※本記事は、「哲学する初期キャリア女性のネットワークを作りたい!」(月額支援型、支援受付中)、「ウィトゲンシュタイン哲学の国際ワークショップを開催したい!」(スポット型、支援期間終了)のチャレンジャー・槇野沙央理さんによる寄稿記事です。

「わかりにくくてごめん」な哲学研究者

哲学者と聞いて、人はどのようなイメージを抱くのでしょうか。それは、画家の作品として残っている昔の哲学者たちの肖像かもしれませんし、メディアに露出している現代の哲学者の人たちの表象かもしれません。「これが哲学者だ」と言えるような風貌は、ひとつのものに決定されるかはわかりませんが、一定の仕方で特徴づけられるでしょう。これはあくまで私個人のイメージですが、もし大学のキャンパスに、丸メガネをかけた髭面の男性で、髪の毛が適度にボサボサで、ネクタイはしていないが上品な(表面がテラテラしていない)ジャケットとパンツを履いていたら、その人を哲学者だと(少なくとも研究者だと)思ってしまうかもしれません。

それでは哲学研究者である私自身はどうかというと、自身が描写したような特徴をほとんど何も備えていません。丸メガネと寝癖くらいならそれほど苦労せず用意できますが、少なくとも、私の外見を一目見て私の職業を言い当てられる人はいないと思います。いい線を行っても「大学院生」くらいでしょうか。本エッセイでは、このように認知されにくい哲学研究者としての活動を、クラウドファンディングの取り組みにフォーカスして、紹介してみたいと思います。

スポット型クラウドファンディング「ウィトゲンシュタイン哲学の国際ワークショップを開催したい!」を通して

私がクラウドファンディングに挑戦した経緯を説明しますと、大本を遡るなら、2019年に、チェコを拠点に活動している哲学研究者のAlexander Bergさんから、「日本でイベントやりなよ」と言われたことが発端です。一人では心細いので、ヘーゲル研究者の木本周平さんを誘いました。木本さんと一緒に東京都立大学でのワークショップ“Wittgenstein and Traditional German Philosophy”開催の企画を立てていたのですが、その時コロナ・パンデミックがヒットしてしまい、見通しのない延期を余儀なくされました。

多くの方が感染症の犠牲となる中で、ワークショップなどこのままなし崩し的に中止にするしかなく、よくてオンライン開催だろうと思っていた矢先、ウィトゲンシュタイン研究者である高木俊一さんからクラウドファンディングへの挑戦を勧められました。私自身は、うまくいくという確信はありませんでしたが、松井隆明さんのプロジェクト「現代において哲学に何ができるのか?」が前例としてあったため、ダメ元でアプライすることにしました。academistの方には快く受け入れていただき、記事作成において繰り返しサポートしていただいたことで、チャレンジ開始に漕ぎ着けることができました。

チャレンジ期間中はメンタルの安定を確保することが大変でしたが、結果として、目標金額を達成することができました。それだけではなく、チャレンジを通じて、哲学研究に関わる人たちのなかには、(私と同じ理由ではないとしても)何らかの仕方で社会的に「認知されにくい」属性を有している人が確実に存在するということが見えてきました。

そもそも研究コミュニティ自体が社会的には「認知されにくい」人たちの集まりなのかもしれません。コロナ・パンデミックによって生じた不利益に対し、私たちが受けられる補償はかなり限られています。大学院生は学費を払っているにも関わらず大学という研究機関を十分に使えなくなりましたし、非常勤講師は自身のリソースを割いてオンライン授業に適応せざるを得なくなりました。

「認知されにくい」人たちのなかにもまた、さらに認知されにくい人たちがいます。学術機関に所属せず哲学研究をしている方や、哲学書を読んでいる方、初期キャリアの哲学研究者を応援したいと考えている方々です。もちろん、一口に「認知されにくい」と言うことで社会構造からくる格差を相対化することは避けるべきです。特に、今私が取り組んでいる女性の研究環境の改善は、優先順位の高い課題だと考えます。しかし、どのような仕方で、哲学に繋がりを持っている個々の人たちが、それぞれ見えない存在にされているかについては、クラウドファンディングの取り組みが少しずつ見えるようにしてくれたことだと言えます。

継続的な読書会の開催

現在、7人ほどのメンバーで、Wittgenstein’s Hegelという文献を読む読書会を行なっています。専門の少しずつ異なるメンバーが集まって、みんなでこの文献に対して散々文句を言いながら読み進めています。このようなマニアックなテーマの文献を複数の人たちで読める場があるということは、かなり貴重なことです。というのも、ウィトゲンシュタイン研究、ヘーゲル研究、それぞれに関心がある人は一定数いるとしても、両者にまたがる議論をしようとする人の数となると、少なくとも日本だけではほとんど期待できないからです。さまざまな専門の方が集まることを企図したワークショップを計画したこと、またそれをクラウドファンディングで宣伝したことで、このような珍しい読書会を催すことができたのだと思います。

今後の展望

延期となったワークショップは、2022年以後、早ければ2022年の秋頃に開催予定です。ヨーロッパでは来春に行動規制が解除となる国もあり、移動の自由が回復されていくと予想されます。しかし、日本で国際イベントを開催することについては、まだ慎重であらざるを得ません。少なくとも、日本国内に留学予定の方々が入国できることが確実になるまでは、何も具体的なことを決められません。

今後は、コロナ禍によって生まれたオンラインでのネットワークを利用し、初期キャリア研究者として活動しやすい環境を形成しつつも、この数年で被った負担の回復のため同じような立場の人たちと連携をとり、東京でのワークショップ開催に向けて、認知されたりされなかったりする活動を続けていきたいと思います。

この記事を書いた人

槇野沙央理
槇野沙央理
城西国際大学 非常勤講師
専門はウィトゲンシュタイン哲学です。2020年に学位をとり、今は首都圏で非常勤講師をしています。

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