一般市民が科学研究に参加・協力する「市民科学(シチズンサイエンス)」の取り組みが日本でも活発になってきている。academistおよびacademist Journalではこれまでに、雷雲に潜むガンマ線放射現象の謎に迫る「雷雲プロジェクト」や、インターネットを通じて寄せられた画像をもとにマルハナバチの分布調査を行う「花まるマルハナバチ国勢調査」などの市民参加型の科学プロジェクトを紹介してきた。

そしてacademistでは今回新たに、外来種のナメクジの分布を調査する市民科学プロジェクト「ナメクジ捜査網」への支援募集を開始した。京都大学大学院理学研究科 宇高寛子助教らを中心として2015年に立ち上げられたこのプロジェクトでは、TwitterやWebサイトでの呼びかけなどを通じて外来種である「マダラコウラナメクジ」の目撃情報を集め、その分布を明らかにしようとしている。本稿では、長年ナメクジ研究に取り組んできた宇高助教に、ナメクジ研究の現状やナメクジ捜査網の詳細、そして今後の展望についてお話を伺った。

——宇高先生は長年、ナメクジに着目されて研究を行われています。そもそも、ナメクジとはどういう生きものなのでしょうか。

ナメクジはカタツムリと同じ陸貝の仲間で、先祖は海に住んでいた巻貝です。この巻貝が陸に上がって生息するようになったのがカタツムリですが、陸上で貝殻のもととなる炭酸カルシウムを採ることはなかなか難しいので、進化の過程で殻をなくしたカタツムリがいます。これがナメクジです。日本語では「カタツムリ」と「ナメクジ」を区別していますが、実は区別していない言語もあります。海外には、中途半端に殻が残っている”ナメクジとカタツムリの中間タイプ”も存在しているんです。

——カタツムリの殻が退化してしまった陸貝を、日本ではナメクジと呼んでいるということですね。日本に生息しているナメクジについて教えてください。

都会で多く見掛けられるのは、動いているときの体長が5cm程度で背中に2〜3本の線を持つ「チャコウラナメクジ」です。チャコウラナメクジは、第二次世界大戦後に日本へ入ってきた外来種です。一方、田舎でよく見られるのが、「ナメクジ」という種類のナメクジです。こちらはもともと日本にいた在来種です。ナメクジと聞いてみなさんが思い浮かべるのは、おそらくチャコウラナメクジかナメクジのどちらかでしょう。

ほかにも、山岳地で見られる体長20cm程度の「ヤマナメクジ」、畑やビニールハウスなどで見られる体長2~3cm程度の黒っぽい「ノハラナメクジ」がいます。今のところ、日本全国でよく見掛けられるのはこの4種類だと思います。

——宇高先生はナメクジに関して具体的にどういった研究を行われているのですか。

私はもともと、チャコウラナメクジを対象に研究をしていました。外来種であるチャコウラナメクジは、移入から約50年で北海道から沖縄にまで分布を拡大しました。チャコウラナメクジ移入前の日本では、キイロナメクジという別のナメクジが繁栄していたのですが、現在国内でキイロナメクジの姿を見ることはめったにありません。このような種の変化がどのような過程で起こっていったのかは、まったく明らかになっていません。

50年というと、人間にとっては長く感じるかもしれませんが、ナメクジは素早く動いたり飛んだりできないうえに、日本の気候は沖縄から北海道まで幅広いことを考えると、変温動物の分布速度という意味では非常に速いといえます。なぜこのようにチャコウラナメクジが短期間で広範囲に分布できたのかということを、生理生態学的な観点から調べてきました。

——ナメクジを研究するうえで、苦労されている点はありますか。

ナメクジの分類が進んでいないという、学問上の難しさがあります。分類学は生物学の基礎となる学問です。分類学が進んでいないと、同じ生物を研究しているつもりでも、実はぜんぜん違う種を見ていたということが起こり得ます。研究対象が何であるかということを明確にしてくれる分類学は非常に重要です。分類学はスキルと経験と知識が必要なので、一朝一夕でできるものではありません。私も分類学に精通しているというわけではないので、どうしたものか……と悩むときはありますね。

——身近な生きものなのにもかかわらず、分類が進んでいないというのは意外です。

分類学に取り組むモチベーションのひとつに、収集の楽しさがあると思うんですよね。生物の差異を見て分類をするためには、まず対象となる生物を収集する必要がありますから。ただ、ナメクジはそもそも集めるということに向いていないんです。博物館の方に、ナメクジは展示をするのが難しいと指摘されたことがあります。カタツムリは殻が残るので、それを集めて展示することができますよね。しかも殻によってある程度分類することができるわけです。一方で、多くのナメクジは殻が無く軟体部しかないため、アルコールやホルマリンの溶液につけた液浸標本として展示するしかありません。しかしそれでは、なかなか集めて分類したいという気持ちとは一致しないようです。

——展示や収集をしたいかどうかが、殻の有無で決まってしまっているんですね……。

おそらく、一般の方の好き嫌いにも関わるのではないでしょうか。「カタツムリは好きだけど、ナメクジはダメ」という方は結構いらっしゃいます。殻の有無で親しみ具合がずいぶん異なっているようですね。

子どもの頃に親しんだ人が多ければ多いほど、その生物のファンは多くなると思います。たとえば系統分類学や行動学、生態学など生物を個体レベルで研究対象としている分野では、まずその生物のことを好きかどうかということが重要になりますので、ファンの数が多いということは、研究にとってもプラスになります。ナメクジはそういった部分で不利といえるのかもしれません。

