都会の人々は生きものが苦手?

皆さんは生きものが好きでしょうか、それとも苦手でしょうか? 近年、「生物多様性」は自然豊かな地域のみならず、都市においても野生動植物の保護や人々の生活の質の向上という観点から注目されています。チョウが飛び交い、鳥のさえずりが聞こえる街は、生きものの気配のない街よりも、人々に日々の安らぎや楽しさを与えてくれるイメージがあります。

しかし一方で、「生物多様性」とは多様な生物が存在することであり、そこには人間にとって有害・不快な生物も含まれます。都市に不快な生物も増えた場合、人々は受け入れられるのでしょうか。皆さんも教室や職場にハチが飛び込んできて、大騒ぎになった経験があるかと思います。また、私の住む団地の掲示板ではスズメバチやヘビなどに対する「注意」の貼り紙をたびたび目にします。

ある程度緑のある環境で、これらの生物が見かけられるのはごく自然なことのはずですが、このような注意喚起がなされるのは住民側の要望があるからでしょう。実際に、都市部におけるハチやヘビなどの不快な生物に関する行政への相談件数は近年増加傾向であり、それらの生物に対する都市住民の受容性の低下が原因のひとつと考えられています。

では、なぜ都市住民の受容性は低下しているのでしょうか。よく、「最近の人は自然のなかで遊んだ経験が少ないから生きものが苦手な人が多い」と言われたりしますが、それは本当なのでしょうか。もし本当であるならば、都市住民の自然との触れ合いを増やせば、「生物多様性」に対する受容性を高められるかもしれません。私たちは首都圏住民を対象としたアンケートによって、幼少期の自然体験と不快生物に対する受容性の関係を調べました。

アンケートの方法

私たちの研究グループは、20~69歳の首都圏在住の男女1,030人に対してアンケート調査を行いました(各年代、性別について人数は均等)。アンケートでは、近所にスズメバチやイノシシが生息していると仮定し、それぞれについて3つのレベルの被害シナリオ(被害のない場合から人的被害がある場合まで)を設定し、各シナリオに対して6段階の行政対応(「何もしない」から「駆除する」まで)を示し、それらの対応に対してどれくらい受け入れられるかを尋ねました。そして、各被害シナリオについて、行政がスズメバチやイノシシを駆除しない場合(「何もしない」、「状況観察のみ行う」、「注意喚起のみ行う」)の受容レベルの平均値を、受容性スコアとしました。

また、それぞれの動物に対する回答者の好感度は受容性に大きく影響する可能性があるので、好き嫌いの程度も尋ねました。スズメバチとイノシシの2種類について尋ねたのは、異なるタイプの生き物(昆虫と哺乳類)で人々の反応に違いがあるかを見るためです。幼少期の自然体験量としては、回答者が12歳以下のころに、森林、田畑、川海、公園などの自然環境をどのくらい利用したのか、また虫捕り、魚とり、草花遊び、木登り、海・川遊びなどの自然遊びをどのくらい行ったのかについて、おおよその頻度を尋ねました。そして、これらの変数間の関係を統計解析によって検証しました。

幼少期の自然体験量の多い人ほど受容性が高い!

アンケートの結果、近所の公園や緑地に生息するスズメバチやイノシシに対して、被害が生じていない場合であっても、行政が駆除しないことは70%以上の住民が「受け容れられない」と回答し、「受け容れられる」と回答した人はわずか10%ほどでした。

「スズメバチが公園に飛来した」場合や「イノシシが緑地に生息している」場合に、行政がこれらの生物の駆除を行わないことに対する首都圏住民の反応

これは、これらの生物に対する人々の受容性の低さと行政依存度の高さを示しています(先に挙げた「注意」の貼り紙だけでは多くの人は満足できないようです)。一方、どのような要因が受容性と関係しているのかを分析したところ、幼少期の自然体験量は直接的・間接的(好感度を介して)に生物に対する受容性を増大させる効果があることがわかりました。

