思います。

海外の研究機関から声を掛けていただいていたこともあり、アカデミアに残って研究を続けていくかどうかは、博士号を取得するときまでずっと悩んでいました。しかし、自分は新しいテーマをどんどん提案できるタイプではなかったので、研究者として生きていくことは難しいと感じ、海外からの誘いをお断りすることに決めました。ちょうど博士号を取得するかしないかという時期でしたが、そこから民間企業への就職活動を始めたんです。

アルバイトでSQLのスキルを身につけ新卒入社

——就職活動はどのように進められましたか。

当時はどういうルートで会社に入社すればよいかわかっていなかったので、いわゆる新卒採用の枠で就職活動を行いました。企業を選ぶ軸は、「自分でモノやサービスがつくれるようになりたい」という思いでした。その結果、システムインテグレーション企業に内定をいただいたのですが、就職活動が一般的な新卒の学生たちと比較して丸1年遅れてしまっていたので、入社までに1年間空白ができてしまったんです。

——その1年間はどのようにすごされていたのですか。

どうしようかなと悩んでいたところ、ちょうど研究室の先輩からベンチャー企業でのアルバイトを紹介していただいたんです。特にやることもないので、二つ返事で引き受けました。

——そのベンチャー企業ではどういうお仕事をされていたのですか。

インターネット広告の配信を行っている会社でしたので、私はその会社を経由してどれだけ広告が配信されたかということなどを集計したり、レポート作成を行ったりするような業務を担当していました。データの集計を行うためにSQLというプログラミング言語も学びました。

——その後、新卒でシステムインテグレーション企業へシステムエンジニアとして入社されたとのことですが、そこでの業務内容について教えてください。

はじめに担当したのはフルスクラッチで0からシステムをつくるプロジェクトで、顧客となる大企業の社内システムをリプレイスするために、コンサルティングから、システム設計、開発、リリースまでを担当しました。

——一般的なシステムエンジニアと比較してすごく幅広い業務を担当されているように思います。

確かに、普通はパッケージを導入することが多いので、こうした案件は珍しかったと思います。コーディングなどもアウトソーシングするのがその会社では一般的だったと思いますが、担当した案件では自分でコードを書くこともできましたし、非常に良い経験でした。0からフルスクラッチで開発できるという環境は、私の性格にすごく合っていたんですよね。

——コーディングではどのような言語を使われていましたか?

一番最初に触ったのはSQLだったので、アルバイトでの経験が役立ちましたね。Javaも使っていました。Javaは、会社の研修で勉強していたので、なんとなく触れるようにはなっていました。

——研究でプログラミングを行われることはありましたか?

MathematicaとC言語は使っていましたね。ただ研究では手計算で解析することが多かったので、ちょっとしたシミュレーションやグラフの作成などに使う程度で、そこまでがっつりプログラミングをしていたわけではありません。

「BtoCのサービスに関わりたい」

——そのときの状況に応じて必要となるスキルを勉強されていったんですね。システムインテグレーション企業で3年働かれた後、今お勤めのマネーフォワードに転職されました。どういうきっかけで転職を考えられたのですか?

もともと、たくさんのユーザーに使ってもらえるようなサービスをつくりたいという思いがあったので、いつかはBtoCのサービスに関わりたいと思っていました。当時の担当プロジェクトが落ち着いたタイミングで、人材エージェントの友人にBtoCの良いサービスを知らないかと相談してみたところ、紹介されたのがマネーフォワードでした。

——マネーフォワードにはエンジニアとして入社されたのですよね。

はい。Javaエンジニアの求人に対して応募した形です。SQLも頻繁に使うとのことだったので、自分のスキルに合っているなと思いました。

——現在の業務内容について教えてください。

アカウントアグリゲーション本部という部署で、アカウントアグリゲーション技術の構築・開発を担当しています。チームのマネージャーでもあるので、チームの体制づくりも行っています。

