異なる種同士をかけ合わせた「雑種」が持つ特徴に共通点はあるか? – 動物分類群を横断したメタ解析で明らかになったこと
雑種個体が持つ特徴
生物は別の種の個体と交配する「交雑」をしばしば起こします。両親の遺伝子が足し算的に子の特徴を決める、という私たちが無意識に持っている先入観からすれば、異なる種同士の両親から生まれる雑種第1世代の個体は、両親の平均的な特徴を持つことになるでしょう(雑種第1世代同士のカップルから生まれた子を雑種第2世代と呼びます)。
しかし実際には、雑種第1世代はしばしば両親よりも早く成長して大きくなったり、より甲高い声で鳴いたりするなど、両親が持たなかった性質を持つことがあります。さらに農業では、雑種第1世代は親となった品種よりも品質が安定しやすいということが経験的に知られています。つまり、雑種第1世代がもつ形質値1やそのばらつきは、両親の中間でないことがしばしばで、両親よりも極端に大きく/小さくなることすらあるのです。
では一般論として、雑種第1世代がもつ形質値やそのばらつきにはどのような傾向があるのでしょうか。動物全体を押しなべて見ると、雑種は両親の平均よりも体が大きいとか、色味にばらつきが大きいとか、そういった全体としての傾向を知りたくなりました。そこで今回私は、さまざまな学術論文として出版されているデータを統合したメタ解析を行いました。
シドニーで始めたメタ解析
メタ解析は医学から始まった研究スタイルで、私の専門である進化生物学・生態学分野でも、海外では盛んに使われています。メタ解析研究を方法開発面から実用まで先導している研究者は、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の教授である日本人研究者・中川震一博士です。博士課程2年の秋、なんともクソ生意気に育った私は、指導教員であり私を持て余した北海道大学・小泉逸郎博士の勧めのままに、特に研究アイデアもないまま中川博士のもとに修行に尋ねました。これは、春・夏の淡水魚ウグイのお見合い実験で精魂尽き果てた私のリフレッシュ旅行でもありました。短期留学は日々刺激にあふれ、仕事の仕方から大学組織の在り方など、本当に学ぶことの多い毎日でした(参考:留学体験記)。
中川博士は貴重な時間をブレインストーミングに割いてくださり、そこで私たちはたくさんのアイデアを経て、雑種第1世代がもつ形質値のばらつきに思い至りました。中川博士がばらつきを比べるメタ解析を発明していたこと、私が雑種に興味を持っていることを足し合わせたごく単純なアイデアです。
それにたどり着いたとき私は、北大でさまざまな研究者をお招きして開いていたセミナー・EZOゼミでの発表をおぼろげに思い出しました。鳥の歌の遺伝様式を調べていたその研究では、歌のある部分の形質平均値が親種と雑種ではあまり変わらないのに、形質値のばらつきが雑種第1世代で大きくなっていた、そしてばらつきにはその場の誰も興味を持っていなかった、と。雑種第1世代は、親のゲノムを1セットずつ持っているだけの存在なので、遺伝的にいろいろなレパートリーを持っているわけではありません。なぜ形質値のばらつきが雑種第1世代で親種よりも大きくなるのか疑問に思ったのですが、すぐに忘れてしまっていました。それがはるばる南半球に来てフラッシュバックしたのです。これは行ける、大穴テーマだ、と中川博士と興奮し、研究にとりかかりました。
メタ解析の準備はとにかく、解析の対象に含められそうな研究がどれくらいあるのか探るところから始まります。仮テーマを決めてからひたすら検索エンジンと向き合い日々数百本の論文に目を通すこと約1週間、「いつも大学にいる日本人」という名声を周囲から得て計2000本くらいの論文に目を通したころ、十分な量のデータが手に入りそうなことがわかりました。
そうして、検索フレーズやデータ採用基準をはっきりさせたうえで再び検索エンジンと向き合い、最終的には、計39種ペアでの動物の交配実験データを使って、メタ解析することになりました。性差を排除するために、データはオス特有の形質(交尾器の形や繁殖時の歌声)に絞りました。
雑種の特徴は親同士の平均に合わない
結果、雑種第1世代オスの形質値は、親種同士の平均値よりも約14%小さいこと、母親となった種のオスに5%似ていることがわかりました。母親が卵の質を介してもたらす体サイズへの影響が、鳴き声や交尾器サイズに波及したのかもしれません(学習の効果は排除されています)。さらに、全体の45%もの形質で、雑種第1世代に親種の範囲を超えた形質値が現れており、交雑は真新しい性質を生物にもたらすうえで強力なプロセスだと考えられました。
雑種第1世代の性質のばらつきは、親種同士が遠縁になるほど大きくなる
全体の51%もの形質で、雑種第1世代のばらつき2が両親種よりも小さくなっており、「雑種第1世代で品質が安定する」という農産物育種での経験則が確かめられました。一方で25%の形質では、雑種第1世代の形質値ばらつきが両親種よりも大きくなっていました。詳しく分析すると、親種同士が遺伝的に遠縁であるほど、雑種第1世代の形質値ばらつきが大きくなっていました。逆にいえば、育種で交配に使われるような遺伝的に近縁な親系統同士からは、ばらつきの小さな雑種第1世代が生じやすいといえます。
