学問論とは何か – 京大・宮野公樹准教授にその理念と実践を聞く
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「全79分野の研究者をひとつの部屋に集めて、この部屋に学問があるって言いたいんです」。そう話すのは、京都大学学際融合教育研究推進センター・宮野公樹准教授だ。宮野准教授は、異分野交流会や学際研究着想コンテスト、京大100人論文など、学際融合を目指した数々の取り組みを形にしてきた立役者であり、日々「学問論」について考えを巡らせる学者でもある。今回「学問論」の観点から、宮野准教授の研究内容や学術界の課題、2018年2月に開催するイベント「学問の世界〜the academic world〜」について、詳しくお話を伺った。
——まずはじめに、宮野先生が学問論に関わるようになったきっかけを教えてください。
35歳くらいまでは、ナノテクノロジーに関する研究をしていました。しかしその後、総長学事補佐(松本前京都大学総長時代)と、文部科学省でのナノテクノロジー政策に関する仕事を通じ、特定の科学技術の研究が大事であることは理解しつつも、科学政策や科学そのものに関心が移り、最終的に「学問とはなんだろう」という問いに行きついたというわけです。
——宮野先生の考える「学問」とはどのようなものなのでしょうか。
昨今は業績主義が蔓延していて、論文を1本でも多く書くことが重視されがちですが、いうまでもなく、本来はどれだけ書いたかよりも何を書いたかが大事。では、どんな内容が「よい」のか。その「よい」について考えた結果としていきつくのが「学問」です。いろんな議論を省略してでもとにかく学問とは何かと答えろというなら、それはこの世(=自分)がなぜ在るのかという不可思議に対峙したときの姿勢、生き様(よう)だと思うようになりました。
——宮野先生はこれまで、定期的に研究者が集う異分野交流会をはじめとした数々のイベントを学内で開催されてきいます。これは、研究者が「学問」しやすい環境を作りたいというところが背景にあるのではないかと思います。実際のイベントの内容と、そこで生まれたコミュニケーションの様子について、教えていただけますか。
異分野交流会も定期的に開催していますが、目玉企画のひとつが、学際研究着想コンテストです。これは異分野の研究者チームで学際的な研究テーマを考え、1枚のポンチ絵にアイデアをまとめ、プレゼンテーションを行うというものです。優勝したチームには、使途も期限も問わないという極めて自由な賞金100万円の研究費が与えられます。もうひとつが、研究者に「私の研究はこんな感じです」「こんなコラボがしたい」などということを出してもらい、学内での研究者どうしの良縁を生み出すことを目的とした「京大100人論文」という企画です。
これらのイベントを通じて実際に目の前でコラボレーションが生まれたことは嬉しいですが(たとえば、この前はパズル専門家と日本画家が意気投合していたんですよ)、もっと嬉しいのは、研究者たちが悩みだしたときですね。他分野の研究者から質問を受けたときに、自分の専門って狭いかもしれない、あるいは一方的な見方しかできていなかったのかもしれないというように、研究者たちが内省している瞬間こそ、「学問」の本来の姿と呼べるからです。
——異分野交流することによって、思考の広がりがあるのかもしれませんね。
その通りです。最近、異分野融合や学際の推進などが叫ばれていますが、本当は各学術分野の根源は先にのべた学問という共通の根っこであるはず(この場合、学問は哲学と置き換えてもいいでしょう)。その後、学術の発展とともに明確に名前付けされて分けられてきたんですよね。まるでそれに抗うように今は学際が大事とかいわれていますが、本来的にひとつだったものを自分たちであえて分けてきたものなのに、いまさらになってその統合が大事だというのは、そもそもおかしいわけです。異分野が集い議論をして、自分たちを高め合うということは、学問の本来の姿なのですから。先に言ったように、各研究者が自分の専門領域や我が身を振り返る。その結果として自身の専門の枠をこえて成長し、研究者個人のなかで異分野の融合というものがなされていく。つまり、異分野融合に必要なのはまずもって異分野間の衝突や対立なんですよ。対話なんて綺麗事じゃだめなんです。これが私が所属する学際センターの思想、真髄といえるでしょう。
——宮野先生からみて、現在の学術界はどのような問題を抱えていると思われますか。
