過去の氷床変動研究の重要性とアプローチ

南極氷床の融解は海水準の上昇に直結するばかりでなく、淡水供給による海洋循環の変動にも影響を与える恐れがあり、全球的な気候変動と密接に関連しています。そのため、南極氷床の変動メカニズムを理解することは、人為的温暖化の影響と考えられる氷床融解を適切に評価し、今後の地球環境変動を予測するうえで非常に重要です。

近年、南大洋(南極海)の水温上昇により西南極の棚氷の流出速度が急激に上昇し、西南極氷床も融解し始めていることが報告されています。とくに、氷床末端の融解は、大陸氷床内部に伝播しさらなる氷の流出を招き、急激な海水準上昇につながる恐れがあります。しかし、南極氷床、とくに東南極氷床の融解メカニズムは未解明の部分が多く、また、衛星観測などによる過去数十年間の観測のみでは、今後急激に変化するかもしれない氷床融解の可能性を含めて、将来的な南極氷床変動を十分に評価することは容易ではありません。つまり、南極氷床の融解予測の高精度化のためにも、地形地質学的データに基づく過去の長期的な氷床変動の精密な復元と、その変動メカニズムの解明が求められています。

日本の南極観測拠点、昭和基地が位置する東南極の宗谷海岸では、過去の氷床融解について非常に限られたデータが得られていたのみであり、詳細な現地調査を基にした時空間的な氷床融解過程とその融解メカニズムは明らかにされていませんでした。私は、この地域で数ヶ月におよぶ現地調査を2度にわたって実施し、さらに多地点より表面露出年代1を得ることで、直近の氷期である最終氷期2以降の南極氷床の時空間変動の精密な復元を試みました。

研究調査地域である東南極宗谷海岸。スカルブスネス、スカーレン、およびテーレンで氷河地形調査および、迷子石試料の表面露出年代測定を行なった。

大地に残された氷床変動の痕跡

南極大陸には氷に覆われず地表が露出する露岩が存在します。露岩域を注意深く観察すると、過去の氷床変動の壮大な歴史が見えてきます。

たとえば、露岩には大きい石が不自然にぽつんと置かれています。この巨大な石が山の上に河川や風の影響で運搬されることは考えられません。すなわちこの巨大な石は、氷河によって削り取られたもので、長い年月のうちに氷河の流れに乗って別の場所に運ばれ、氷河が融け去った後にその場に取り残されたものと解釈できます。このような石のことを「迷子石」といい、過去にその地域を氷河・氷床が覆っていた証拠になります。

また、地表面の基盤岩には線状の跡が刻まれている地点があります。この跡は氷河擦痕といい、氷河・氷床が過去に基盤岩の上を擦痕の伸びる方向に流れていた証拠になります。このように露岩に残された氷床変動の痕跡を、推理小説の探偵のように注意深く観察・記載していくことによって、過去の氷床変動についてのもっともらしい真実へと近づいていくのです。

スカルブスネスの迷子石と氷河擦痕

南極における野外調査ではヘリコプターを用いて目的地に移動します。日本の南極調査の拠点である昭和基地から比較的近傍の地域には小屋がある地点もありますが、基本的にはテントを設営しキャンプ生活を行います。調査時期は南極における夏期間(12月から2月)にあたります。気温はおおよそ0度程度ですが、天候が悪い日には風速20m以上の強風に見舞われることもありました。このように南極での野外調査は環境・体力面で辛く厳しい面があります。一方で、野外調査中に時折見せる南極の美しい景色は、調査の疲れを忘れさせてくれる格別なものでもありました。

調査地への移動は観測隊がチャーターする小型ヘリコプター(小型ヘリ)か、海上自衛隊が保有する輸送用大型ヘリコプター(大型ヘリ)を用いる。小型ヘリは少人数での調査地間の移動、大型ヘリは観測・設営物資の輸送など目的によって使い分けられる。写真は絶壁の上に着陸した小型ヘリ。

氷床の急激な融解とそのメカニズム

第57次(2015−16年)および第59次(2017−18年)日本南極地域観測隊において、東南極宗谷海岸南部の露岩域(スカルブスネス、スカーレン、テーレン)に赴き、現地での氷河地形調査を実施しました。