繰り返しになりますが、雑種第1世代は、親のゲノムを1セットずつ持っているだけの存在なので、遺伝的にいろいろなレパートリーを持っているわけではありません。レパートリーの数、つまり遺伝的多様性は純系統(親種)と概ね同じであるはず。ではなぜ、形質値ばらつきが親種と雑種第1世代のあいだで食い違うのでしょうか。私たちは、両親のゲノム同士の相性が関与していると考えています。
遺伝的に遠く離れた種同士から生まれた雑種では、構成やはたらきが大きく異なる両親のゲノム同士がけんかしてしまう結果、身体作りが上手くいかなくなるとされます(外交弱性・遺伝的不和合)。身体作りが不安定になるために、遠縁な種ペアから生じた雑種第1世代は形質値が大きくばらつくようになるのかもしれません。
近縁な種ペアから生じた雑種では、両親のゲノムのはたらきが似ているためにけんかをせず、かつ一方のゲノムに溜まっていた有害な変異をもう一方がカバーするために、両親よりも雑種第1世代の方が逞しく成長することがあります。このような雑種強勢により発生過程が安定し、ばらつきの小さな雑種が生まれたかもしれません。興味深いことに、雑種第1世代が親種の範囲を超えた値を見せた形質では、形質値のばらつきが両親よりも大きくなっている傾向がありました。不安定な身体作りが、雑種第1世代が示す真新しい性質の源のひとつだと考えています。
これまで雑種第1世代での形質値のばらつきは、ノイズとして無視されがちでした。研究者の興味が平均値にあるからです。ですが形質値のばらつき、つまり多様性は、生物個体群が変動環境下で生き抜くうえで必須です。したがって、ばらつきがどのように生じるのか理解することが生物個体数の増減や存続を予想するうえで大事です。
この研究では、さまざまな動物種での知見を統合することによって、1)雑種第1世代の形質値は親種の平均ではないこと、2)雑種第1世代の形質値ばらつきは親種よりも小さいことが大半であること、3)親種同士が遺伝的に遠くなるごとに雑種第1世代のばらつきが大きくなっていることなどを明らかにしました。つまり、雑種第1世代の形質値もそのばらつきも、親種の遺伝子同士の非足し算的な効果できまっているのです。雑種が自然界に定着できるかどうかのカギを握っているのは、そのような遺伝子同士の非足し算効果なのかもしれません。
長かった道のり
出版されている情報を集めて再解析しただけのこの研究ですが、論文が受理されるまでに3年半もかかってしまいました。博士課程のテーマにも含まれず、生きものは待ってくれないので別の飼育実験を優先したりと、進んでは止まるしゃくとりむしのように進めてきたプロジェクトだからです。
その結果、雑種の形質平均値をより網羅的な分類群で調べた論文が別のグループにより先に出版されてしまい、大いに悔やみました。ですが、再開のたびに新しい解析アイデアが生まれて、結果はより面白くてんこ盛りになり、新しさが増しました。最終的には、私が最も好きで目標だった雑誌にすんなり掲載が決まりました。研究は時間をかければいいというものでは決してありませんが、これだけの時間をかけてようやく、私は初めての自信作を仕上げられました。
農業育種での経験則を確かめられたということが気に入っています。この経験則は論文の原稿をあらかた仕上げた後、散歩中に見つけたお茶屋さんに入って、待ち時間に読んでいたフリーペーパーで偶然知ったものです。私が知りたかったことを、異分野の人々が古くから経験的に知っていたことに感動しました。しかも育種の論文を漁ると、交雑による品質の安定は引用もなくさらっと述べられているだけ。彼らにとっては当たり前の通説でした。通説を確かめることができたのも本研究の意義だと思っています。
この研究の始まりも締めも、なんとなく見聞きしたことが彩っています。勇気をもって新しい世界に挑戦すること、日ごろから浅く広くアンテナを張っていることが研究には大事なのだと実感しました。
脚注
1 形質値:たとえば、体長200cmで50mを3秒で泳ぐといった、生物がもつ特徴である形質(体の大きさ、泳ぎの速さなど)の値。
2 今回扱った「ばらつき」は、変動係数つまり分散を形質の平均値で割った値です。
参考文献
Atsumi, K., Lagisz, M. and Nakagawa, S. (2021), Non-additive genetic effects induce novel phenotypic distributions in male mating traits of F1 hybrids. Evolution. https://doi.org/10.1111/evo.14224
この記事を書いた人
- 1992年、名古屋市生まれ。アメリカ・テキサスA&M大学でポスドクをしています。メキシコの山奥で、近年の交雑を介して生まれた、餌も住処も似ている2種類の魚がどうやって共存していられるのか、その生態的なメカニズムを調べようとしています。サメの新種を見つけようと分類学者を志した少年は、北海道の大地での淡水魚ウグイの行動・進化の研究を経て、研究テーマ何でもありのオープンデータ大好きおじさんへと成長しました。コロナ禍でポスドク生活は大打撃を被りましたが、楽しく過ごしています。なお、メタ解析準備のコツは自分のホームページで公開しています。お役に立てれば幸いです。