地震断層や火山のモニタリング

近年、GPSなどの地表測地データの普及によって、高い精度と解像度で地表変動を知ることができるようになりました。その地表変動から、地震や火山噴火の発生予測につながる情報が手に入るようになってきました。しかし地震や火山噴火に関係する変動は、地下深部で生じます。地下深部の変動を正確に理解するには、地表の観測に加えて、地殻深部の変動を観測することが重要です。

地殻内部を調べる手法に、掘削があります。実際に、断層や火山のマグマだまりに対して掘削する試みが国内外で行われています。しかし井戸を掘削するのは高価ですし、掘削地点は限られてしまうため、地殻変動を空間的に把握することは困難です。そこで我々の研究グループでは、地殻深部を伝わる弾性波(地震波)を上手く利用することで、地殻内部で生じる時空間変動を調べる研究を行ってきました。弾性波は、地下深部にある断層や、マグマだまりの中を伝播するため、その変動を強く反映すると考えられます。

地殻変動や、地震に伴う地殻のダメージ、マグマだまりの流体圧が上昇すれば、地震波の伝わる速度(弾性波速度)は低下します。この弾性波速度の低下は、クラック(亀裂)を使って説明することができます。地震によって地殻がダメージを受けたり、地殻内部の流体圧が上昇すれば、クラックが発生します。そのクラックが弾性波速度(弾性定数)を低下させると考えられています。従って、地震波速度の時間変化を調べれば、地殻深部で生じるクラック量の変化を知ることができ、さらには地殻のダメージの度合いや流体圧をモニタリングできます。

地震波速度の時空間変化を調べるには

我々の研究グループでは、弾性波速度の変化を調べる方法に、地震波干渉法とよばれる手法を使っています。詳しくは述べませんが、この方法を使えば、微動を使って2台の地震計のあいだの弾性波速度の変化を計算することができます。微動というのは、人間には感じることのできない小さな振動です。微動は風や海の波などにより常に発生しているため、この情報を使うことができれば、連続的に地震計のあいだの弾性波速度の変化を調べることができます。

我々は、この研究を2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のときにはじめました。しかし当初は、ひとつの地震計の地下の弾性波速度の時間変化を調べることができただけでした。他の研究グループでも同様の試みが行われましたが、限られた地震計のあいだの弾性波速度の変化がわかるだけでした。そのため、空間的に弾性波速度の時間変化をマッピングし、地殻内部の変動を正確に調べることには、ほとんど成功していませんでした。

今回、我々の研究グループでは、防災科学技術研究所の地震計ネットワークで記録された微動に対して地震波干渉法を適用し、地殻深部(地表〜地下10km)を伝わる弾性波速度を空間的に高い密度で計算することに成功しました。さらに、その弾性波速度の時間変化を計算することで、地殻深部の時空間変動を明らかにしました。ここでは熊本地震で動いた断層と、阿蘇山のマグマだまり周辺で発生した弾性波速度の変化を調べた結果を紹介します。

熊本地震での断層や火山の変動:地震と噴火の関係も明らかになってきた

地震波干渉法を微動データに適用した結果、熊本地震に伴って、断層や阿蘇山で弾性波速度が低下することを観測できました。地震後は、弾性波速度が地震前の状態に徐々に戻っていく傾向も確認できました。さらに10月に発生した阿蘇山の噴火によって、阿蘇山周辺では弾性波速度が急激に上昇することが明らかになりました。

さらに多数の地震計で取得された微動データから、さまざまな地震計ペア間の弾性波速度の変化を調べることで、地震で影響を受けた地殻をマッピングすることに成功しました。その結果、熊本から別府に伸びる断層帯では、弾性波速度が広域的に低下していることがわかりました。これは地震に伴う地殻内部のダメージや、一時的に地殻内部の水圧が上昇したことが原因と考えられます。地震で最も弾性波速度が低下したのは、阿蘇山の地下にあるマグマだまりでした。これは地震によってマグマだまりの流体圧は高くなったこと、つまり不安定な状態になったことを表していると考えられます。実際、地震直後に、阿蘇山は噴火しました。一方、その噴火によって地震波速度が上昇したことが明らかになりましたが、これは噴火によってマグマ溜まりの流体圧が低下し、阿蘇山が安定したことを反映していると考えられます。

このように本研究で開発した手法を使えば、地殻内部で生じている複雑な変動を明らかにすることができます。地震断層と火山体内部のマグマ溜まりの時空間変動を高い解像度で調べることができたのは、本研究がはじめてです。現在は、この解析を日本全国の地震計に適用しています。すでに熊本地震以外の地震でも同様に弾性波速度が低下していることや、火山地域で弾性波速度の変動が大きいことなど、さまざまなことがわかってきています。

今後の実用化へ向けて

本研究で開発した手法は、GPS等の地表測地データの地下深部版と考えることもできます。地震や火山活動は地殻深部で生じる現象であり、その変動を正確に理解するためには、地殻深部を伝わる地震波を利用する本手法は有効であると考えられます。もし本手法を用いて地震前に発生する微小な変動や、噴火前のシグナルを捉えることができれば、断層や火山活動を予測する新たな情報源になる可能性があります。

現在、力を入れて研究しているのは、岩石物理理論や人工知能を使って、弾性波速度と地震や噴火に関係する物理量(たとえば水圧)を関連づける作業です。弾性波速度の時空間変化を引き起こすメカニズムを明らかにできれば、地震や噴火前にみられる重要なシグナルを見つけ出し、危険度を予測することも可能だと思っています。将来的には、日本列島全体のモニタリング結果を公開して、防災に寄与できるひとつの情報となればと思っています。

波動を上手く使えば、日々の生活に関わる多くのものをモニタリングできます。たとえば、橋梁や防波堤といった土木建築物の健全性も同様の方法でモニタリングすることができます。最近では、光ファイバーを地震計として利用できるようになり、さまざまな場所で振動を容易に測定できるようになりました。さらに膨大なモニタリングデータ(ビッグデータ)を扱うことのできる計算機も普及しました。今後は、波動を用いてさまざまなものをモニタリグし、その情報を身近な人間活動やビジネスで積極的に利用する時代がやってくると考えています。

参考文献
Nimiya, H., Ikeda, T., Tsuji, T., 2017, “Spatial and temporal seismic velocity changes on Kyushu Island during the 2016 Kumamoto earthquake”, Science Advances, 3(11), e1700813, doi:10.1126/sciadv.1700813.

Minato, S., Tsuji, T., Ohmi, S., Matsuoka, T., 2012, “Monitoring seismic velocity change caused by the 2011 Tohoku-oki earthquake using ambient noise records”, Geophys. Res. Lett., 39, L09309, doi:10.1029/2012GL051405.

この記事を書いた人

辻 健
辻 健
九州大学大学院工学研究院 教授、地球資源システム工学部門長、工学部地球環境工学科長、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)マルチスケール構造科学ユニット長など。地球や地球外天体の内部構造を可視化すること、地震や火山といった地球の動態をモニタリング・モデリングすることに生きがいを感じている。一方、CO2の問題は地球に対する責任から、I2CNERで研究している。地球をクローズされたシステムとして捉え、地球を利用して、大気中CO2を削減、さらにはマネージメントする技術の開発を行っている。