先日、経済学者の早稲田大・若田部昌澄先生の意見が掲載された記事に、短いながらも強いメッセージがありました。日本の科学技術の低下の理由は、リソースを削って現場を鍛えれば生産性は上がるという、経済論議に通じる考えかたにあるというものです。つまり、運営費交付金を減らしてその分を競争に回せば良いという国の方針が間違いだったと、スパッと言っているんですね。
——ノーベル賞受賞者をはじめ多くの有識者の方々が、口をそろえて言っていることですね。若田部先生は、どのような対策を提示されているのでしょうか。また、宮野先生の立場からみたコメントもいただきたいです。
若田先生は、3つの対策を提示されています。まずは、研究者と研究時間を増やすこと。次に、トップダウンで物事を決める「選択と集中」の施策をやめること。最後に、現場の裁量を増やすことです。これらの提案には、強く同意します。一方で、研究者と研究時間を増やすとはいえ、どんな研究者でも良いというわけではないですし、ダラダラ遊ぶ時間が増えてもダメなわけでしょ。だから、先人たちは現在のような競争原理をいれたという経緯があるんです。
——その結果、現在の状況になったと。
ですので、研究者や研究時間を増やすことに加え、現状とは違う別の競争原理を導入することが重要と思いました。これまでは、若田部先生のおっしゃるとおり、経済原理にしたがっての論文数や研究費獲得件数という指標で、勝ち残りのトーナメント方式を採用してきたわけですが、今疑うべきは、リソースを不足もそうですが、やはりこれに変わる新しい物差しを導入することなのかなと思っています。
——新しい物差しというと?
それが、異分野の衝突です。現在研究者は、それぞれの分野で別々に評価されているわけですが、たとえば「真理探究」という共通の目標があれば、研究者どうしが分野を超えて競うこともできると思うんです。共通の学問観があるなら、研究者は既存の分野を越えて、いやむしろ分野というものが存在しないがごとく研鑽しますので。そうなると、「あの人の言うことはよくわからないけど、なぜか説得力がある」ということも、学者としての素養として認められるようになると思います。
——面白いですね。一方で、ある程度の定量化ができないと、現実的には難しいのではないでしょうか。
共通の学問観のもと、真理探究というものを共通目標とした議論においては、だれの意見が良かったかということは、たとえば、Facebookのいいね!の数のような形で、ある程度の定量化はできるように思います。もちろん、いろいろな問題は発生しますがね。ただ、僕としては定量評価は所詮測れるものしか測ってないという態度は必要と思ってます。このまっとうな考えかたがなかったために、現状のような業績競争に陥ってしまったのですから。
——2018年2月22日に、全分野の研究者が集うイベント「学問の世界〜the academic world〜」を開催されるとのことですが、詳細を教えていただけますか。
歴史学、地学、考古学というように、科研費の科目の中項目が79個あります。学問論を考える人間として、79分野から1人ずつ研究者を集めて、「この部屋に学問がある」と言いたい(笑)。そういう全分野参加型のイベントを企画しています。もし79名集まったら、それだけで9割がた成功と思ってます(笑)。
——「この部屋に学問がある」という言葉を聞くだけでも面白そうです。イベントではどのようなことを行う予定でしょうか。
たとえば、私が各分野の論文の平均ページ数を聞き、研究者がツイッター形式の特設サイト上で答えて、全員の答えがプロジェクタに投影されるようなイメージです。ある分野では平均8ページなのに、別の分野は30ページもある! というように、分野による違いがリアルタイムでわかるだけでも、面白いと思います。また、各分野の目指すところについても聞いてみたいですね。たとえば社会学者が、日本人における幸せとは何かということをアンケート調査してるというと、違う分野の研究者からすると、「アンケートという形でとった主観はほんとの答え?」(哲学者)とか、「日本の居住区にもよるよね?」(地域研究者)とか「そも日本人の定義は?」(考古学者)いうようなツッコミができるわけです(笑)。そういう質疑を繰り返すうちに、自身でも気づかないその分野の大前提のようなものが、わかってくるのではないかと期待しています。それは各研究者において我が身を、我が分野を振り返ることになるのです。まさにこれが学問の姿かと!
