ここ数年、ドローンが非常に注目を集めてきました。ドローンが活躍する、我々のすぐ頭上の空間では、古来昆虫のような生物が繁栄してきました。彼らは巧みに翅を運動させ、翅の周りの気流によって生じる力を利用することで、過酷な自然環境でも安定して飛行することができます。この記事では、その昆虫の飛行で謎とされてきた問題である「マルハナバチのパラドックス」と、その解明の鍵となった昆虫の飛行メカニズム、さらに、我々の研究グループ(Royal Veterinary CollegeのRichard Bomphrey博士とNathan Phillips博士、University OxfordのSimon Walker博士、私)が発見した蚊に特有の新しい空気力発生メカニズムをご紹介します。

マルハナバチのパラドックス

昆虫をはじめとして、生物の飛行は、時に美しく、巧みで、非常に魅了されることがあります。我々の生活に身近な、航空機のような人工の飛行物については、いろいろなことがわかっていますが、対して、昆虫のような特に小型の生物の飛行については、彼らが小さいこと、そして動きが非常に早いことが主な理由で、実はわかっていないことが非常に多いです。その難しさを示す例としてよく挙げられるのが、マルハナバチのパラドックスです。これは、マルハナバチは実際に空気中で飛行しているにも関わらず、「翅の形状・運動を正確に再現したとしても、航空機の理論上は、マルハナバチは自重を支えるだけの空気力を発生することができない」というものです。

前縁渦

昆虫の翅の運動は、ほぼ定常な運動をする航空機の翼と比較して、非常に複雑です。昆虫の翅は、翅の根元の周りをヘリコプターのプロペラのように回転します。さらに、翅はその長手方向の周りにも時々刻々回転し、これによって、打ち上げと打ち下ろしでほぼ対称な運動を実現できます。例として、下図にスズメガの翼運動を示しました。我々がよく知っている航空機の翼の運動とは大きく異なるにも関わらず、航空機の理論を昆虫に応用したことから、上記のパラドックスが生まれました。

高速度カメラを用いて、毎秒1000フレームで撮影したスズメガ(千葉大学野田龍介博士提供)。翅には、トラッキングのためにドットパターンが塗布してある

このパラドックスは、“前縁渦”が発見されたことで、ほぼ解決されました。それまで航空力学の分野の常識であった、流線型の翼の周りのスムーズな流れとは大きく異なり、昆虫の翅の上では、翅の前側で流れがはく離して形成される前縁渦と、それに伴う大きな負圧によって、翅が吸い上げられ、大きな力を発生することが可能になります。その発見以来、この前縁渦は、生物の飛翔において非常に普遍的であることがわかってきました。スズメガ、ショウジョウバエ、チョウ、トンボ、ミツバチ等のさまざまな飛行形態の昆虫から、ハチドリやコウモリ、さらにはカエデの翼果のような植物に至るまで、自然界でのさまざまな飛行において、重力に逆らうために、この前縁渦が大きな役割を果たしていることが明らかになっています。

シミュレーション(千葉大学劉浩教授が開発したシミュレータによる)によって得られたスズメガとショウジョウバエの前縁渦。緑色の線がある時点での流れ場に沿った流線。サイズが大きく異なるどちらの昆虫でも、大きな前縁渦が生じていることがわかる

蚊の特殊な運動

我々の生活に身近な昆虫である蚊は、上に挙げた昆虫と比較して,その飛行方法が非常に特殊なことが知られています。我々の研究グループでは、毎秒1万枚の画像を取得できる高速度カメラを8台使って、蚊の翅の3次元的運動を詳細に測定しました。その結果、蚊の羽ばたき運動は1秒間に約600〜800回と、同程度のサイズの昆虫、たとえばショウジョウバエの約200回と比較して、非常に高速であることがわかりました。あの蚊の特殊な音は、この高速な羽ばたき運動によるものです。おそらくこのような高速な翅の運動を実現するために、彼らの翅の運動の振幅(翅のストロークの角度)は約40度と非常に小さく、これまで測定されてきた昆虫の中でも最小の振幅であるミツバチの約90度と比較して、その振幅は半分以下です。

蚊の特殊な飛行メカニズム

高速度カメラによる測定で得られた蚊の3次元的な翅の運動を元に、シミュレーションを用いて、蚊の周りの空気の流れをコンピュータ上で再現した結果、蚊は、非常に特殊な空気力学的メカニズムを利用していることわかりました。ストロークが短いにもかかわらず、時事刻々翅周りの気流が変わるので、翅の運動に沿って見ていきましょう。

