急速に融ける北極域の氷河

「氷河」とは、極域や高山域の陸地を覆う巨大な氷の塊です。地球温暖化の影響を受け、世界中の氷河が急速に縮小している現状が近年の研究によって明らかとなっています。そのなかでも北極域は、地球上で最も速いスピードで気温上昇が進行しており、氷河の急激な融解が注目されています。氷河の融け水は、海水準や海の環境に影響を与えるだけでなく、氷河から流出し河川となって人々の生活圏に影響を与えます。

北極圏に位置するグリーンランドは、面積の約80%が氷に覆われた世界最大の島です。氷河と海に挟まれたわずかな土地に5万人余りの人々が暮らしています。集落の近くを流れる氷河の流出河川は、生活に必要な水を供給する一方、洪水災害などのリスクを内包する存在でもあります。近年、これらの河川が夏季に増水し、集落に被害を与えた事例が報告されるようになりました。グリーンランド北西部、北緯77度に位置する極北の集落カナック村でも、2015年7月と2016年8月に、氷河の流出河川が増水して村の道路を破壊しました。

グリーンランド北西部に位置する極北の集落カナック村

私たちの研究チームは、GRENE、ArCS、ArCS Ⅱと呼ばれる北極研究プロジェクトに参画して、2012年からカナック村を拠点として氷河の研究活動を行っており、上述した洪水災害の様子を目の当たりにしました。破壊された道路は、空港と居住地を結ぶ唯一の交通路であり、約 600人のカナック村住民にとって重要な生活基盤です。したがって、洪水の原因究明と、将来への災害対策が喫緊の課題として求められていました。

しかし、カナック村を流れる河川では調査の実績がなく、洪水発生時の河川流量と増水の原因は明らかではありませんでした。災害対策に資する明確な指針を打ち出すためには、氷河の融解量と、融け水が流出する仕組みを明らかにし、洪水発生時の河川流量を再現する必要がありました。

2016年8月にカナック氷河から流れ出る河川が増水し、カナック村の道路を破壊した。

現地観測と数値シミュレーションで、洪水発生の原因を解き明かす

私たちは2016年から2019年の夏に現地を訪れ、洪水を引き起こした河川と、その源流であるカナック氷河で観測活動を行いました。

カナック氷河はカナック村から徒歩1時間程度の場所にある「裏山」のような氷河です。私たちはこの氷河に週3日ほど足を運び、表面の雪・氷が融けた量や、降った雪の量を継続して測定しました。氷河上で測定を終え、村へ帰るころには1日の歩行距離が20 kmに及ぶこともあります。骨の折れる作業ですが、雪、氷、海に囲まれた美しい氷河の上で過ごす1日は、どこか浮世離れしていて私が最も愛する時間のひとつです。

氷河から流出する河川では、2017年から2019年まで夏季の河川流量の推移を測定しました。さらに、2015年から2019年までの氷河上の気象データについて、国立極地研究所と気象庁気象研究所から提供を受けました。

カナック氷河(左)とその流出河川(右)で観測を行った。

このようにして得た観測データをもとに、私たちは氷河流出河川の流量を計算する数値モデルを構築しました。数値モデルでは、氷河上で観測された気象データをもとに氷河表面と大気の熱収支を計算することで、氷河の雪・氷が融ける量を計算します。

次に、氷河の融け水と流域に降った雨がいつ、どれくらい河川へ流出するかを、タンクモデルという手法を用いて計算します。タンクモデルは、水の再凍結や雪への浸透、流出を、水槽を模したモデルで数式化し、氷河から水が出てくるタイミングを計算することで、河川流量の推移を再現する手法です。

これらの手法は、積雪の利用と河川に対する防災技術に秀でた日本の雪氷研究によって育まれたものです。この数値シミュレーションによって、当時の気象データから2015年と2016年の河川流量を復元し、洪水発生の原因を探りました。

現地観測で得た知見をもとに、河川流量を計算する数値モデルを構築した。

急激な氷河融解と豪雨が洪水を引き起こした

観測データに基づいて、雪・氷の融け方や、雪に浸透する水の量に関するパラメータを調整しました。その結果、2017年から2019年に観測された氷河流出河川の流量を正確に再現する数値モデルを構築することに成功しました。この数値モデルを用いて、2015年と2016年の洪水発生時の氷河融解と河川流量を再現したところ、これまで未知だった洪水発生のメカニズムが明らかになりました。

2015年の洪水は、暖かく強い風が氷河を激しく融かしたことが原因でした。気温の上昇と強風イベントが重なり、洪水発生日の雪・氷の融解量は氷河全域の平均で50 mmに達するほどでした。一方で2016年の洪水は、数年に一度の規模を持つ集中豪雨が原因でした。1日で降った雨の量は90 mmに達し、過去5年で2番目の規模と判明しました。

これらの洪水イベントは、いずれも氷河上の雪が融け去って氷が露出する夏の終わりに発生しています。つまり、融け水が雪に吸収されることなく氷の上を流れ下り、すぐさま河川へ流出することで、急激に河川流量が増加したのです。これらの結果は、今後さらなる気温上昇や雨量増加が予測されている北極域において、洪水のリスクが増加する可能性を示しています。

激しく変化する北極域に生きる人々の未来

グリーンランドでは、2050年までに2度、2100年までに4度の気温上昇が気候モデルによって予測されています。この予測通りに気温が上昇した場合、氷河の融解はさらに激しくなり、河川流量は増えると予想できます。では、具体的にどれくらい増えるのでしょうか?