——アカウントアグリゲーションとは何でしょうか。

英語をそのまま訳すと、アカウントは「口座」、アグリゲーションは「集約」です。アカウントアグリゲーションとは、複数の金融機関などの取引口座情報をひとつの画面に一括表示することです。

銀行口座や証券口座、クレジットカード、ECサイトなど、お金の出入りが発生するようなアカウントをみなさんお持ちだと思います。どのクレジットカードで何を買ったか、どの口座にどれだけの残高があるか、といったことは、それぞれのアカウントでは確認できますが、まとめてどれくらい利用したか、合計でどれだけ残高があるかということを把握するのは難しいです。私たちは、こうして散らばっている複数の口座情報を自動的に集めて、サービスに反映させていけるような技術を開発しています。

現象の裏にはキレイな法則があるはず

——内波さんのなかで、仕事のモチベーションはどういうところにありますか?

マネーフォワードに入社する際、自分で実際にアプリを使ってみた瞬間に「このアプリって、きっと自分のことを他の誰よりも知ってるアプリなんだろうな」と思ったんです。「自分のあらゆる情報がここに集約されているということは、自分にとってとても信頼できる強力な味方になるんじゃないか」、と。

私が今、ユーザーに提供したいと思っている価値はその感覚に近いです。ユーザー1人1人のことを誰よりも深く知って、そのユーザーの味方になって幸せにしていけるようなコミュニケーションやアクションができるようなサービスにしていきたいと思っています。たとえば、仕事ができる秘書は、社長をうまくフォローしますよね。それは1人の人間が1人の人間に対して提供している価値ですが、機械を使って何千万、何億というユーザーに対してサポートすることで価値を提供していけたらな、と。そのために、アカウントアグリゲーションという技術があるのだと考えています。

——アカウントアグリゲーション技術は、ユーザーを幸せにしたいという内波さんのビジョンを実現するひとつの手段ということなんですね。研究経験が現在のお仕事に生きているなと思う瞬間はありますか?

研究経験があるからなのか、もともとそういうタイプの人間だったからなのか、それは自分でもわからないですが、何かに取り組むにあたって、物事を把握したり理解したりすることが人よりも少し得意なのかなとは思っています。

あとは、取り組んでいることに対して何らかの問題を見つけることができれば、その問題を解決する道筋も同時に思いつくし、かつ、その枠組みを別の領域に広げて考えるということもできているように思います。

大学院時代には、物理現象の裏には何らかの法則があると信じて研究に取り組んでいたんですよね。何かの現象があったときには、その裏にはきっと何かキレイな法則があって、それに従ってこの世界が動いているはずだ、と。今でも何かの問題に取り組むときには、裏に何らかの法則のようなものあると勝手に想像することで、それをとっかかりに答えにたどり着くことが多いように感じています。

——それはやはり物理学の研究に取り組んでいたからこその考え方であるような気がします。仕事を行うなかで、いちばんテンションが上がる瞬間はどんなときですか?

何かの行動というよりは、深く考えることができたときがいちばん気持ちいいかもしれないですね。先ほど話したようなビジョンを考えて、それを実現するためにはどうしていけばよいか試行錯誤しているときが、充実しているなぁと思える瞬間かもしれません。

——そういうことに有意義さを感じることができるのは、やはり内波さんに「研究者」としての一面があるからではないでしょうか。最後にキャリアを考える読者のみなさんにメッセージをお願いします。

私は運と周りの人たちに恵まれていたので、あまり自分でキャリアをコントロールできていたとは思っていません。今振り返って思うことは、視野を広げる機会があればどんどん広げた方が良いと思います。自分の就職活動を振り返ると、とても狭い世界で考えていたように思うので。

あとは、本当に出会いが大事だということを今、実感しています。日常的に出会いがある人であれば良いですが、そうでない人は、どう出会いのチャンスを増やしていくかということも考えていくと良いのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/