——一方で宇高先生は、一般の方からマダラコウラナメクジという外来種の目撃情報を募る「ナメクジ捜査網」というプロジェクトを進められています。お話を聞いていると、一般の方々にナメクジを探してもらうということは、なかなかハードルが高いという印象を受けますが、まずは、ナメクジ捜査網の概要を教えていただけますか。

2006年に茨城県でマダラコウラナメクジが見つかったという初めての報告がありました。私はもともと外来種であるチャコウラナメクジの分布を研究をしていたこともあったので、この報告を聞いた際に、マダラコウラナメクジが今後どこにどのように分布していくのかを知りたいと思ったんです。

外来種がどのようにして分布を広げていくかを知るためには、今どこにいるか/いないかをきちんと把握しておく必要があります。マダラコウラナメクジの分布調査は、2006年以降も茨城県の博物館の方を中心とする研究チームなどによって進められてきましたが、全国的な調査を行うのは、人手や資金的な面から難しいといえます。そこで、マダラコウラナメクジの全国的な分布調査に対して一般の方々からの協力が得られないかということで、2015年に「ナメクジ捜査網」を立ち上げました。

マダラコウラナメクジ。体長は大きいもので約20cmに達する。

——ナメクジはどのようにして分布を広げていくのですか?

はっきりとはわからないのですが、何かにくっついて移動していると推測されます。ナメクジは、民家の庭先や畑など私有地で見つかることが多いので、誰かが故意にナメクジをばら撒いているというよりは、私たちが普段動かしているものに紛れて移動しているのではないか、と考えています。

マダラコウラナメクジが日本に入ってきて10年くらいになりますが、今後も徐々に日本全国へ分布が広がっていくと予想しています。分布は時間が経つにつれて変わっていくものなので、今この瞬間はもちろん、10年後20年後の状況を理解するためにも、長く継続して情報を積み重ねていく必要があります。

——ナメクジ捜査網のこれまでの反響はどうですか。

マダラコウラナメクジ以外の目撃情報も含めると、2年間で約300件もの情報を寄せていただきました。徐々に現在のマダラコウラナメクジの分布が明らかになりつつあります。ナメクジ捜査網がきっかけとなって、家にナメクジがいるのに気づいたり、このナメクジはなんだろうと考えたりするようになったという声もいただくことがあります。

——ナメクジについて興味をもってくださる方が増えたということですね。

まず、知っていただけるようになったということは大きな収穫です。知らないものは、好きにもなれないですしね。しかも外観が悪ければなおさらで、よく見ようとも思わないので、嫌悪感からそれ以上印象が変わることもないでしょう。ナメクジ捜査網が、少しでもナメクジに興味を持ってもらえるきっかけになれば良いと思っています。

——今回、新たにナメクジ捜査網のWebサイトを作るためにクラウドファンディングに挑戦されます。どのようなWebサイトにしたいと考えられていますか。

現在は、メールやSNSを通じて特にマダラコウラナメクジの目撃情報を提供していただいていますが、この方法では協力してくださるみなさんの心理的負担や手間が大きいという課題があります。Webサイトでは、ナメクジの写真と場所を入力してもらうだけで簡単に情報提供できるシステムを公開したいと思っています。また、結果を定期的にみなさんと共有できるようにもしたいですね。海外では、Googleマップに紐付けて生物の分布を可視化するという取り組みも行われていますが、これをそのまま日本に導入するのは文化や慣習といった面から、少しハードルが高いと考えています。クラウドファンディングを通してみなさんのご意見を聞きながら、どういう形式で行うのが日本に合っているのか、探っていければと思っています。

また、新しいサイトでは、マダラコウラナメクジに限らず、みなさんが見つけることのできるすべてのナメクジを対象に目撃情報を集めたいと考えています。日本全国にどのようなナメクジがどういった割合で生息しているのか、また、それがどのように変化していくのかを明らかにする第一歩となれば嬉しいです。

——この試みがうまくいけば、他の生きものの分布調査にも展開できそうです。

同じようなシステムは、ナメクジのようにマイナーな生物を研究しているさまざまな方が模索しているところだと思います。できればあまりお金や手間のかからない汎用的なシステムを作って、ナメクジ以外の生物にもこの取り組みが広がっていくことを期待しています。

京都大学大学院理学研究科 宇高寛子助教 プロフィール
動物生理学者。大阪市立大学大学院理学研究科 後期博士課程生物地球系専攻修了。博士(理学)。大阪市立大学の特任教員、ウェスタンオンタリオ大学(カナダ)でのポスドクを経て、20144月より京都大学大学院理学研究科動物学教室の助教として勤務。ナメクジや昆虫などの無脊椎動物が季節的に変化する環境にどのように適応していくのか、そのしくみを研究している。特に外来種のナメクジに注目して研究を行っている。

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この記事を書いた人

周藤 瞳美
周藤 瞳美
academist Journal 編集長
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。修士(理学)。出版社でIT関連の書籍編集に携わった後、Webニュース媒体の編集記者として取材・執筆・編集業務に従事。2017年に独立。現在は、科学・技術、IT、ビジネス分野を中心に取材・執筆活動を行う。アカデミストでは、academist Journalの編集長としてWebメディアの運営に携わっているほか、クラウドファンディングのプロジェクトページなどコンテンツ制作全般をサポート。学生時代の専門は、計算化学、量子化学。 http://www.suto-hitomi.com/