近年、日本のいくつかの川や湖で、アメリカナマズと呼ばれる外来魚が増えつつあります。過去に養殖目的で輸入された個体の一部が野外に逃げ出し、定着したものと言われていますが、流れの速い日本の河川環境は、かれらの本来の生息地である北米大陸の大河とはかなり様相が異なります。今回は、そんな日本の川で暮らすアメリカナマズの生態の一端をご紹介します。

魚の泳ぎと浮力の関係

水中を泳ぎまわる多くの魚類は、鰾(うきぶくろ)に空気をためて浮力を得ることで自らの体重を支えています。魚が水中で十分な浮力をもつ場合、体にかかる重力が相殺されて、浮きも沈みもしない「中性浮力」の状態にあります。このとき、尾びれを振って得られる推進力はすべて、前に進むのに使われます。いっぽう、十分な浮力をもたない場合は、体にかかる重力を相殺しきれず、放っておくと体が沈んでいってしまう「負の浮力」状態になります。このとき、同じ深度に留まるためには、やや上向きに泳ぎ続ける必要があります。つまり、尾びれを振って得られる推進力の一部を、体を持ち上げるために使わなければならず、中性浮力の状態と比べてロスが生じてしまいます。ですから、一定の深度で長距離を移動する際には、中性浮力をもつ方がエネルギーの消費を低く抑えられます。

このように、魚はうきぶくろをもつことで効率よい泳ぎを可能にしていますが、うきぶくろにためられた気体は、周囲の圧力に応じてその体積が変化するため、深く潜ったときなどには十分な浮力を確保できるとは限りません。このような状況下では、体を下向きに引く重力を活用して、尾びれを振らずに斜め下向きに進む「グライド遊泳」を活用することで、移動コストを低減できる可能性が理論的に示唆されています。

魚の泳ぎと浮力の関係

アメリカナマズとは

日本国内で近年定着しつつある外来種のアメリカナマズ(チャネルキャットフィッシュ)は、北米原産のナマズの仲間です。

2013年に愛知県矢作川で捕獲されたアメリカナマズ

本種は湖沼から河川まで幅広い環境に生息し、利根川水系をはじめとする複数の水系で分布を広げつつあります。かれらの分布拡大の要因として、移入先でそのとき利用可能な食物を柔軟に餌として利用する雑食性、オス親が卵を孵化まで保護する習性や、稚魚のうちからヒレに鋭いトゲをもち、他の生物に捕食されにくい防御力などが挙げられていますが、以下で説明する行動面の特徴も、ひとつの要因として考えられます。

アメリカナマズは、コイ科やサケ科、他のナマズ科魚類と同じく、気道とつながった鰾をもつ開鰾魚(かいひょうぎょ)で、口から空気を飲み込んだり吐き出したりすることで、鰾内の気体量を速やかに変化させて自身の浮力を調節する能力を持っています。過去に行なわれた研究から、アメリカナマズは、負の浮力状態でグライド遊泳を活用することで、長距離を移動する際のコストを最大で43%も削減できると予測されていました。私たちは、かれらがこの効率的な遊泳方法をもつことでエネルギー消費を減らし、エサから得るエネルギーを成長や繁殖により多く使えることも、かれらの繁栄に一役買っているだろうと考え、浮力に着目してその行動を調べることにしました。

野外で泳ぐ魚の浮力を測る

私たちは、湖および河川にすむアメリカナマズの行動をそれぞれ、動物装着型の行動記録計(データロガー)を用いて調べました。

行動記録計を装着したアメリカナマズ

行動記録計を装着したアメリカナマズを、野外の河川および湖沼に放流し、回収した記録計から、その期間中のかれらの滞在深度、経験水温、遊泳速度および3軸方向の加速度の情報を取得します。それらの行動データを解析することで、かれらがどのような浮力状態を選択し、どの程度の頻度でグライド遊泳を活用したかを読み取るのです。たとえば、左右方向の加速度から尾びれをどの程度強く振ったかがわかるので、尾びれを振らずに潜っていれば「グライド遊泳をしているな」とわかります。

行動データからグライド遊泳と浮力を読み取る

浮力についても同様です。負の浮力をもつ魚は下向きの重力を受けているため、浮上する際には潜降時よりも激しく尾びれを動かさないと同じ速度に達しませんが、中性浮力の場合、体は浮きも沈みもしないので、浮上する時も潜降するときも、同じだけ尾びれを動かせば同じ速度に達すると考えられます。このように、潜降時と浮上時の遊泳強度の違いを検出することで、魚の浮力状態も推定することができます。