この疑問に答えるため、気温上昇による河川流量の変化を数値モデルで予測しました。その結果、現在よりも頻繁に、より激しい氷河の融解や豪雨が発生し、河川流量が現在の約3倍に増加することが明らかになりました。この結果は、今後予測されるさらなる温暖化によって、グリーンランド沿岸部の集落が深刻な災害に直面する可能性を示しています。

2017年の河川流量(青)と気温が2℃上昇した場合の河川流量(赤)。気温上昇によって、2015年に洪水が発生した際の流量(黒、破線)を頻繁に超えることが判明した。

本研究によって、北極グリーンランドで発生した氷河流出河川洪水の規模とメカニズムが明らかになりました。また、今後予測される温暖化によって、洪水災害のリスクがさらに甚大化する可能性を示しました。これらの成果は、将来を見据えた洪水災害対策に具体的な指針を与えるものです。

私たちは、現地の小学校などで集会を行い、得られた成果をカナック村の住民に伝える活動を行っています。住民との集会は、自然と密接な関わりを持って暮らすカナック村の人々から、現地の環境変化について私たちが学ぶ機会でもあります。

小学校などの場を借りて、研究成果をカナック村の人々に伝える集会を行っている。カナック村の人々は暮らしのなかで、現地の環境変化についてさまざまなことを感じ取っている。

今後は氷河と河川での観測を継続し、本研究で開発した数値モデルの精緻化や、氷河・氷床変動への応用を目指します。さらに、北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ)に参画する工学、人文社会学の専門家と協力し、本研究で得られた成果を道路や橋梁設計に役立て、気候変動の適応策を打ち出す社会実装に繋げたいと考えています。

これらの活動を通じて、北極域における環境変化とその人間社会への影響を理解し、グリーンランドの持続的発展に貢献することを目指します。

参考文献
・Kondo K., S. Sugiyama, D. Sakakibara and S. Fukumoto: Flood events caused by discharge from Qaanaaq Glacier, northwestern Greenland. Journal of Glaciology, 2021.
https://doi.org/10.1017/jog.2021.3

・Sugiyama S., N. Kanna, D. Sakakibara, T. Ando, I. Asaji, K. Kondo, Y. Wang, Y. Fujishi, S. Fukumoto, E. Podolskiy, Y. Fukamachi, M. Takahashi, S. Matoba, Y. Iizuka, R. Greve, M. Furuya, K. Tateyama, T. Watanabe, S. Yamasaki, A. Yamaguchi, B. Nishizawa, K. Matsuno, D. Nomura, Y. Sakuragi, Y. Matsumura, Y. Ohashi, T. Aoki, M. Niwano, N. Hayashi, M. Minowa, G. Jouvet, E. van Dongen, A. Bauder, M. Funk, A. A. Bjørk and T. Oshima: Rapidly changing glaciers, ocean and coastal environments, and their impact on human society in the Qaanaaq region, northwestern Greenland. Polar Science, 27, 100632, 2021.
https://doi.org/10.1016/j.polar.2020.100632

この記事を書いた人

近藤 研, 杉山 慎
近藤 研, 杉山 慎
近藤 研(写真左)
愛知県出身。北海道大学工学部情報エレクトロニクス学科卒業。現在は北海道大学環境科学院地球圏科学専攻で、博士号の取得を目指し研究に励んでいます。北極や南極の氷河を対象に、質量収支や氷流動について研究しています。大気や海洋と密接な相互作用を持つ氷河変動のメカニズムを、現地観測や衛星画像解析、数値実験などを駆使して理解することを目指しています。緯度と標高が高い場所が大好きです。

杉山 慎(写真右)
愛知県出身。大阪大学基礎工学部にて超高圧物理を専攻して修士課程を修了。その後、信越化学工業、青年海外協力隊(ザンビア共和国)を経て、北海道大学地球環境科学研究院にて氷河の研究を始めて博士課程修了。スイス連邦工科大学にて研究員を勤めた後、2005年から北海道大学低温科学研究所に勤務。グリーンランド、南極、パタゴニア等の地域で、氷河氷床の変動とそのメカニズム解明に取り組んでいます。美しい氷河にどっぷり浸る現地調査は、私にとって特別な時間です。ご一緒にいかがですか?
研究室HP:http://wwwice.lowtem.hokudai.ac.jp/index.html