——研究者の募集はいつごろから始まるのでしょうか。
1月上旬くらいからの公開で、枠は早い者勝ちにします。諸々参加条件はありますが、一番大事なことはこの悪ノリに付き合える人です(笑)。ちなみに議論に参加する研究者の参加費は無料ですが、観戦者の参加費は、懇親会で飲むためのお酒です。
——参加酒が必要になるんですね(笑)。イベントの目的について、教えてください。
「真理探究」です。みんなキレイごとのように真理探究と言うものの、よく考えたら真理探究が何かはよくわかっていません。日本では、年間6.5万本の論文が出ているので、6.5万個の真理があるということになるのですが、それだけの真理があるのはおかしいという感覚を僕らは持っています。そうであれば、真理はおそらくひとつ。つまり我々が専門でやってることは、真理探究のあるひとつの側面なんですね。専門というのは、全体におけるひとつの分化した一片、カケラなんですよ。ところが分野が断絶しているために、私たちはこのカケラをついつい真理と思ってしまう節があります。そうであるなら、カケラたちを一度すべて集めて、真理なるものの全体を見てみようじゃないか!と。良い議論ができれば、きっと真理が見えてくるはずです。研究者番号を持つ人であれば、企業人も参加できるので、ぜひ参加していただきたいです。研究者枠で申し込みが間に合わなかった方や、一般の方々には、先に話した当日の観戦枠を準備しています。
——観戦枠でぜひ参加したいです。1月9日から、この企画に関連したクラウドファンディング・プロジェクトがスタートします。チャレンジ内容について、ご紹介いただけますか。
研究者たちに本企画のヒヤリングをしたら、ぜひ参加したいと言ってくれたのですが、なかには都合で参加できない人もいました。当日の様子を録画しないのかという声があったので、それなら後からでも見られるドキュメンタリー番組を作ろうと思ったんです。もちろん、メイキングシーンから(笑)。その動画を公開すれば、当日参加できない人たちにも観ていただけるし、より多くのフィードバックをいただくこともできます。今回は、「学問の世界〜the academic world〜」のドキュメンタリー動画作成のための資金を募りたいと思い、クラウドファンディングの挑戦を決めました。
——ドキュメンタリー動画のエンドロールに名前が載るリターンとか、魅力的ですよね。
それは面白いですね。リターンの種類ごとに、名前の大きさが変わるというイメージでしょうか。イベントが成功する確固たる自信はまだないのですが、このノリに付き合っていただける研究者にはぜひ参加していただきたいし、研究者でない方々にも、聴講者として参加していただいたり、クラウドファンディングで応援していただけたりするとありがたいです。
【クラウドファンディング挑戦中】「真理探究」とは何か?全分野の研究者79名で挑む!
研究者プロフィール:宮野公樹(みやの・なおき)准教授
京都大学学際融合教育研究推進センター准教授。96年立命館大学理工学部機械工学科卒業後、01年同大学大学院博士後期課程を修了。大学院在籍中の00年カナダMcMaster大学にて訪問研究生として滞在。のち、立命館大学理工学部研究員、九州大学応用力学研究所助手、2005年京都大学ナノメディシン融合教育ユニット特任講師、2010年京都大学産官学連携本部特定研究員、2011年より現職。その間、2011年4月〜2014年9月まで総長学事補佐、加えて、2010年10月〜2014年9月まで文部科学省研究振興局基礎基盤研究課参事官付(ナノテクノロジー・材料担当)学術調査官を兼任。博士(工学)。
この記事を書いた人
- アカデミスト株式会社代表取締役。2013年3月に首都大学東京博士後期課程を単位取得退学。研究アイデアや魅力を共有することで、資金や人材、情報を集め、研究が発展する世界観を実現するために、2014年4月に日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」をリリースした。大学院時代は、原子核理論研究室に在籍して、極低温原子気体を用いた量子多体問題の研究に取り組んだ。