各シナリオ(A〜F)において、これらの生物を「駆除しない」ことに対する受容性に影響する要因のパス図。数字の絶対値が大きいほど影響力が大きく、マイナスの値は負の影響を示す

さらに、自然体験量が同程度であれば、女性よりも男性の方が、また年齢が若い人ほど、受容性が高い傾向が見られました。ただ、被害の深刻度が増すほど、自然体験量の受容性に対する影響は弱くなり、性別や年齢の影響がより強くなりました。これらの傾向に、スズメバチとイノシシのあいだで大きな違いは見られませんでした。

都市における生物多様性との共存に向けて

今回の調査によって、スズメバチやイノシシなど問題を起こす可能性のある野生生物に対する都市住民の受容性は実際の被害の有無にかかわらず低く、行政依存度が高いことが明らかになりました。これはおそらく、多くの住民はこれらの生物への対応の仕方がわからず不安を感じ、被害を未然に防ぐために行政の駆除を要求するためであると考えられます。

しかし、スズメバチなどは都市であってもわずかな緑地があれば生息可能であり、種によっては都心部でもごく普通にみられます。これらをすべて都市から排除し、一方でチョウや鳥など人間の望む生物のみが豊富な環境をつくることは、技術的にもコスト的にも現実的ではないでしょう。したがって、「生物多様性」の高い都市を実現するには、さまざまな生物の存在に対して住民がある程度の受容性をもつことが必要でしょう。

一方で、幼少期の自然体験量が多い人ほどこれらの生物に対する受容性が高い傾向があることも明らかになりました。おそらく自然体験量の多い人は、スズメバチやイノシシに遭遇しても、被害に遭う確率は高くないことや被害を回避する接し方を知っているため、これらの生物が身のまわりにいる状況をある程度受容できるのであろうと考えられます。このことは、人々の自然離れが進むと、ますます多様な生物に対する住民の受容性が低下することを示唆しています。

したがって、都市や郊外の保全プログラムにおいては、希少な動植物の生息地を囲い込んで保護するだけでなく、ふつうに見られる動植物と子どもたちとの触れ合いの機会を増やすことに重点を置く必要があると考えられます。さらに、美的で好まれる生物だけでなく、嫌われがちな生物に関しても、その生態系における役割や被害の回避方法について普及啓発を行い、人々の認識を変えていくことが望まれます。

全世界的に都市への人口集中が進むなか、人々はますます自然や生物との触れ合いに、安らぎや楽しみを求めることでしょう。一方で、生活の快適性を突き詰めた現代人は、自然や生物から生じる不快に対しては不寛容になりがちです。しかし、チョウや鳥が豊かな場所は、ハチや蚊、ヘビ、イノシシなども見られることでしょう。もちろん生物による被害を防ぐことは快適な生活を送るために重要ですが、「生物多様性」が豊かなまちづくりを目指すうえでは、さまざまな生物と隣り合わせで生活することをある程度受け容れる必要があります。人々と生物との付き合い方について改めて考える時期に来ているのかもしれません。

参考文献
Hosaka, T., Sugimoto, K., Numata, S. 2017. Effects of childhood experience with nature on tolerance of urban residents toward hornets and wild boars in Japan. PLOS ONE 12: e0175243.
Hosaka, T., Numata, S. 2016. Spatiotemporal dynamics of urban green spaces and human-wildlife conflicts in Tokyo. Scientific Reports 6: 30911.

この記事を書いた人

保坂哲朗
保坂哲朗
首都大学東京・都市環境科学研究科。特任准教授。東南アジア熱帯雨林の植物や昆虫を扱った生態学で研究生活を開始し、15年以上継続しています。一方で、人間と自然との関わり合いといった広い意味での生態学にも関心があり、近年は都市住民の生物に対する意識や、両者の軋轢、観光やレクレーションにおける生物の利用に関しても研究を行っています。