釣り人の写真は貴重な資料! – Web上の写真をもとに川魚ウグイの繁殖生態を明らかにする
生きものがどの場所でいつごろ繁殖するのか、モテるためにどのような工夫をしているのか、そして、それらが地域によってどう違うのかーーこれらを明らかにすることは、生きものの進化を探るうえでとても大事です。しかし、繁殖は短い期間で終わってしまうので、多くの地域で調査するには複数年にわたる調査や人手が必要となります。そのため、研究のハードルは高いといえます。
今回は、そのような実際の野外データの代わりにWeb上の写真を使って、みなさんに親しみのある川魚ウグイが、いつ繁殖するのか、どのような婚姻色をもっているのか、それらは地域ごとに違うのか、調べました。
ウグイってどんな魚?
ウグイは、沖縄県を除く日本全国、そしてロシア、朝鮮半島に分布する、最大で体長が50㎝になる魚です。川の中流域に多く住んでいてとてもよく釣れるので、釣り人には良い意味でも悪い意味でもよく知られた魚です。ウグイには、とても面白い特徴が3つあります。
1. 海と川を行き来できる
コイの仲間はほぼすべてが川魚ですが、ウグイは海と川を行き来できるというとても珍しい能力を持っています。
2. 違う種類とも繁殖する
ウグイの近い仲間としてエゾウグイ、マルタという種類がいますが、ウグイはとくにマルタとハイブリッドを作ることが知られています。
ただし、これらの特徴は今回の研究とは直接は関係ありません。今回注目するのは、次の特徴です。
3. オスもメスも婚姻色を出す
多くの生きものでは、メスに自分の繁殖相手としての質をアピールするため、オスが派手な見た目をしています。これに対しウグイは、産卵期にはオスもメスも同じような婚姻色を見せるとされています。
どうしてウグイがこのような特徴をもつのか、僕は興味を持っています。そのためにも、婚姻色にはどのようなバリエーションがあるのか、それは場所によって違うのか、全国スケールで明らかにしたいと考えました。しかし僕は昨年度新しく研究室に入ってきた学生。お金も人手もありません。どうしたものか……。
Web情報を生物学に利用する
そこで、指導教官である小泉准教授が提案したのは「写真ググればええよな」ということでした。当然、僕は「うそお!?」と思ったのですが、確かに、釣り人のブログを中心に、Web上ではとても多くのウグイ写真が見つけられます。さらに最近では、Web上の画像を使った生物学の研究がちらほらと出てきています。
そこで、Google画像検索やTwitterを通じて本格的に写真を探してみました。すると、撮影場所がわかる鮮明なウグイ写真を、日本の42都道府県から401枚見つけることができました。写真探しに使った時間は多く見積もっても5日間。費用はインターネットプロバイダ代のみ。もちろん自分の足で稼ぐデータに比べれば信頼性は低いのですが、たったこれだけのコストで日本全国から情報を集められるのはやはり魅力です。
未知の婚姻色パターンを発見!
Web上の写真は撮影条件がばらばらなので、直接色を分析することができません。そのため、下図のように、ウグイの体の7部位を決め、その部位の色を黒、灰色、黄色、オレンジの4つに分類しました。
とても主観的な分類ではあるのですが、分類の客観性を評価するため、他の方にも分類をお願いして僕の結果と照らし合わせたところ、一致率が8割を超えることを確かめました。そして婚姻色のパターンを精査すると、下図のe、fのようなこれまでに知られていなかったパターンを見つけることができました。
その一方で、ひとつの川のなかでもさまざまな色パターンが見られ、地域による違いはほとんど見つけられませんでした。
多くの魚で、婚姻色は個体のコンディションによって変わります。写真によって個体のコンディションは違うでしょうから、今回の結果にどれくらいその個体のコンディションが影響していて、どれくらいその個体の安定した特徴が反映されているのかはわかりません。しかし、これまで黒帯2本、赤帯3本という簡単な記述しかなかったウグイの婚姻色について、より詳しく知ることができたのは間違いありません。
婚姻色のある/ない写真の撮影時期から産卵期を見積もる
写真のほとんどは釣り人のブログで見つかったため、写真の日付けが多くの写真で明記されています。また、ウグイの婚姻色は繁殖期にのみ現れるとされていますので、婚姻色があるウグイ/ないウグイが撮影された日付から、ウグイの繁殖期を見積もることができるのではないかと考えました。
写真は特定の地域で多く撮られており、東京都・神奈川県の多摩川では98枚、長野県の千曲川では33枚、北海道の千歳川では72枚もの、日付のわかる写真が見つかりました。そして、婚姻色があるウグイ/ないウグイ写真の日付と、昔調べられた各川でのウグイの産卵期を照らし合わせると、千曲川と多摩川では、婚姻色のある写真が撮影された時期は昔のウグイの産卵期(多摩川は1969年、千曲川は1955年)とよく一致することがわかりました。一方で、千曲川での婚姻色写真の撮影時期は、1935年に報告された産卵時期よりも1か月以上前にずれています。それでもなお、見積もった産卵期は 多摩川→千曲川→千歳川と、北に行くにつれて約2か月遅くなっていました。
実際には、「婚姻色を出している時期」と「産卵が始まって終わるまでの時期」が完全に一致するとは限りません。ですが、婚姻色の有無というわかりやすい指標を使って繁殖期を見積もるこのアプローチはとても便利で、他の生きものにも応用可能です。
たとえば植物では、花の有無を使って繁殖期を調べられます。Web上の情報がより一層たまっていくであろう今後は、年ごとに産卵期を見積もって、産卵期の年ごとの変化を簡単に調べられるようになるでしょう。気候変化による生きもののタイムスケジュールの変化が懸念される昨今、このようなWeb写真の研究利用は重要になってくるかもしれません。
引用文献
Atsumi K, Koizumi I (2017) Web image search revealed large-scale variations in breeding season and nuptial coloration in a mutually ornamented fish, Tribolodon hakonensis. Ecological Research DOI: 10.1007/s11284-017-1466-z
この記事を書いた人
- 1992年、名古屋市生まれ。アメリカ・テキサスA&M大学でポスドクをしています。メキシコの山奥で、近年の交雑を介して生まれた、餌も住処も似ている2種類の魚がどうやって共存していられるのか、その生態的なメカニズムを調べようとしています。サメの新種を見つけようと分類学者を志した少年は、北海道の大地での淡水魚ウグイの行動・進化の研究を経て、研究テーマ何でもありのオープンデータ大好きおじさんへと成長しました。コロナ禍でポスドク生活は大打撃を被りましたが、楽しく過ごしています。なお、メタ解析準備のコツは自分のホームページで公開しています。お役に立てれば幸いです。