蚊の羽ばたき運動(打ち下ろし)と、翅の周りの流れ。翅の断面を黒い直線で、前縁を黒丸で示している。シミュレーションによって得られた圧力分布(赤が正圧、青が負圧)も同時に示している

打ち下ろしを始める際に、翅の周りの空気は静止しているわけではなく、前の羽ばたき周期によって生じた気流が残っています。蚊の場合、周波数が高く、羽ばたき振幅が小さいため、この、前の運動による気流の影響を非常に受けやすくなります。この気流のリサイクルによって大きな力を発生することを後流捕獲といいます。翅が前の運動による気流に向かって進んでいくため、羽ばたきのごく初期の段階で、翅の後側に、後縁渦が形成されます。ちょうどひっくり返すと前縁渦と非常によく似た構造です。この後縁渦にともなう負圧によって、まず大きな空気力を発生します。

その後、翅が加速し、ごく短い時間ではあるものの、翅がヘリコプターのように回転を始めます。このタイミングでは、他の昆虫と同様に前縁渦が生じ、結果として非常に大きな空気力が生じます。蚊においても、前縁渦が主要な力発生メカニズムであるということに変わりはありません。

その後、次の打ち上げ運動に備えるために、翅が長手方向周りに回転を始めます。翅の前側を中心として回転するので、再度翅の後側付近で、回転抗力と呼ばれる力が生じます。ただし、この回転をそのまま続けると、今度は下向きの力が発生してしまうので、回転軸の位置を、非常に巧みに、翅の後側に移動させ、打ち上げ運動が始まるころには、この回転抗力はほぼなくなります。

この後縁渦→前縁渦→回転抗力という3つのメカニズムによって、蚊は自重を支えるための空気力を発生しています。このうち、後縁渦と回転抗力というメカニズムは、他の昆虫では見られていません。我々の研究では、どうして蚊が翅を高速で運動させ、このような特殊な空気力発生メカニズムを利用するようになったかは、明らかになっていません。音によるコミュニケーションなどの、他の機能を進化させるための対価である可能性があると、我々のグループは考えています。

生物の飛行とドローン

前縁渦をはじめとして、さまざまな昆虫が重力に逆らって飛行するための空気力発生メカニズムが、高速度カメラやシミュレーション等の技術の進歩で明らかになってきました。これらの昆虫飛行に関する理解が急速に進んだのは、昆虫の飛行が、生物学的・機械工学的に魅力的であることとともに、近年のドローンのような小型無人機に注目が集まってきたことも大きな理由のひとつです。

昆虫などの生物は、過酷な自然界において、自らの姿勢などの情報を絶えず集め、それに応じて翅の運動を制御し、姿勢を安定化・調整することで、巧みな飛行を実現しています。昆虫の翅や筋骨格が柔軟であるということも、人工物と大きく異なる点としてあげられます。彼らが、情報をいかに得て、それをどのように統合し、また、それをどのように利用しているか、また、柔軟性をどのように活かしているかということが解明できれば、ドローンの安定性・信頼性の向上に大きく役立ちます。今回の我々のグループによる発見も、そこに向けた第一歩であり、昆虫飛行には、まだまだ謎が残っています。昆虫飛行の巧みさの秘密を解明し、その魅力を伝えられるように研究を進めていきたいと思います。

参考文献
Ellington, C.P., van den Berg, C., Willmott, A.P. & Thomas, A.L.R. 1996 Leading-edge vortices in insect flight. Nature 384, 626-630.
Dickinson, M.H., Lehmann, F.-O. & Sane, S.P. 1999 Wing rotation and the aerodynamic basis of insect flight. Science 284, 1954-1960.
Bomphrey, R.J., Nakata, T., Phillips, N. & Walker, S.M. 2017 Smart wing rotation and trailing-edge vortices enable high frequency mosquito flight. Nature 544, 92-95.

この記事を書いた人

中田敏是
中田敏是

千葉大学工学研究院機械工学コースの特任助教です。専門は流体力学等の機械工学なのですが、昆虫や鳥などの生物の飛行メカニズムの研究をしています。生物の構造や形態を模倣することによるドローンの高性能化などの研究も行っています。