これら露岩域の29箇所から迷子石を採取し、日本に持ち帰って試料の表面露出年代を測定したところ、標高50mから400m(最高地点)まで連続的に採取した迷子石の表面露出年代は、およそ9−5千年前に収束することが明らかになりました。すなわち、最終氷期において東南極氷床はこの地域の最高地点(標高400m)を完全に覆っており、その後およそ9−5千年前にかけて急激に融解した(短期間で露出した)ことが示されました。この融解時期は南極における気温上昇のタイミングとは一致せず、むしろ調査地域近傍の海底谷への暖かい海水の流入時期と一致します。

横軸は迷子石の表面露出年代、縦軸は迷子石試料の採取地点の標高。表面露出年代測定の結果はおよそ9−5千年前に集中しており、この期間に急激に氷床が融解したことを示す。

以上の結果は、現在の西南極氷床の一部地域で確認されているような、暖かい海水の流入による急激な氷床融解が、過去の東南極において起こっていたことを示唆しています。このことは、将来的な氷床変動の融解予測のうえで、海洋による氷床の急激な融解メカニズム(海洋-氷床の相互作用)の理解が非常に重要であることを意味します。

宗谷海岸南部地域の氷床融解過程の概念図。青矢印は地形調査結果から推定される当時の氷床流動方向を示す。約2万年前の最終氷期最盛期に存在した厚さ400m以上の氷床は、約9−5千年前にかけて急激に融解した。この急激な融解の原因として、海底谷に流入した暖かい海水(周極深層水)が考えられる。

おわりに

地球上最大の氷床である東南極氷床の沿岸域において、暖かい海水の流入が原因と考えられる急激な氷床の融解が明らかになりました。本研究結果は南極氷床の融解メカニズムの理解に貢献するだけでなく、南極氷床変動の将来予測のためのコンピューターシミュレーションを検証・改良するための貴重なデータとなります。

今後、宗谷海岸近傍から採取された海底堆積物や海底地形データの分析・解析などを主とした「東南極における海域陸域シームレス堆積物掘削計画」による、海洋-氷床の相互作用に伴う氷床融解メカニズムの解明が期待されます。

脚注
1 表面露出年代
地表面が宇宙線にさらされている間に岩石中に形成される宇宙線生成核種(10Be・26Alなど)の蓄積量から推定される、地表面が氷床から露出した年代。

2 最終氷期
第四紀の氷期間氷期サイクルのうちの最後(現在から直近)の氷期。とくに最終氷期中の約2万年前の全球的に最も寒くなった期間のことを、最終氷期最盛期と呼ぶ。

 

参考文献

  • Kawamata, M., Suganuma, Y., Doi, K., Misawa, K., Hirabayashi, M., Hattori, A., & Sawagaki, T. Abrupt Holocene ice-sheet thinning along the southern Soya Coast, Lützow-Holm Bay, East Antarctica, revealed by glacial geomorphology and surface exposure dating. Quaternary Science Reviews, 247: 106540, 2020. https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2020.106540
  • 川又基人・菅沼悠介・土井浩一郎・澤柿教伸・服部晃久.氷河地形調査と表面露出年代測定に基づく東南極宗谷海岸南部Skarvsnesにおける氷床後退過程の復元.地学雑誌 129: 315−336, 2020. https://doi.org/10.5026/jgeography.129.315
  • 菅沼悠介・石輪健樹・川又基人・奥野淳一・香月興太・板木拓也・関 宰・金田平太郎・松井浩紀・羽田裕貴・藤井昌和・平野大輔.東南極における海域–陸域シームレス堆積物掘削研究の展望.地学雑誌 129: 591−610, 2020.https://doi.org/10.5026/jgeography.129.591

この記事を書いた人

川又基人
川又基人
土木研究所 寒地土木研究所 寒地基礎技術研究グループ 防災地質チーム 研究員
総合研究大学院大学 極域科学専攻修了、博士(理学)取得。博士課程では南極露岩域において、野外地形調査に基づく南極氷床変動の復元をテーマに研究を行なった。現在は主に、北海道を中心とした積雪寒冷地における自然災害をテーマに、地形・地質観点からの防災対策研究に取り組んでいる。