国内の湖(霞ヶ浦)および2つの河川(利根川、矢作川)で得られたアメリカナマズの行動データをみると、湖のアメリカナマズは負の浮力をもち、積極的にグライド遊泳を活用していた一方、河川にすむアメリカナマズは、中性浮力をもち、グライド遊泳はほとんどしていませんでした。流れがある河川では、同じ場所に留まるだけでも、流れに逆らって尾びれを振り続けなければなりません。負の浮力では、尾びれを振って体を持ち上げるエネルギーが余分に必要となり、また流れがあるために、尾びれを振らずに受動的に進むグライド遊泳が困難でもあります。そのため、流れのある川では、中性浮力の方がエネルギー消費を抑えられるのです。

浮力にまつわる定説を覆す

従来、止水にすむ魚は中性浮力で体を支えて遊泳コストを下げる一方、流水中で暮らす魚は体を水より重くして川底にじっと留まり、流れに逆らうコストを下げると考えられてきました。これは、流水にすむ魚では、止水にすむ近縁の種と比べて鰾が小さいという観察事実に基づいています。しかし、今回野外でみられたアメリカナマズの行動は、この定説とは正反対のように見えます。私は、かれらの遊泳時のエネルギー消費だけでなく、かれらのエネルギー獲得、すなわち採餌方法の違いが、この結果を説明するカギだと考えています。

今回実験を行なった霞ヶ浦のアメリカナマズは、湖底付近にすむ底生動物を主なエサとしていることが知られています。そのためかれらは中性浮力で水中に留まる必要がなく、負の浮力で沈みがちな体でグライド遊泳を活用し、水底中心の生活を送っていると考えられます。いっぽう河川では、水の流れに乗って上流から流れてくる水生昆虫や、水中を泳ぎまわる小型の魚類などを捕食しているとの報告があります。水面から川底まで鉛直方向に広く泳ぎまわってエサをとる際には、先に述べたとおり、体を支えるのに余分な力を必要としない中性浮力の方が適しているのでしょう。つまり、かれらの浮力状態は単に「流れを避けるかどうか」で決まるのではなく、流れの有無で異なるエサ環境に応じて、エネルギー消費を抑えられる適切な浮力状態および遊泳方法を選択していると考えられます。

おわりに

近年、小型の行動記録計を利用するバイオロギング手法によって、野外で暮らす動物たちが、環境条件の管理された飼育下とは異なる振る舞いをすることが明らかになりつつあります。外来魚であるアメリカナマズが、日本の湖や川でいかに振る舞っているかという知見は、かれらの行動特性を考慮した、より効果的な駆除方法の開発につながる実用的な側面をもちます。

他方、外来種であるかれらがどれだけ「省エネな」暮らしを送っているかを理解することは、原産地と比べてはるかに流れの速い日本の河川への適応の様子を探る試みと捉えることもできます。生物が進化の過程で物理的な制約をいかに乗り越え、形態や行動を最適化してきたかに迫る、という観点も合わせ持ちつつ、今後も研究を進めていきたいと考えています。

参考論文
1) Yoshida MA, Yamamoto D, Sato K (2017) Physostomous channel catfish, Ictalurus punctatus, modify buoyancy and swimming mode according to flow conditons. J. Exp. Biol. 220: 597-606.
2) 山本大輔, 酒井博嗣, 阿部夏丸, 新見克也, 吉田誠(2014)矢作川におけるチャネルキャットフィッシュの生息状況と採集方法. 矢作川研究 18: 25-31.
3) Saunders RL (1965) Adjustment of buoyancy in young Atlantic salmon and brook trout by changes in swimbladder volume. J. Fish. Res. Board Can. 22: 335-352.

この記事を書いた人

吉田 誠
吉田 誠
東京大学大学院農学生命科学研究科の博士課程在学中。現在は東京大学大気海洋研究所にて、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を用いるバイオロギング手法で、コイやナマズなど大型の淡水魚の行動や生態を研究しています。「一見、水中で自在に振舞っているように見える魚たちも、実はさまざまな"不自由さ"と共に暮らしているのではないか。」そんな視点から、行動記録計を使ってかれらの生き様を明らかにしたいと考えています。とはいえ、記録計をつけた魚をいったん放流してしまえば、あとは魚から機器が切り離されて水面に浮かんでくるまで、全てが魚まかせ。日々、魚たちを追いかけて湖のほとりや川沿いの陸地を走り回っています。